第15話 第三王女と東の魔族
学校というのが退屈なのはよく理解できた。
それなりに由緒正しい学校であり、それなりに貴族というか、国政に携わる家系の子供なんかも多く通っている学校なのだが、はっきり言って授業は退屈極まる。
実践的ではない。
端的に、一言で済ますのならばこれに尽きる。
ということで、私は授業をそっちのけで図書室にこもった。
魔物図鑑とスキル一覧を覚えるためである。
まあ特に、魔物図鑑が面白かった。九割は知らない魔物だったし、残った一割は図鑑にも詳細が乗っていなかったので、ほぼほぼ一冊全部を楽しめたと言えよう。
それから世界地図。
まだ次にどっかへ行こうかと、そういう気分ではないが、知っておいて損はない。
イェールはファズル王国に属する、中央都市に当たる。交易の中心でもあり、王城があるよう、かなり重要な拠点だ。ギルドも本部らしい。
そんなところの学校だ、身分の高い連中がいたっておかしくはない。
ないのだが。
私にとって身分なんて不要そのもので、不要なんだから比較基準にもなりやしない。
身分があったら、首を物理的に飛ばしても死なないんなら、ちょっとあってもいいかも、と思うけど、そのくらいなものだ。
こっちも仕事をして金を稼がないと生活できないので、毎日通わなくても良いのは助かる。……助かるというか、勝手にやってるんだけど。
ちなみに。
座学は何度か顔を見せ、退屈ならとっとと退室しているが、戦闘系の授業には出ていない。
可能な限りでないでくれと、お願いされたのだ。
主に白トカゲと、ギルマスと、ネールゥとかいう隠れてた女だけど。
ちらっと見た限り、大した訓練じゃなかったので、べつにいい。
いいけど、退屈だ。
あまり得るものがない。ああいや、学生っていう立場は手に入れたのかなー。
まだ授業中の時間、一人で中庭の噴水を横目に校門へ向かう。何度か仕事はしているし、稼いでもいるが、暇な時に寝て過ごせるほど、熟練していない。
ううむ。
そろそろ生活にも慣れたし、躰を動かせる場所が欲しい。あと、術式の研究も。
……どうしよっか。
いざとなれば、外に出てやればいいけど、拠点にはしたいよなあ。
「――あら」
へえ、赤髪でストレートだ。結構長いし、制服だから学生か。お付きの侍女もいるし、あー……錬度低っ! こんな侍女が守れるんだろうか。
私だって、誰かを守れるほど強くないのに。
「どうかしたの?」
「……ん? なにが?」
「授業中よ」
「そうだね」
「それなのに出て行くの?」
「うん」
「見たことないけれど、学生よね?」
「そう。制服は嫌い」
「じゃあ新入生かしら。サボりはあまり良くないわよ」
「どーも」
背丈は同じくらいか、じゃあちっこい部類だ。侍女の方は頭一つ大きいし。
でも警戒されてるなあ……いや、当然か。仕事だもんね。
「……なんでついて来るの?」
「だって面白そうだもの」
あ、そう。
まあギルドへ行くだけだし、仕事になれば放置しとけばいいか。変な好奇心じゃなさそうだし。
「そういえば、ギルドに新しく冒険者として、黒狐族が登録されたそうなのよ。あなた知ってる? 物凄い実力者で、取り扱いをどうするか、ちょっともめてるみたいよ」
「へー、知らない」
同族でそんな実力者がいるんだ……ううん、話を聞いて参考になるかなあ。
遊びで手合わせは五年早いって中尉殿に言われてるし、しょうがないか。
「新しくって、じゃあ新人なんだ」
「ええ、そうらしいわ。でも不思議と、期待の新人なんて言葉が出てこないのよ」
「ふうん……」
性格に問題でもあるのかな?
「名前はクロ」
「げふっ、げふっ」
――私かい!
「ちょっと待ってそれ勘違い」
「はい?」
「私は実力者じゃない」
「……え? あなたが、じゃあ、クロ?」
「それは合ってるし、今から行くのもギルドだけど、そんな評価は知らん。興味もない。どうでもいい。勘違いして過大評価しないで面倒だから」
「いえ待って、待つのはあなたの方よ。――え? あなたクロなの?」
「だからそうだって言ってる」
「まだ子供じゃない!」
「そうだよ」
大人だと胸を張るほどの子供じゃないけどね。
先生に言わせれば、大人にはなるものじゃなく、認められるものだそうで。
「……驚いたわあ」
「ゴシップが好きなの?」
「違うわよ、そういう話が耳に入って来るだけ。というかあなた、何をしたの」
「なにって……トカゲを殴ったくらいだけど」
「なんなのそれ」
「言葉通り」
「というかあなた、私のこと知らないわね……?」
そりゃそうだ、知るわけがない。
ただギルドの中に入ってから、知ることはできた。
「ニーニャ様!?」
声を上げたのは、この前に尾行してたネールゥ。あ、トカゲもいた。
どうやらこの二人は知り合いらしいと、風呂で聞いた。昔にちょっとあって、ネールゥは頭が上がらないのだとか。
「あらネールゥ、まだお休みは明日まであるわよ」
「私の護衛がない時は、あまり出歩かないで下さいと、あれほどお願いしたじゃありませんか……!」
「そうだったかしら?」
「侍女長まで連れ出して! この方にも仕事はあるんですよ!」
「私を護衛するのが今の仕事ね」
あ、ため息。大変だね。侍女の方は顔に、諦めました、と書いてある。
「第三王女としての自覚を、もう少し持って下さい」
「立場は学生よ」
あーうるさい、うるさい。
私は騒がしくなったのを無視して、受付へ。
「こんにちは」
「え、あ、ああ、ええとクロさんのお客では?」
「知らない、勝手についてきただけ。――仕事ある?」
「はい。ギルマスから、クロさんに頼みたい仕事があると言われています。どうなさいますか?」
「話を聞く。いる?」
「ええ」
「ありがと」
階段を上がって三番目の部屋。ノックして中へ。
「来た」
「ああクロさん」
「……ノックいる?」
「ええ、そうしていただけると助かります」
ギルドマスターは決して、戦闘ができないわけではない。おそらく私が全力で身を隠していても、僅かな違和から発見するはずだ。
目端が利く、とでも言うべきか。
気配の捉え方が上手い。
「で、仕事?」
「そうです」
しかも、それに私が気付いていることもわかってるから、性質が悪い。こういうのを大人って言うんだろうなあ。
「内容は」
「東の魔族――というのをご存知ですか」
「ん、聞いたことない」
「これは通称で、東に二日ほど移動した隠れ家に、魔族が一人住んでいます。私どもとは友好的な関係にあり、いくつかの条約も結んでいます」
「へえ」
そういう魔族もいるだろう。人間だっていろいろなんだから。
「半年に一度は表立って――というと語弊もありますが、お互いに会話をしようと取り決めています。矢面に立つのはギルドであり、それを上へ報告する義務もある。そこでクロさんに、道中の護衛をお願いしたく」
「……? その魔族に逢うだけでしょ?」
「そうです」
「なら今から行けばいい」
「しかし二日の――」
「三十分もかからない。すぐ行く。それとも連れてくる?」
「――」
視線を手元に落として考えたギルマスは、良いでしょう、なんて言って立ち上がった。
話が早くて助かるけど、これはもしかして、本気で知らないんだろうか。
下はまだ騒がしかった。
「む、なんじゃクロ、わしに挨拶もなしに――あだだだっ!」
「挨拶」
「顔を掴むのは挨拶ではない! 持ち上げると足が届かんじゃろうが!」
ぺいっと捨てておく。
外に出れば、挨拶を終えたらしいギルマスが出てきた。よし行こう、と思ったらちっこいのが二人と、侍女がいた。
はて。
「ネールゥはお休み! いいわね!」
お前も休め。来なくていい。
「で、どこへ行くのかしら」
「ニーニャ様、ここからは」
「――いいよ、おいで。学校に行くだけだから」
仕事なんてのは、手早く済ました方が良い。
仕事で楽しむな、終わった後の酒が不味くなる。
好きな仕事を選ぶな、嫌いな仕事が増える。
金で判断するのは、自分で起こす仕事だけでいい。
以上、中尉殿の格言である。
ちなみに最後のやつは、つまりトラブルを起こした時の判断らしい。先生が何かを思い出して頭を抱えていたけど。
学校に到着して中に入り、噴水のあたりで少し待っていると、目的の人物がやってきた。
「おや」
「――教員」
魔法スキルの教員である。個人的に挨拶もした。
「大所帯ですね、ニーニャさんもいらっしゃいますが」
この男は物腰が柔らかく、相手を見下さず丁寧に教えることからも、学生からの人気が高い。立場や身分に動じないところは、まあ、貴族社会じゃ煙たがられるようだけれど。
「私の仕事」
「クロさんの?」
「そう。ギルマス、仕事終わり」
「――はい?」
「東の魔族への案内、終わり」
僅かに息を飲むような沈黙が訪れるが、私は念のための警戒を緩めない。
二日後くらいに逢う予定で、今まだここにいるのなら、間違いなく転移系のスキルを有している。魔族としてはまったく珍しくないので、その初動をキャンセルしないとその後が面倒だ。二日もかけて行きたくない。
だから。
「いいの? ――ここでいいの?」
半歩、私が前へ出る。敵意は出さない、ただ意思を見せる。
ここでその姿を誤魔化すスキルを解除しても良いのか、と。
「――ギルドマスター」
「はい」
「どうでしょう。少し人数は多いですが、休みをいただいたので、うちにいらっしゃいますか?」
賢明な判断だ。
――ここでは、誰が見ているかもわからないから。
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