第6話

 プロキオンさん(なんかもう『さん』付けしないと失礼な気がする)の案内で俺たちが辿り着いたのは、郊外にある古びた倉庫街だった。

 如何にも悪そうなヤツらが好みそうな場所である。

 現に、ここに近づくにつれて隣で車を運転している星見ケ丘さんの表情がどんどん険しくなっていた。

 よく『気』だとか『オーラ』だとか言われている、魔法少女にしか感じ取れない何かを感じ取っているのだろう。

 ゆっくり徐行しながら、小さなスバル360テントウムシが恐る恐る倉庫街を進む。


「星見ケ丘さん?」


「テツくん、銃のセーフティを外してて………これは………私もだ」


 星見ケ丘さんも把握していない魔法少女……つまり国家登録されていない魔法少女。

 いわゆる、『モグリ』というヤツだ。

 義務化されている魔法少女の登録申請を行っていない時点で後ろ暗い理由があるのは明確である。

 プロキオンさんを疑っていたわけではないが、これは当たりだ。

 俺は魔特課で支給されている自動拳銃グロックを懐から取り出し、セーフティを外す。

 こめられているのは、特殊強化ゴム弾。

 大の男でも数発撃ち込めば昏倒させることができる代物だ。

 しかし、今から相手する手合いに対しては心もとない装備である。

 何せ相手は、物理法則も何も通用しない『魔法』という不可思議な力を操るのだ。

 正直、戦車を持ってきたとしても場合によっては何の役に立たないかもしれない。

 それでも、俺にとっては数少ない頼る拠り所だ。

 俺はグリップを強く握り、トリガーに指をかけようとした。

 その時だった。

 突然、妙な浮遊感と共に視界の上下が反転する。

 一瞬、地球から重力が失われたのかと錯覚した。

 しかし、すぐにそれが間違いだと気づく。

 実際に反転しているのだ。

 俺たちの乗る車ごと。

 宙に浮き、本来地面を向いているはずのタイヤを空に向けて。

 中にいる星見ケ丘さんも、プロキオンさんも。

 そして、俺も。

 全てが反転していた。


「星見ケ丘さんっ!!」


 、シートベルトを掴み、踏ん張りながら俺は叫ぶ。

 星見ケ丘さんはハンドルを片手で握りながら、もう片方の手でステッキを振るう。

 ステッキの先の飾り星が眩く輝きを放ち、車内を光で満たした。

 あまりの眩しさに、俺は思わず両目をきつく閉じた。


「マギカ・エル・ステラ!」


 閉ざされた視界の中、星見ケ丘さんの呪文コードを叫ぶ声が聞こえる。

 かと思った次の瞬間、強い衝撃と共に重力が一気に戻ってきた。

 急に重力が戻ってきたため、俺は強く尻餅をつく。

 痛む尻を擦りながら、俺はようやく両目を開いた。


「痛つつっっ………一体何がってえぇ!?」


 俺は今まで確かに星見ケ丘さんの運転する車の中にいたはずだ。

 なのに、なぜか今俺がいるのは古びた倉庫の屋根の上。

 今にも穴が空きそうな、トタン屋根の上だった。


「え…………? どこ? なんで?」


「テツくん、怪我はない?」


「え? あ…………はい、大丈夫です」


 名を呼ばれた俺は、振り向いて背後にいた星見ケ丘さんを見る。

 肩にプロキオンさんを乗せ、ピンクの魔法少女は険しい表情で立っていた。

 その星見ケ丘さんの顔の横、浮遊する小さな物体の存在に俺は気づく。

 ヤジロベエのようなその物体に、俺は見覚えがあった。

 一度だけ、星見ケ丘さんが魔法で出したのを過去に見たことがある。

 半径五十メートル以内をランダムに瞬間移動できる魔法。

 たしか………『兎座レプス』って名前だったけ………。

 アレのおかげで俺たちはひっくり返った車内から脱出できたのか。


「テツくん」


「へ?」


 星見ケ丘さんの声で俺は我に返る。

 険しかった表情が、さらに険しいものになっていた。

 そんな険しい表情を浮かべる星見ケ丘さんの視線の先に目をやると、いきなり視界一杯に不可思議な光景が広がる。

 その辺に放置されていた錆びたドラム缶に、ひび割れた大型トラックのタイヤ。

 腐食したコンテナに、停められていた車。

 それらが、全て宙に浮かんでいるのだ。

 水中を揺蕩たゆたうかのように浮かび上がる物体の数々。

 その中には、さっきまで俺たちが乗っていたスバル360の姿もあった。


「なっ……ななっ……なんじゃこりゃあ!?」


「…………彼女の仕業だよ」


 星見ケ丘さんがステッキで指す先にいるを俺は見る。

 深い青色の魔法装束に身を包んだ彼女は、宙に浮く車のボンネットに立ち、ジッとこちらを見据えていた。

 その手には彼女の小さい背丈ほどの大きさの銀のスプーンが握られ、先の曲面に俺たちの姿を映している。

 まるで、獲物に狙いを定める野獣の瞳のように。

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