第7話
「君はっ………!?」
「…………」
現れた青い魔法少女は、こちらの問いかけには何も反応しない。
代わりに、手にしている巨大スプーンをバトンのように何回か回転させると、その先っぽをこちらに向けた。
あまりの流麗な動きに一瞬見惚れてしまったが、彼女がそのスプーンを振り上げた瞬間、背筋に冷水を垂らされたような寒気が走った。
「星見ケ丘さん! 危ない!!」
「……マギカ・エル・エスパス」
俺が星見ケ丘さんの名前を叫ぶと同時に、振り下ろされたスプーンの先が、鈍く輝きを放ちながら銀色の弧を描く。
すると、スプーンが弧を描いた空間が蜃気楼のように歪み、徐々に広がっていく。
否、広がっているのではない。
細菌が健康な細胞を蝕むように、空間をスプーンの先から放たれた『歪み』が。
『歪み』は打ち寄せる
『
理屈も理由もない、本能が俺に強く訴える。
勿論、俺はそれに抗うことなく素直に従う。
星見ケ丘さんの腕を引いて、俺はトタン屋根の上から飛び降りた。
ちなみに、この時俺は着地のことなど一切考えていなかった。
当然だ。
諸君には事細かく成り行きを説明しているが、当事者である俺たちにとってはほんの数秒の出来事なのだ。
考えている余裕なんかない。
俺は訪れるであろう痛みに耐えるため、歯を食い縛った。
※
「ぐぎゃっ!!」
俺たちは派手な音を立ててアスファルトに落下する。
幸いなことに落下した場所に古びた木箱が積まれていたため、それがクッションの代わりになって大きな怪我をすることはなかった。
しかし、一緒に落下した星見ケ丘さんを庇い、全身を打ちつけた俺には、強い衝撃と痛みが走る。
覚悟はしていたが、予想通りの痛みに俺は顔をしかめた。
「テツくん大丈夫!?」
俺の胸の中にいた星見ケ丘さんが、顔を上げ慌てて俺の顔を覗き込む。
良かった。
どこも怪我はないようだ。
「俺は………大丈夫です……なんとか………」
「もう! 無理しないで! わたしだって飛行魔法くらい使えるんだから! 飛ぶ時は言って!!」
「すいません……気が動転してたので………」
「でも、避けて正解だったよ」
「へ?」
空を見上げた星見ケ丘さんに倣い、俺も倒れて仰向けのまま、空を見る。
空は朝見た時と変わらず、どこまでも澄んだ青色が広がっていた。
しかし、重要なのはそんなことではない。
重要なのは、俺たちがさっきまで立っていた倉庫の屋根。
ない。
跡形もなくなっているのだ。
勿論、倉庫自体は残っている。
だが、俺たちが立っていた屋根の部分だけが、ごっそり消滅してしまっていた。
「なっ……な…………!?」
「あの通り。空間を削り取ったんだね。そのスプーンで。貴女が」
「当たり」
「へ………!?」
高く、澄んだ聞き慣れない声に俺は慌てて視線を移す。
青い外套を翻し、青い魔法少女がゆっくりと俺たちの前に降り立つ。
俺の体の上から降り立ち上がった星見ケ丘さんは、彼女に向かって警察手帳をかざした。
「警察です。強盗の容疑、及び器物破損と傷害の現行犯で連行します。大人しく我々に同行してください」
「それは困るわ。まだ、現金の引き渡しが終わってないの。ここを離れるわけにはいかない」
「それは、現金輸送車襲撃に関する自白と捉えますが?」
「ご自由に。どうせここから帰すつもりはないから」
そう言うと、青い魔法少女は再びスプーンを振り上げ、勢いよく振るう。
目の前の空間が湾曲し、徐々に不規則な『歪み』となってこちらに向かってきた。
「星見ケ丘さん! 危ない!!」
「っ………! マギカ・エル・ステラ!!」
俺の言葉を聞いて、星見ケ丘さんは素早くステッキを振るう。
すると、ステッキの先端の星から、三つの星が放たれ、空中に散らばった。
「『デルトートン』!!」
散らばった三つの星を起点に、星見ケ丘さんの前で三角形の壁が出来上がる。
これは、云わば『魔法の壁』だ。
現に青い魔法少女が放った『歪み』も、三角形の壁に阻まれ、あらぬ方向へ流れていく。
その証拠に、俺たちのいる場所の左右のアスファルトが、『歪み』によって削り取られた。
「この削り痕…………輸送車と同じ。やはり貴女が犯人なんですね?」
「あんたたち………いや、あんたもやっぱり魔法少女なのね。となると、噂になってた警察の魔法少女だけの課っていうのはあんたたちか」
「魔法少女特殊対策課です。もう一度言います、大人しく投降してください」
「断ったら………?」
「それは勿論、貴女と同様の対応を取ります」
「私と同様?」
「はい」
星見ケ丘さんが、一呼吸置く。
ステッキの先を青い魔法少女に向け、静かに、そして力強く言い放った。
「『
星見ケ丘さんは相手に向けていたステッキを高く掲げ、天に向かって三回、ステッキの先で円を描く。
すると、先端の飾り星から、さっきよりも遥かに多い数の星が放たれた。
「マギカ・エル・ステラ………『ペルセウス』!」
星見ケ丘さんの
金剛でできた刃を三日月のように湾曲させたその剣を、星見ケ丘さんが手に取る。
星見ケ丘さんが『ペルセウスの剣』を手に取るということ。
それはすなわち、『戦闘モードに入った』ということを表していた。
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