第5話
「で、どうします? 一旦署に戻ります?」
「へ? なんで?」
キョトンとした顔をする星見ケ丘さんに、思わず俺もキョトンとした顔を返す。
クレープを夢中で頬張っていたため、てっきり捜査を諦めたものとばかり思っていた。
「まさか! もうすぐ事件の大事な手がかりが見つかるのに、帰ってる暇なんてないよ!」
「もうすぐ?」
「そ。ほら、来た」
意味が分からず俺が首を傾げていると、星見ケ丘さんが指を指す。
俺は星見ケ丘さんの指差す先、自分の足下に視線をやる。
俺のくたびれたスニーカーの近くにちょこんと鎮座するのは、小さな薄茶色の物体。
ピンと立った小さい耳に、よく慣らされた筆の穂先のように柔らかいフサフサの尻尾。
日本原産の種類で広く親しまれている四足歩行の哺乳類。
柴犬、しかも子犬ほどの大きさしかない、可愛さのみを具現化した生き物が、舌を出し俺の足の傍で座っていた。
「ナニコレ可愛い」
「魔法獣『プロキオン』。私たちの代わりに現場を探ってもらってたの」
「この子魔法で呼び出したんですか!?」
俺は尻尾をプルプル振る愛らしい生き物をそっと抱き上げる。
丸くクリクリした黒い目が何とも心を揺さぶる。
俺は、自然と自分の目尻が下がっているのが分かった。
「俺この子飼いたい。連れて帰って柔らく煮た野菜とお肉のエサをあげて、その後ずっとこの子の体に顔をうずめてモフモフしたい」
「テツくん犬好きなんだね」
「知人に引かれるくらいには好きです」
「すまないが兄さん、ちょいと離してはくれやせんか? あっしも抱かれるのは嫌いではありやせんが、今はお勤めの最中でございやす」
「え?」
突然、何とも渋く低い声色で話しかけられ俺は動揺する。
しかもかなり時代がかった口調だった。
テレビでしか聞いたことのないような声に、俺は周囲を見回す。
しかし、周りに俺に話しかけたような人物の姿はない。
目の前にいる星見ヶ丘さんに視線を移す。
彼女は再び、指で何かを指し示していた。
勘のいい方々にはもう、お分かりだろう。
俺に語り掛けて来たのは他でもない。
星見ヶ丘さんの指差す先、今俺が抱きかかえている魔法獣『プロキオン』その人……じゃなくてその犬である。
「……喋れるの君?」
「はい。こう見えて、あっしも『
「はぁ……」
「で、プーちゃん何か分かった?」
「プーちゃん!? 星見ヶ丘さんそんな呼び方してるんすか!?」
「うん。だって可愛いでしょ?」
俺は再びプロキオン
確かに、声が某最強のコックの吹き替えみたいなこと以外はちゃんづけするに相応しい見た目だが……。
「ちなみにプーちゃんは女の子だよ」
「メスなの!?」
「すいやせん」
余計声が勿体なく感じるわ!
いや、凄く渋くていい声なんだけどね。
バーとかでウィスキーをロックでいってそうなダンディな声だけどね。
「それより姐さん、確かに現場に残ってやしたぜ。
「匂い?」
「ええ、プーちゃんに頼んだの。あの現金輸送車に穿たれた穴……遠目で見ただけだけど、切断したような痕はなかった。まるで、
「そんな現金輸送車なんて……」
「勿論、あるわけないよね。だから、あれは恐らく空間を操る魔法で穿たれた穴なんだよ」
「魔法が使われたのなら、あっしの出番というわけです」
「そ、プーちゃんは魔法の匂いを嗅ぎ分けることができるの。だから、現場に残された匂いを辿っていけば、襲撃犯の居場所まで辿り着けるって寸法ね」
「なるほどなぁ……」
俺は感心するばかりだった。
あの時、俺は目の前の
しかし、星見ヶ丘さんは違う。
冷静に現場を見て、さらに策まで打っていた。
流石、『魔特課のエース』と呼ばれるだけのことはある。
その呼び名は伊達ではないということだ。
「すぐに追跡できやすが、いかがいたしやすか?」
「すぐに向かおう。プーちゃん案内して」
「あ、ちょっと待った!」
追跡に向かおうとする星見ヶ丘さんとプロキオンを、俺は呼び止める。
急に呼び止められて、二人は訝し気な表情を俺に向けた。
「どうしたのテツくん?」
「早く追わないと、逃げられちまうかもしれやせんぜ?」
「いや、いいんですか報告しなくて?」
「報告?」
「だから、捜査一課の連中にですよ。それが条件だったでしょ確か?」
俺の言葉を聞いて,一人と一匹は顔を合わせると、噴き出して笑い始める。
なぜ笑われているのか分からない俺は、間抜け面で固まるしかなかった。
「テツくん、君は真面目だね」
「えっ……!? 星見ヶ丘さんまさか……最初から
「『出し抜く』なんて人聞きの悪い。わたしたちは
「はあっ!?」
「だって猪瀬さんは『聞き込みで調べた情報は全て捜査一課に提供する』ことを条件にしてたでしょ? これはプーちゃんが調べてきた情報だから、報告の義務はないもーん」
「それって屁理屈じゃ……」
「いいのいいの! ほら、行こう!」
そう言うと、星見ヶ丘さんは無理矢理俺の腕を引っ張った。
さっき、星見ヶ丘さんは「慣れている」とは言っていたが、「怒っていない」とは一言も言っていない。
そのことを俺は腕を引かれながら、思い出していた。
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