第8話

 既に気づいている方々もいるだろう。

 いくら、魔法少女が人知を超えた『魔法』という力を操るといえど、全知全能とはいかない。

 魔法は、それぞれ『属性スート』というもので分類されており、彼女たちは自分の属性の魔法しか使うことができない。

 例えば、星見ケ丘さんの使う魔法の属性は『星』。

 天体にまつわる神話や説話の力を引き出すことができる魔法で、全知全能とまではいなかないまでも戦闘にも補助にも使える汎用性の高い魔法だ。

 その中でも超戦闘向きの魔法の一つが、今彼女が握っている魔法剣『ペルセウス』だ。

 俺も詳しくはないのでよくは知らないが、確かギリシャ神話に出てくる英雄にまつわる力だったはずだ。

 あの金剛石ダイヤモンドに似た材質の刃の切れ味はさることながら、特筆すべきはその肉体強化の力だ。

 剣を手にした星見ケ丘さんの全身を金色の光が包み込んでいる。

 あれが、身体能力を極限まで高め、研ぎ澄ましている証だ。

 星見ケ丘さんが、前のめりになるかのように体を傾ける。

 地面に星見ケ丘さんの鼻先がつく寸前、踏み出した右足が地面にめり込む。

 アスファルトを足で砕きながら、凄まじい勢いで星見ケ丘さんが青い魔法少女に向かって突っ込んでいく。


「ぐっ!?」


「ガキィンッ…………!!」と余韻を残した金属音が倉庫街に響き渡る。

 星見ケ丘さんの一閃を、青い魔法少女は手にしたスプーンで辛うじて防いでいた。

 しかし、この速さは予想外だったのだろう。

 驚愕し、眉間に皺を寄せ歯を食い縛る。

 その表情に、さっきまでの余裕は見られなかった。


「貴様っ………!」


「よく、防ぎましたね。流石です」


 世辞を述べながら、星見ケ丘さんはさらに腕に力を込める。

 再び、金属の爆ぜる音。

 青い魔法少女のスプーンに、金剛の刃が食い込んだ音だろう。

 このまま接近していては、分が悪い。

 そう考えただろう青い魔法少女は、半身をずらして星見ケ丘さんの剣を捌くと、すぐに後ろに大きく跳んで距離を取った。


「調子に乗るなよっ!」


 銀のスプーンが煌めく。

 青い魔法少女は、また星見ケ丘さんに向かって『歪み』を放つ。

 今度はさっきまでの波のような広範囲ではなく、『歪み』の大きさもかなり狭まっている。

 しかし、代わりに速さがさっきまでとは比べ物にならない。

 あちらも、速さで攻めてきたというわけだ。


「星見ケ丘さん! 上です!! 跳んでください!!」


 俺の言葉を聞き、星見ケ丘さんは地面を蹴ると空中高くへ跳躍する。

 その下を、『歪み』が周りのアスファルトを削りながら通過していく。

 空中で体を反転させ、体勢を立て直した星見ケ丘さんは、青い魔法少女の背後に着地した。

 死角に入られた青い魔法少女が、息を飲んだのが分かる。

 がら空きになった彼女の背中に、『ペルセウス』の横薙ぎの一閃が襲い掛かる。


「ぐっ………!!」


 強い衝撃と痛みに、青い魔法少女は苦悶の表情を浮かべる。

 斬りつけられた勢いのまま、青い魔法少女は体を回転させながら吹き飛ばされ、そのまま一つの倉庫の壁を壊し突っ込んでいった。



 ※



「ぃよしっ!!」


 俺は思わずガッツポーズをする。

 『ペルセウス』の刃は勿論切れ味抜群なのだが、そこは流石魔法の剣。

 その切れ味も、使う者の任意で加減することができる。

 おそらく星見ケ丘さんはほとんど斬れないようにしていただろう(警察として確保が原則だから当然といえば当然だが)が、それでも体を吹き飛ばされるほどの威力である。

 相手の意識を奪うには十分だろう。


「流石星見ケ丘さん! やりましたね!!」


 俺は喜びながら、呑気に星見ケ丘さんの元に駆け寄る。

 しかし、星見ケ丘さんからは何の反応もない。

 俺は首を傾げながら近づき、三角帽の下の顔を覗き込む。

 喜ぶ俺とは対照的に、星見ケ丘さんは唇を噛んで険しい表情をしていた。


「星見ケ丘さん?」


「…………やられた」


「へ?」


 俺が間抜けな声を出した次の瞬間、星見ケ丘さんの手にあった『ペルセウス』が粉々に砕け、地面に破片を散らばらせる。

 地面に落ちた破片は、やがて光の粒子となって四散し、消えていった。


「『ペルセウス』が………!」


「わたしの剣が体に到達する寸前、彼女はスプーンのの方でペルセウスの刃を空間ごとほんの少しだけ削り取った。ほんの少しだけど、ペルセウスを砕くには十分だった………」


「ってことは…………!」


「彼女のダメージは浅い! 恐らくもう…………」


 そこまで話して、星見ケ丘さんは突然俺を突き飛ばす。

 完全に気を抜き、油断していた俺は、飛んでくる『歪み』に気づくのが遅れた。

 だから、星見ケ丘さんは俺を庇うしかなかったのだ。

 俺を庇うので、精一杯だったのだ。


「星見ケ丘さん!!」


 俺の叫びも虚しく、星見ケ丘の体を『歪み』が飲み込んでいく。

 しかし、星見ケ丘さんの体は何ともない。

 無傷だ。

 倉庫の屋根やアスファルトのように削り取られていない。

 俺は、何が起こったのか分からず、目をパチクリさせた。


「安心して。彼女には傷一つつけちゃいないわ」


 立ち上る土埃の中から、青い魔法少女が姿を現す。

 魔法衣の所々は破け、汚れているが大したダメージはないようだ。

 しかし、彼女の表情を見てすぐに分かる。

 冷たく、座った眼差し。

 明らかに、彼女は怒っている。

 それはもう、すっごく。


「私をここまでてこずらせたんですもの。一瞬で削り取るなんて、なんて誰がするもんですか」


「何だと?」


「がはっ…………!!」


「星見ケ丘さんっ!?」


 彼女の言葉の最中、突然星見ケ丘さんが膝をついてうずくまる。

 顔色は悪く、呼吸も弱々しい。

 何故だ?

 さっき見た時は、本当にどこも怪我していなかったはずだ。


「私の魔法………あんたたちは『空間を削り取る魔法』だと思ったでしょ? それは半分当たりで、半分はずれ。私の魔法はね、正しくは『空間からを削り取る魔法』なの。勿論、ただ空間そのものを削り取ることもできるけど、貴方たちの車にしたみたいに、『重力』だけに限定して削り取ることだって可能なわけ」


「何だと!?」


「私が今さっき彼女の周りの空間から削り取ったのは空気中の『酸素』…………それも全部じゃないわ、ほんの五パーセントほどね。ほんの五パーセントだけで十分なのよ」


「ぐっ…………!!」


 俺はすぐに星見ケ丘さんを支え、顔色を見る。

 さっきよりも顔面は蒼白になり、唇が青紫色になっている。

 酸素欠乏によるチアノーゼ反応だ。


「知ってる? 酸素が薄い空気を吸い続けると、人間ってゲロを撒き散らしながら、痙攣起こして死んじゃうんですってね。まあ、それぐらい苦しんで死んでくれたら、私の魔法衣をこんなボロボロにしたのも許してあげる」


 そう言って彼女はケタケタと笑い声を上げる。

 彼女の耳障りな笑い声が、俺の頭の中に響き渡る。

 その笑い声を掻き消すかのように、大きな音を立てて、俺の頭の中でが切れた。


「ふぅ…………」


 俺は一つ息を吐くと、上着を脱ぐ。

 その上着を丸め、即席の枕を作ると、星見ケ丘さんの頭の下に置いてゆっくり寝かせた。


「待っててください星見ケ丘さん…………すぐに済ませますから」


「は? 貴方何言ってるの?」


「おいあんた………一応聞くけど、成人してるよな?」


「はい? 何でそんなことを聞くのよ?」


「流石に未成年を相手にはできないからな」


「ますます意味が分からないわ。まるでただの人間の貴方が、私とやり合おうとしてるみたいじゃない。そもそも魔法少女でもないくせに、何で貴方みたいなガキがここにいるの?」


 俺はスニーカーを脱ぎ捨て、素足になる。

 首に巻いたネクタイも、乱暴に外した。


「死んだ親父が警察にコネを持っててね。こんなどうしようもない俺でも魔特課が拾ってくれたんだよ」


「はっ、要は親の七光りのお坊っちゃんってこと。で? そんなお坊っちゃんがさっき何か言ってたわね? 『すぐに済ませますから』………だっけ? 何を済ませるの? 命ごい?」


「…………少し、違うかな」


 眼鏡も外し、ワイシャツの袖を捲る。

 腰のホルスターも、銃ごと外してその辺に投げ捨てた。

 こんなヤツに、銃なんてを誰が使ってやるもんか。

 俺は、背筋を真っ直ぐ伸ばし、再びゆっくりと呼吸を吐く。

 そして、目の前にいる魔法少女クソ女を睨みつけた。


「俺が魔特課に拾われたのは、コネだけが理由じゃない。俺が、唯一だからだ」


「は? 何を言って………」


 青い魔法少女は、途中で言葉を止める。

 いや、おそらく出なくなったのだろう。

 さっきまでの下卑た笑い顔は鳴りを潜め、顔色は蒼白になり、怯えた表情に変わる。

 当然だ。

 自慢じゃないが、俺から全力の殺気を向けられて、何も感じない生物はいない。

 本当に自慢ではない。

 親父に、叩き込まれたからだ。


「それともう一つ、命ごいをするのは俺じゃない…………あんただ」


 俺は、神代 鉄子。

 神代流対魔防衛戦術『七葉しちよう』、その二代目継承者である。

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