白いトカゲと第三王女

第11話 イェールの都市にて白トカゲ

 淡い赤色のワンピースに、黒色のレザージャケットを羽織る。足元はブーツと、黒色の短いソックス。思いのほか、この格好は動きやすい。

 かくして、一人となった私は魔族領から出て、空中の散歩がてらのんびりと、数日をかけて移動した先は、かつて先生に拾われた森であり、その傍にあるイェールという街だ。

 街というか、都市か。

 常識を知るのも必要だけど、一番欲しいのは金だ。

 とにかく宿というものを使いたい。

 ベッドなんて四年くらい前に使ったっきりだし。

 じゃあ金を稼ぐにはどうすればいいのか。


 冒険者になることである。


 冒険者とは、依頼を受けて仕事をして、成果に応じて金を貰う。年齢制限があるかどうかは知らないが、まあ多少は腕に自信がある……いや自信はないけど、結局殴れなかったし、たぶんその程度なんだけど、できるはず。

 尻尾は術式で隠して、一本にしてある。触られても認識阻害を引き起こすようにしてるけど、まあ、私の術式だし見破られる可能性も高い。……はず。

 ううん、困った。

 私の比較基準って、あの二人ばけものか魔王くらいしかいないんだもの。

 まあそのうち解決するかー。


 さすがに都市となると人が多く、ちらちらと私を見る視線を感じるが、敵意もないし面倒だったので無視して歩く。結構な広さだが、冒険者ギルドの位置は街の出入り口に近いと踏んだのが当たりらしく、そう時間をかけずに発見した。

 中も広い。

 入ってみて気付くのは、十数人いるのに狭いと感じない広さと――ん?

 騒がしいというより、これは。

 ……まあいいや、とりあえずは挨拶。

「こんにちは」

「――はい」

 受付のカウンターが高く、私は顔だけ出すようにして女性を見る。受付嬢だ、大変そうだなあ。

「冒険者になりたいんだけど」

「ええと、あなたが?」

「そう。大丈夫、腕に覚えはある……と、思う」

 あ、困った顔をした。そりゃそうだ、私まだ12になったばっかだもの。

「じゃあいいや、それは後で」

「はい?」

「ちょっと騒がしいけど、トラブルでもあったの? 何かの準備だよねこれ」

「え、ええ」

 咳ばらいを一つ、彼女は姿勢を正した。

「北に三日ほど行ったところに、竜が出現しました」

「――出現?」

 三日前というと、既にこっちに来ていた。傍の森が懐かしくて、二日ほど過ごしてたし。

「はい。前触れなく現れ、情報では白色だそうです」

「うん」

「先遣隊は調査を中心に2パーティ6人が向かってまして、最悪の状況を想定した、討伐隊が編成されようとしています。竜殺しドラゴンスレイのネーレウさんがいれば、また違ったのですが……」

 あー、称号持ちの人ね、うん。

 けど、そうか。

「ありがと。また来る」

 白色の竜か。確か赤竜おっさんが言うには、白は珍しかったはず。緑は多くて血気盛んだって言ってたけど、ちょっと興味ある。

 三日の距離か。

 150キロ以内だ、魔力消費量は半分くらいを見積もればいい。

 早足にならないよう心掛けて街の外に出て、視線が切れた瞬間に上空へ飛びあがり、足場を作る。空気を凝縮するだけの、簡単な術式だ。

 北ね。

 よし、行こう。

 空間転移ステップにおける私の最大移動距離は1キロ半。それは私を中心にした円、つまり半径の長さだ。つまり直線、北を目印にしてやれば3キロに延びる。それを50回ほど。

 最大転移階数は、120回くらいが限界だったので、まあ大丈夫だろう。うん。

 この〝限界〟というものを、私は二人から常に教わっていた。戦闘では中尉殿から、術式では先生から、その限界を知ることで、どこまでやったら駄目なのか、余力はどう残すべきなのか、それを教わった。

 ありがたい話だ。……うん、感謝しろと中尉殿からはよく言われた。

 それもそうだ。

 安全な場所で限界を知れるなんて、これ以上なくありがたい。


 ――あ、見えた。


 三十回と少しで竜の姿が見えた。思ったより小さい……けど、戦闘中かな?

 地上に降りて気配を隠し、こっそり観戦。

 あー戦ってる、戦ってる。

 剣士が三人、魔法使いが二人、もう一人は治癒系かな?

 うん。

 見た感じ、蜂が周囲に集まってきて、どうにか振り払おうとしてる感じで竜が動いてる。

 我慢してる。

 これなー、あんまり良い状況じゃないんだよなー。

 人間側が撤退する以外に、解決がない。竜はプライドが高いらしいし、逃げることはまずないだろう。そうなると、我慢の限界が来ると殲滅に動きかねない。

 あ、ほらもう、竜は攻撃に移るとすぐこれだ。


 ――ブレスである。


 その威力は最低でも、周囲を焼き尽くす。火袋を体内に抱え、口の端から炎が見えた時にはもう手遅れ。

 なので、その初動を見たらもう行動に移さないといけない。


 飛び出した私は、鼻の上付近を思い切り殴りつけた。

 地響きと共に顎が地面に叩きつけられる。

 えーっと……あ、そうそう、思い出した。中尉殿が見せてくれたのをまだ覚えてる。

 創造術式で槍を作ると、首を伝うよう移動して、それぞれの翼の先端付近を縫い留めてから、最後に一応、念のため、尻尾も。

 よし――あ、いかん。顔がまだ無事だ、ブレスが使える。こっちもどうにかしないと。

「お?」

 次の一歩を踏み出そうとしたら、埃が立つよう煙が発生したかと思いきや、足場が消失する。

 質量が変わった?

 術式反応はあったし、んー? ――お?

「人型か」

「――なにをする!」

「うるさい」

 なんか叫んだので、首を掴んで、こう、きゅっと締めてやる。大丈夫、折ってないよ? 気絶させただけ。

 それにしても、人型で言葉も話せるなら、どうして竜の姿だったんだろ。面倒だなあ。

 首を掴んだまま、ずるずると引きずって行くと、冒険者はまだ警戒態勢だった。

「依頼内容は?」

「――」

「な、なにがだ?」

「仕事の内容。竜の討伐? 撃退? 確保?」

「調査だ、あくまでも、調査。戦闘は偶発的なものに過ぎない……が」

「確保したけど」

「お、おう、そう、みたい、だな……」

「どうする?」

「どうするって……」

「――いや」

 あ、こっちがリーダーかな?

「なに?」

「その判断は、俺たちにはできねえ。依頼はギルドからだ、ギルマスにでも聞くしかない」

「ああ、そういう……」

 なるほどなー。上からの仕事かあ、そりゃ現場じゃ判断難しいよね。

「わかった。じゃあ連れてく」

「なら俺らにそのまま同行してくれ」

「ん? いいよ、戻るのはすぐだから。ゆっくり戻ってきて」

 距離限界を無視したければ、目的地ポータルを設定しておけばいい。それは出る前にやっておいた。


 ――はい、到着。

 持ってきたちっこい竜も、目を回してる。いいことだ。白い服にひらひらとフリルが多いけど、まあよし。尻尾が出てるけど隠蔽はしてるみたいだ。

 三十分はかからなかったなー。

 さすがに引きずったままだと目立つので、背負って目隠しの術式を使う。細かい作用はともかく、あまり効果的とは言い難い術式なんだけどね、念のため。中尉殿や先生はこの状態の私をあっさり捕まえるからなあ。私、二人を発見できたことないけど。


 冒険者ギルドはまだ騒がしかった。


「ギルマスいる?」

 声をかけると視線が集まったので、肩に乗せていたトカゲを床に落とす。

 周囲の反応がなくなり、落としたのに起きなかったので、右手で尻尾を掴んで持ち上げた。

「白いトカゲ持ってきたけど、どうするの?」

 返事がない。

 えーっと……。

「ちょ、ちょっとお待ちください!」

「え? あーうん」

 ありがとう受付嬢。

 ぶらぶらと揺らしていたら、目を覚ました。

「お、おおおおう!?」

「ようやく起きたかー」

「なっ、のっ、――貴様なにをしておる!」

「え? ……尻尾を掴んで揺らしてる?」

「あ、貴様わしを串刺しにした女じゃな!? 急に出てきて何をする! 痛いじゃろうが!」

「うるさい」

 人のいない壁へ放り投げた。手加減したのに背中からぶつかって、しばらく床にうずくまっている。

 なんだろう、間抜けなのかな。

 先生も言ってたっけ。竜なんて間抜けの集まりだ――って。



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