第4話

「驚きましたよ。どこかのコスプレした小学生が紛れ込んだかと思いました。しかし、その格好は……大変よくお似合いです。現場の指揮も上がるでしょうな」


 そう言うと、猪瀬は見せつけるかのように笑い声を上げる。

 その笑い声に釣られ、周囲からも漏れる微かな笑い声が聞こえた。

 明らかに、星見ヶ丘さんを馬鹿にしている。

 俺が思わず拳を握り、猪瀬の前に出ようとした時、星見ヶ丘さんの小さな手俺の前を遮った。


「よろしくお願いします猪瀬警部。早速ですが、事件当時どのような状況だったんですか?」


 猪瀬が挑発してきたことには気づいてはいるだろう。

 しかし、星見ヶ丘さんはそんなこと気にすることなく警察手帳を仕舞いながら尋ねる。

 こういうメンタルの強さは流石だなぁ。

 星見ヶ丘さんが怒りを抑えているのに、部下の俺が怒りをぶちまける訳にはいかない。

 俺は握った拳を解き、怒りを鎮めながら星見ヶ丘さんの後ろに下がった。

 猪瀬の方も挑発を受け流され面白くなかったのか、露骨に険のある表情をする。


「悪いがね、これは俺たち捜査第一課の仕事だ。そんなふざけた格好をした得体の知れない連中に現場を荒らされたくないね」


 猪瀬はさっきよりも直接的な物言いで俺たちに食って掛かる。

 俺は抑えていた怒りがまたフツフツと再び煮え始めているのを感じた。


「これは魔法少女絡みの事件だ。そう聞いたから俺たちは来たんだけど?」


「なんだロリコン野郎? 魔特課は目上の者に対してそんな生意気な口の利き方を許してんのか? 上司の程が知れるぜ」


「んだとっ!? っていうか誰がロリコンだ!!」


「第一、お前らみたいな『化け物』の力を借りなくても俺たちだけで十分手は足りてるんだ。むしろ邪魔だよ」


「『化け物』だと!? てめえもういっぺん言ってみろ!!」


「そもそもお前らの中に犯人がいるんじゃないのか?」


「てめえっ………!!」


「神代巡査」


 殴りかかろうとする俺を、星見ケ丘さんが今度は名を呼んで制する。

 しかし、今度ばかりは俺も怒りを抑えきれない。

 一度ならず、二度も上司を愚弄されたのだ。

 黙っているなんて俺には無理な話だ。


「それが同じ仲間に言う言葉かっ!!」


「俺たちは魔特課お前たちを仲間だなんて思ってねぇよ」


「あぁんっ!?」


「テツくん!!」


 星見ケ丘さんが身を呈して抑えてくれなかったら、掴みかかって二・三発は殴っていただろう。

 俺の腰に手を回して必死に抑えながら、星見ケ丘さんは猪瀬に向かって叫ぶ。


「部下の非礼はお詫びします! ですが、我々も正式な手続きの下に捜査に赴いたのです! 捜査一課の猪瀬といえば、数々の難事件に携わり解決に導いた敏腕刑事と聞き及んでおります!! そんな優秀な方が己れの裁量だけで組織の意向を無視するような愚行を犯すはずがありません!!」


「なんだと?」


「確かに、皆さんから見たら我々は得体の知れない集団なのかもしれません。ですが、市民を脅かす犯罪の解決と根絶を願う気持ちは同じです。どうか、寛大なご判断を……お願いします」


 長い三角帽の先が地面につきそうな程、星見ケ丘さんは深く頭を下げていた。

 あまりに必死に頭を下げるものだから、猪瀬も頭が冷えたのだろう。

 さっきまであれだけ口汚く愚弄していたのに、今はどこかバツの悪そうに押し黙っている。

 そして、頭が冷えたのは俺も同じだった。

 頭は冷えたが、俺の頭の中では未だに怒りが渦巻いていた。

 猪瀬に対してもだが、一番ムカついていたのは自分自身に対してだった。

 冷静さを失い、その結果星見ケ丘さんにこんな風に頭を下げさせてしまった。

 今この場で一番傷ついているであろう彼女にだ。

 俺はそんな事態を招いてしまった自分自身を許せず、かといって今何もできない自分にさらに苛立ち、拳を握るしかなかった。



 ※



 現在、俺と星見ケ丘さんは事件現場近くの繁華街を歩いていた。

 あの後、俺たちに許されたのは事件現場の周囲の聞き込みだけだった。

 結局、あれだけ星見ケ丘さんが頭を下げたにも関わらず、俺たち遺留品を調べることはおろか、現場にすら入れてもらえなかった。

 しかも、この聞き込みを許す条件が『俺たちが聞き込みで調べた情報は全て捜査一課に提供する』である。

 自分たちが知る情報は一切こちらに渡さず、そのくせこちらが知った情報は寄越せと言ってきたのだ。

 そんなふざけた条件を、星見ケ丘さんは二つ変事で了承した。

 だから、俺たちはこうして当てもなく街を歩いているというわけだ。


「う~ん! やっぱり『ペーラ』のマロングラッセクレープはサイコー!!」


 星見ケ丘さんはというと、お気に入りの店のクレープを食べて大変ご満悦のようだ。

 一応、職務中なんだけど…………。

 まぁ、あんな理不尽な扱いを受けたらやる気を失くすのも無理はないか。


「本当にテツくんは買わなくてよかったの? こんなに美味しいのに?」


「俺は………いいんです。気にしないでください」


「そ? なんかごめんね。わたしだけ」


「謝らなくちゃいけないのは、俺の方ですよ」


「ほえ?」


 クリームを口元につけた星見ケ丘さんが、振り返って首を傾げる。

 なぜ謝られているのか、本気で分かっていないという顔だ。

 まぁ、彼女がこんな反応を返すのは想定内である。

 まだたったの一ヶ月であるが、その僅かな間一緒に仕事をこなす中で、彼女が度を越した天然で、度が過ぎるお人好しであることを学んでいたからだ。


「いや、さっきのことです。ついさっきの…………」


「さっき…………ああ! 猪瀬刑事とのこと? 何でテツくんが謝るの?」


「だって…………俺が馬鹿な真似したせいで、星見ケ丘さんにまで迷惑かけて…………」


「テツくんはわたしの……魔特課私たちのために怒ってくれたんでしょ?」


「…………分かりません。ただ、猪瀬あいつの言うことに腹が立ったのは確かです」


「そっか…………でも、わたしは嬉しかったな。テツくんが怒ってくれて」


「へ………?」


「わたしたち魔法少女はさ。ああいうこと言われるのに結構慣れてるんだよね。子供の頃からずっとだし。だからさ、いちいち相手にしてても仕方ないって思ってるんだ。わたしたちの存在がみんなのことを不安にさせてるのは事実だし」


「そんなことないですよ!」


「ほら、また」


「え?」


「だから、テツくんみたいにそんな風に純粋に庇ってくれる人がいるって凄く幸せなことなんだよ、魔法少女わたしたちにとって」


「そんな………俺は…………」


「確かに、社会人として、警察官としてすぐ感情的になるのはあんまり褒められたことじゃないかもしれないけど………それでも、あの時テツくんがあんなに怒ってくれて………少なくともわたしは嬉しかったな………」


「星見ケ丘さん…………」


「だから、別に謝らなくていいんだよ? むしろ、わたしと一緒にいるせいでテツくんが嫌な思いしてるんじゃないかって心配してるくらいなんだから。どうしても申し訳なく思うなら、それでおあいこってことで」


 そう言って、星見ケ丘さんは照れ臭そうに笑った。

 自分で「柄にもないことを言っているな」と思っているのだろう。

 確かに、星見ケ丘さんの幼い見た目に反した、年上の寛容さを感じさせる言葉である。

 まあ、実際に年上なんだけど。

 だけど、普段はほよよんと見た目相応にしているくせに、こういう時はちゃんと大人なんだから困る。

 自分が、体ばかり大きいだけのガキなんだと痛感させられる。

 実に情けない話だ。

 でも、何故か俺は嬉しかった。

 自分の未熟さを突きつけられたようなものなのにだ。

 それでも、俺は星見ケ丘さんの言葉に救われたように気がした。


「それに、『ちぇりーぼーい』はつい感情的になってしまうってユウキちゃんが言ってたからね。仕方ないよ」


 こういう余計な一言がなければもっといいんだけどな!

 な!!

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