第13話 武器そのものと得物の扱い
さあ仕事ができるぞと思いきや、三日ほど待って調査隊が戻るのを待ってくれと言われた。
私が学校へ行くと伝えたら、その手配もしてくれるらしい。あとお金もくれた。
仕事じゃないと断ろうとしたけど、なんかほかの冒険者も構わないと言っていたので、とりあえず安い宿を取った。
ベッドの寝心地は良かったけど、おもいのほか、警戒するのは外で寝るのと変わらず、物音で起きるので外の方がいいかもしれない。
ちなみに外の場合は、物音でも自然の音か、それ以外かで無意識に対応が変わる。自然の音だと、そう簡単には起きようとしない。まあ襲撃なんかの訓練は半年ほどやってたので、寝ぼけながらも対応はするんだけど。
まあ、ベッドに慣れ過ぎるのもいけない。
警戒用の術式展開も考えたけど、私はそれがあっても中尉殿に蹴られたから、どうしたもんかと。
改良もしてみるかなー。
こういう結界って、相手に気付かれたら終わりだから、そこらが本当に難しい。
簡単なことなんてないけど。
――さて。
やるべきことをしよう。
実は都市に来てから、やろうと思っていたことがある。
それは武器の作成知識を得ることだ。
いくつかの店舗は見て回ったが、いずれもスキルを扱うことが前提のものばかり。それに販売がメインで、製造は別に拠点があるものが多く、いうなればそれは量産品だ。
そして。
表向きはほぼ民家と似たような工房を、街はずれに発見した。
うきうきである。
「こんちはー」
中に入ると、武器が並んでいる。ざっと目を通すが、いわゆる見世物だ。がらくたとは言わないにせよ、本命ではない。
仮に、これらしか作れない人ならば、残念ながら相談のしようもないけれど、客の姿もないし、大丈夫だろう。王城に提出するような装飾品ありの、展示品みたいな気配もないし。
しかし、店主がいない。
「こんにちは!」
「うるせェ! ちょっと待ってろ!」
おおう、良い反応だ。
「はーあーい!」
店の奥からは熱を感じる。ここは工房なのだから当然、鉄などを溶かす炉があり、熱を逃がす煙突なども配備されているわけで。
こういう職人に、スキル持ちは少ない。持っていたとしても、それを利用しないか、できない者が大半だ。
そうでなくては。
市場で野菜を売る人だって、いなくなる。
見合ったスキルを所持していたら、こんな汗臭い場所でやるよりも、もっと稼ぎやすい場があるだろう。
狙い通りの人だったらいいなあ。
しばらく待っていると、頭に巻いたタオルを解いて首にかけた初老の男性が顔を見せた。
「……チッ、黒い狐に売る得物はねェよ」
――当たりだ。
武器を得物と表現するのならば、間違いない。
「いらない。技術が欲しい」
「あァ?」
煙草に火を点けるが、特に気にせず私は手のひらを上に向けて出す。
「どうやれば作れる?」
手の上に作った刀を握り、そのまま二歩ほど近づいて男に突き出した。
「お前ェ……」
「スキルじゃない」
数秒ほど無言だった男は、煙草を消してから刀を受け取った。
よし。
「刀か」
「内緒ね」
「わかってらァ。そもそも黒い狐の種族はスキルを覚えらンねェだろ」
「うん。でも、それが今の私の限界。見ればわかるけど、私はあくまでも素材の形状を変えてるだけ」
槍は大きいので、もう一つはナイフを作ってカウンターに置く。
「素材の形状を変える、か」
「そう」
創造系列の術式と呼称はしているけれど、やはり形状変化が一番近い。こればかりは教えるのが難しいと、先生は言っていた。
何が難しいかというと、この世界における鍛冶の限界を知らないから、だそうだ。ついでに、術式を組み込んだ得物には、私の知識が足りないらしい。
「鋼の折り込みはできてるな」
「逆に言うと、それしか知らない。鋼をメインに、叩いて伸ばす、曲げて折る、また叩く――それを繰り返して作る方法を、組み込んだ」
「つまりその技術を、制作過程に入れて、スキルじゃねェ何かしらの方法でこいつを作ったわけか」
「うん」
ナイフにも触れてから、男は。
「来い」
「ありがとう」
目論見通り――というか、狙い通り、私は奥の工房へ案内された。
「お前ェの名前は聞かん。俺のことは、あー……弟子を取るつもりはねェが、便宜上、親方でいい。わかるな?」
「うん」
おそらく、お互いの名を知ることはこの先にあるだろう。しかし、この前提条件があるのならば、誰かに訊ねられた時、知らないと答えることができる。
あるいは、知ったことじゃない、という他人の線引きだ。
「口外はしねェ、詳しく話せ。コイツのことだ」
刀か。
それなりに流通はしているが、使い勝手が難しいため、刀自体を扱う者はあまりいない。だから、使い手を見ると警戒が必須だ。
「手順としては、鋼を電気で熱して溶かしながら、叩きを入れて折り返し、ミルフィーユ構造を作ってから形を整えて、刃を入れるための研ぎ。現状だと、作ったというより形状変化っていう定義になってる」
「なるほどな……使い勝手はどうだ」
「竜の尻尾くらいなら切断できる」
「――おい、コレでか?」
「うん。ただ、電気を発生させて刀を帯電させておいて、切断力を上げて。正直に言って私の武装は、常時使うものじゃないけど、鋭利さに欠けてる」
「常時じゃねェなら、どう使う」
「状況に応じて。ナイフならサバイバル、槍なら動きを止める時、とか。使う時に作って、目的を達成したら消す」
「竜の尻尾を斬る時に作って、斬り終えたら消す?」
「うん」
「何故、消す?」
「……? 次に使うとは限らないから。私はまだ、武器の扱いに関しては素人。課題にしてる」
「よくわかった」
手足の延長でなくては得物になりえない。
振り回されることはなくても、私はまだ武器を振り回しているだけだ。
「返す」
「あ、うん」
どうしようかと首を傾げ、まあいいかと消しておく。消すというより、戻す。
「均一すぎる」
「うん?」
「ここにある道具がいくつあると思う?」
ぐるりと見渡せば、床に置いてあるものも、壁にかけてあるものも、かなり多い。金槌だけで――うわ、八種類はあるし。
「逆に言えば、俺は嬢ちゃんみたいな得物は作れん。どうしたって炉の温度は一定じゃないし、鋼の温度の下がりも日によって違う。もちろん、状況に応じて叩き方もな」
「そうか……」
鋼を打つ、ただその行為を切り取っても単純ではない。何より、言葉にできない経験則が必要になる。
「……うん、だったら最初から構成を組み直した方が早いか」
「組み直し? その理屈は教えられるか?」
「んー」
まあ、できるできないはともかく。
普通の人でも気付ける範囲なら、大丈夫かな。一応、お互いに口外しない約束だし。
「さっき、スキルで火を点けてた」
「おう、そのくれェしか役に立たん」
「私はそのスキルの中身を作ってるだけ」
「――中身?」
「そう。現実に起こりうる現象を定義して、発生させてる。たとえば火のスキル、これを簡単に言うと、木くずと火だねがセットになってる」
「……そうか。スキルを使ったら火が出るんじゃない。そもそも、火が出るよう準備されているのがスキルか」
「だから私がやってることも、本質的にはスキルと同じ。ただ、私はスキル使えないから、準備をしなくちゃいけない」
「それがお前ェが言うところの、構成ッてやつか」
「うん」
「どのくらいの調整ができる」
「現実の範囲内なら、どこまででも。ただし、整合性が必要になる」
「たとえば」
「さっき見せた刀の構成内において、火力を上げただけで、失敗する」
「――火力を上げて鋼を溶かしたところで、その鋼を打とうとするのは、以前の火力で溶かした鋼だからか?」
「そう」
理解が早い。ただの怖いおっさんじゃなさそうだ。
いや怖くはないけど。口がちょっとだけ悪いだけで。
「だから構成を作って、実物を作る。あとは繰り返し。実際に打つところを見たいけど、今の私じゃ、わからないで終わる」
「ガキのくせに、現実がわかってやがる」
「嫌ってほど教えてもらったから」
「ちょっと待ってろ。――ああ、炉には触るな」
「大丈夫、何にも触らない」
見るけど。
工具がいろいろある。そりゃいろいろ作ってるんだろうなあ。
奥に入って、すぐに戻ってきた。手には刀が持たれている。
「俺の作品だ、見てみろ」
「ちょっと待って」
受け取る前に、しゃがんでから影に手を突っ込み、メモ用紙みたいなものを取り出す。それを二つ折りにして、口に咥えてから受け取った。
「ほう……礼儀も知ってンじゃねェか。どっから取り出したかは知らんが」
半分ほど引き抜いて、ぴたりと手が止まった。
完全に引き抜くことに躊躇する。
――美しい。
これほどの芸術品は知らないし、そして、何よりも実用的だ。
「一応、居合い刀ッて括りだ」
先生が使っていた刀に、限りなく近い。波紋を見ているだけで時間を忘れそうだ。
そっと刀を鞘へ納め、そのまま親方へ。
紙を取った私は、大きく深呼吸を一つした。
「――また来る」
「おう、一丁前に挑む目ェしやがって。楽しみにしてらァ」
分解したら作れるようになるか? ――否だ、そういう話ではない。
一から職人の手で作られた一振りの刀を前に、私はそんな方法など浮かびもせず、奇妙な敗北感と、それ以上のやる気を手に入れ、宿へ戻る道を一人、歩き始めた。
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