第12話 白トカゲと戦闘試験
一階のテーブルに向かい合って座る。
いや座ってるのはギルマスと白いトカゲなんだけど、どういうわけか私もいる。何故だ。
「それで、一体どういうことですか」
綺麗な服だし、装備もない。顔立ちも綺麗なので、ギルドマスターというのは事務仕事がメインなのかもしれない。
まあ、脳みそまで筋肉でできてるようなヤツじゃ、総括なんてできないよね。
「わしは知らん! こやつに串刺しにされて連れてこられ――あだっ」
「うるさい」
文句を言うならあとにしろ。
「白い竜が出たでしょ?」
「ええ、調査隊が既に出ていました」
おー、このちっこいのが竜であることは、ある程度認めてるのかな?
「戦闘中だった。我慢の足りないクソトカゲがブレスを吐こうとしたから、止めた。で、連れて来た」
「失礼ながら、あなたが?」
「そうだけど。私は冒険者になりたいだけ」
「……にわかには信じられません」
「まったくじゃ。わしをあっさり戦闘不能に追い込んでおいて、冒険者じゃないじゃと?」
はっきり言って、どーでもいい。
知ったことじゃない。
「ではあなたは、人型になれる身でありながらも、どうして竜化を?」
「ミエラで良い。確かに、わしは基本的に人型で過ごしておる。人里に被害を出す気もない――喧嘩を売られれば、やり返すがのう。竜化した理由は、あの場所に三体のダークハウンドが発生しておったからじゃ」
「……その情報はギルドでも得ていました」
「なら話は早い。さすがに人型では森を焼き払うほど強いスキルしか方法がなく、だが人里も利用する森じゃろ? そこで竜化し、討伐をしたのじゃが――いかんせん、時間がかかってしまったのが、わしの落ち度じゃのう」
「わかりました。こちらにも戦闘をしかけてしまった落ち度があります、どうかご容赦を」
「構わん、構わん。わしもダークハウンドとやり合って気が立っておった」
なんで偉そうなんだ、この白トカゲ。
「――で、わしの頭をぽんぽんと叩くこやつは何じゃ」
「冒険者になりにきた」
「それは先ほども聞いたのう」
「……こういうのは、どうでしょう」
ギルマスが私を見る。
「三日後、調査隊が戻れば詳しい話も聞けますが、それよりもあなたの実力を見せていただけませんか」
「私の?」
「ええ。いずれにせよ、冒険者には一定の実力が必要で、戦闘の試験があります」
「うん」
「ただし、ミエラさんがお相手で」
「え? この白トカゲ?」
「このっ……良いじゃろう、わしがやってやる!」
「だからうるさい」
半ば自動的に殴って、首を傾げる。周囲にはそれなりに人も集まっていて、まあそれは構わないのだが。
ううん。
できればステータスの調査をちゃんと上書きできるかどうか、こっそり試しておきたかったんだけど、ぶっつけ本番かあ。
「場所は?」
「ギルドの裏に屋内訓練場があります」
「広い?」
「ええ、三人パーティ同士が、連携をしながら戦闘可能なスペースですので」
「条件が一つ」
「なんでしょう」
「治癒系のスキルが使える人はいる?」
「治癒術師ですか」
あ、術師でいいんだ。
「そう、高位じゃなくてもいいけど、最低限、現場で使える人が二人以上」
「それは構いませんが、理由をお聞きしても?」
「保険」
「いいでしょう」
たぶん、私が死なないようにって感じに聞こえたんだろうなあ。
受付に行って、書類に名前を書く。
ステータス表示用の鏡は、いわゆる姿見に近く、私は手を触れながら術式を介入させた。
そもそも。
ステータスとは、この世界において定められた数値だ。これを変えることはできない。システムだからね。
上げる方法で、邪道なものはある。
けれど、誤魔化すこともできないのが、常識だ――が。
鏡のことは中尉殿から聞いていた。これを誤魔化そうと思ったら、読み取る情報を改変すればいい。
改変のタイミングは二つ。
読み取る時か、読み取った後。
周囲の目がある以上、私にとっては前者が正解となる。つまり改変した肉体情報を読み取らせれば良い。
……って、先生はめっちゃ簡単に言ってたけど、これがまた大変で。
「ん」
レベル15、ステータスは40前後。
よしよし、じゃあこの情報を一つの術式としてまとめておこう。
「む……?」
「なに」
「いや、構わん。わしのステータスも見るか?」
「興味ない。やりたければやれば」
「こやつ……!」
なんで突っかかるかなあ、もう。
少し離れた場所にあるスキル表示用の鏡に手を触れた瞬間、どっと背中に汗が浮かぶ。
一秒未満。
数人が、スキルなし、との表示を見て小さく笑っていた。
あっぶな……。
スキルはもちろんなかったけど、称号が十個くらい一気に並んでた。後からの改変で消したけど、危ないなあこれ、ちゃんと確認だけしとこ。
まあ称号あっても意味ないんだけどね。付属するスキルを覚えられないんだから。
それから、奥の訓練場へ連れてかれた。
「……観客が多い。目が多い。うっとうしい。数減らしたい」
「怖いことを言うでない」
こっちはサーカスじゃないんだぞ。
「ではお二方、準備が終わり次第、始めてください」
あ、ギルマスが立ち合いするんだ。
まあいいけど。
「さて、不意打ちはさせんぞ?」
「知るか間抜け」
踏み込みからの左右二連、それから蹴りを避ける。
あれ、思ったより力任せじゃないんだな、とか思った直後、格闘スキルであることに気付く。いわゆる技スキルの分類だ。
いいなあ。
踏み込みの間合いや、コンパクトな打撃も、躰が覚えるまで使い込まなくても、躰が使える状態なら、スキルとして覚えられるんだもんなあ。
全員がそうとは限らないらしいけど。
くさっても竜か。
うん。
踏み込み合わせ。
右のストレートのタイミングに、私も右のストレートを合わせた。
スキルの弱点は、途中キャンセルが難しいこと。
竜は自分の力を過信するのも、一因となる。
つまり、力負けするとわかった瞬間に腕を引けず、こうして、拳が潰れるわけだ。
「よっと」
間抜けにも両手を開いたような状態になったので、胴体を蹴り、次の踏み込みで追いついて、今度は地面に叩きつける。
「んぐっ」
圧力で呼吸が止まったのを確認、バウンド、その額に手を当てて、そのまま地面に押しつぶす。
音はない。
ただ、地面に亀裂が走ってから、地鳴りのような音が響く。いや地鳴りそのものだけど。
「ふう……」
首を掴んで、ずるずると引きずって観客の傍へ。
「回復を」
「あ、待った。まだ早い」
治癒スキルを制して、私はしゃがみ込む。指は中三本と、あー肘も折れてる。
「よっと」
「んがっ――いたいいたい!」
「おはよう白トカゲ。骨折はある程度、戻しておかないと変なふうにくっつくからねー」
今度は指を三本、それぞれ簡単に繋いでおく。完全に復元しなくても良いだろう。竜は治癒能力高いし。
「はい、終わり。回復してあげて。――どうせまだ続けるだろうし」
「当たり前じゃ!」
しばらく回復を待ってから、二度目のお立合い。
私は優しいのである。
「エンチャント、シールド、スピード、アタック」
「おお、三種同時かよ」
「どんだけの魔力容量と分割思考だ……」
へー、これって当たり前じゃないんだ。
防御、速度、攻撃の三種付加。身体能力の底上げ。
鍛えなくても良いって利点はあるにせよ、これって結局は筋力増加みたいなものなんだよね。防御もただ硬くしただけっていう。
「これで手も足も出まい」
「――間抜け」
私は基本的に、技と呼ばれるものを教わっていない。
そんなことよりも力の運用、つまりは基礎をしっかり覚えるよう徹底された。
ただその中で一つだけ、中尉殿に教わったものがある。
直線。
打撃。
かつて二人がやり合った時、中距離で攻撃を繰り返す先生に対して、イラっとした中尉殿が防御無視で、とにかく攻撃を一発当ててスカっとしたいがために、使ったという技。
というか戦闘中になんだその思考はと、聞いた時は笑ってしまったが。
最短距離での直線踏み込み。回避される、なんてことは一切頭に浮かばない。
左足の踏み込み。右足は膝蹴りをするよう持ち上げ、膝を右の手で受け止める。この時、右の肘は相手に触れる。
前傾姿勢。
左足から背骨、肩、肘までは、ほぼ直線を描く。つまり力そのものも直線で動くが、相手を軽く押すような動きをする肘が、限りなく力のロスを少なくして、手首、そして膝へ向かうわけだ。
相手としてみたら。
攻撃を仕掛けられたはずなのに、上半身を押され、後ろに倒れようとする感覚でしかない。
その感覚が消えるよりも早く、右手が膝を叩き、右足を最高の踏み込みに仕上げる。
踏み込みからの流れは同じだ。腰、肩、肘などを使って増幅させて力を相手へ向けるだけ。
この技を〝
奥歯を噛みしめながら、本命の左拳が相手の腹部に吸い込まれるまで、おおよそ一秒と半分。かなり強引な躰の運用でありながらも、さすがに普段の踏み込みを更に強化するだけ、力の増幅が尋常ではなく、今の私では全力で扱いきれない。
しかも、攻撃のみに着眼するため、本当に扱いが難しいのだ。
避けられたら終わり、だから避けられない速度で。
防がれたら終わり。だから防御すらも打ち破る力で。
「ふう」
二歩下がる。
彼女は動かず、五秒後に吐血すると、膝から崩れ落ちた。
「回復ねー。何が起きたか見えた人いるー?」
あ、数人いた。まあそりゃそうだよね。
ちなみに私はここで勘違いしていたのだが、見えたのは私が殴ったことだけ、だったらしい。踏み込みでまた地面が割れていたけれど、どうそれを作ったのかは、見えなかったようだ。
やや時間をかけて、彼女が目を覚まし、回復を終えた。
「そろそろ準備運動は終わりでいい?」
「――」
にっこり笑顔で言ったら、なんか引かれた。
おかしい。
まだそんなに動いてないんだけど。
「次は竜化するぞ?」
「尻尾の輪切りでバーベキューできるね」
「――やってみろ」
あーあ。
なんでこう、簡単に乗っちゃうのかなあ、面倒くさい。
白色の竜が姿を見せ、咆哮をする途中で顎を蹴り上げる。うるさい。
あとは刀に雷を走らせながら、尻尾を切断し、すぐ消す。顔をこっちに向けようとするこの白トカゲは、とにかく動きが遅いのだ。
胴体を殴れば浮くし。
動かない標的ほど楽なものはない――と、思ってたら。
人型に戻って、めそめそ泣きだした。
バーベキューは不参加ばかりだったので、尻尾をくっつけて回復しておいた。
面倒なトカゲである。
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