第9話
「しち………よう………?」
未だに状況を上手く処理できていない青い魔法少女がポツンと呟く。
俺は惚ける魔法少女を放っておいて、傍で横になって苦しそうに呻いている星見ケ丘さんに視線を移す。
まだ、上手く呼吸ができないのだろう。
いや、星見ケ丘さんの周りを漂う『歪み』が消えていないのを見るに、まだ正常な空気を取り込めない状態なのだろう。
むしろ、これ以上そんな空気を吸い続ければ、星見ケ丘さんの命が危ない。
「『
俺は横たわる星見ケ丘さんの上で、思いっきり拍子を打つ。
「パァンッ!!」と乾いた音が響くと共に、星見ケ丘さんを被っていた『歪み』が周囲に四散して消えていった。
苦しそうだった星見ケ丘さんの息遣いが、徐々に落ち着きを取り戻す。
とりあえずは当面の危険は回避できた。
あとは、アイツを取っ捕まえて星見ケ丘さんを病院に連れていくだけだ。
俺は再び青い魔法少女の方を向くと、構えを取り地面を強く、踏みつける。
鳴動と共に地面のアスファルトが砕け、亀裂が走った。
青い魔法少女は、空中に跳んで倉庫の屋根に登る。
さっきまで俺を一般人と軽んじ、甘く見ていたはずが、今は強く警戒している様子だ。
俺はその動きを『臆病』だとは思わない。
むしろ、距離を取ったことは懸命な判断だと称賛したいくらいだ。
相手の力量を推し量ることは、自分の寿命を延ばす。
その点に関していえば、彼女はとても優秀だ。
問題は、この後の彼女の行動だ。
一、逃げの一手。
この場から素早く退散し、身を隠す。
二、投降。
無駄な抵抗はせず、大人しくお縄につく。
三、闘争を続行。
ヤツがプライドを捨てきれず、立ち向かってくる。
一番厄介なのは『一』だ。
星見ケ丘さんが負傷した今、追跡をすることはできない。
理想は、『二』。
このまま大人しくしてくれれば、手っ取り早いし被害を最小限に抑えることができる。
だが、個人的な希望を言うならば『三』だ。
何故かって?
そりゃあ、当然だろう。
星見ケ丘さんをこんな目に遭わせて、タダで許せるわけがないだろう。
そんな俺の祈り(?)が通じてか、青い魔法少女はスプーンを振り下ろし、俺に向かって『歪み』を繰り出してきた。
さらに、スプーンを三回振り回して、続けざまに『歪み』を放つ。
単純に空間を削り取る『歪み』なのか、それともまた別の何かを削り取る『歪み』なのか。
それは分からないが、とにかくあの『歪み』に触れるのはまずい。
俺は掌を前に向け、掌で大きな円を描く。
その動きに合わせて、周囲の空気が激しく渦を巻き始めた。
「『
渦はどんどんと大きくなり、俺の前方を覆う。
その渦に弾かれ『歪み』は逸れていき、あらぬところの壁や地面を削り取った。
どうやら、繰り出したのはただの空間を削り取る『歪み』のようだ。
「なっ…………!?」
青い魔法少女は驚愕し、言葉を失う。
当然といえば当然だ。
何せ、ヤツからすれば
かつて、魔法少女が人類に反旗を翻した時。
非常招集員としてその鎮圧に当たった格闘家・神代
完成の代償として父は余命幾ばくもない体となってしまったが、彼の技と想いは俺が確かに受け継いでいる。
「『
「何?」
「父が俺にこの技と共に遺した言葉だ。さあ、来いよ。どんな魔法でも、あんたは俺に敵わないってことを教えてやる」
「っ…………!!」
青い魔法少女は、歯を噛み締める。
彼女の逆立つ眉が教えてくれる。
俺の言葉が、かなり神経にキテいる。
その証拠に、彼女は手にしているスプーンを振り上げ、倉庫の屋根から俺の方に一直線に向かって飛んできた。
「だったら! その生意気な口ごと直接削り取ってやる!!」
俺の頭上に、銀色のスプーンが勢いよく振り下ろされる。
俺の挑発に乗ったというのもあるだろうが、遠距離攻撃では埒が開かないと考えたのだろう。
だが、実を言うとそれは俺も同じだった。
親父が編み出した『七葉』は、あくまで『防衛戦術』。
人々を守るための防御の技であって、相手を打ち倒すための攻撃の技ではない。
しかし、たった一つ。
たった一つだけ、相手を打ち倒す技が存在する。
それは、相手に向かって全力の速さで拳打を放つ。
しかし、その拳打を相手に当てることはしない。
当たる寸前で止め、空気だけを打って相手にぶつける。
つまり、『物凄い速さで拳打を寸止めする』技だ。
「『
風船が破裂したかのような音と共に、俺の打ち出した空気が、青い魔法少女の
「かふぅっ…………!!!」
魔法少女の小さな体が、人形のように空中を飛ぶ。
そのまま地面を転がる様も、糸の切れた人形のようだった。
やがて転がった魔法少女の体はピタリと止まる。
そして、何度か痙攣をした後、彼女の小さな体は動かなくなった。
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