第3話

 俺たちの住む小津おず市は、お世辞にも大きな街とは言えない。

 人口も年々減少傾向にあるし、市街地はそこそこ活気があるが、そこを少し離れるだけで長閑な田園風景が広がっているような、田舎とまではいかなくとも、都会とも言い難い、そんな中途半端な街だ。

 しかし、そんなこの街でも近年増加傾向にあるのが、魔法少女に関する犯罪だ。

 そりゃあ、人間の限界を超えた能力や理解すら出来ない力を行使出来る者がいるならば、それを悪用しようという邪心を抱く者も現れるのが道理である。

 それは魔法少女本人である場合もあるし、魔法少女を脅迫し無理矢理従わせている、もしくは金銭的な契約を交わしているなど様々だ。

 まぁ、何にしろそんな事件を取り扱うのが俺たち『魔特課』の仕事である。

 今、俺たちが車を走らせ向かっている現場もそうだ。

 何でも、現金輸送車の襲撃事件があったらしい。

 『魔特課』の仕事は、基本的に他の課の捜査中に魔法少女が関係していると判断された場合のみ、捜査権限が譲渡される。

 このことから他の課の中には『魔特課』のことを『ハイエナ課』と呼ぶ者もいるが酷い蔑称である。

 魔法少女関連の捜査は下手に首を突っ込めば最悪命だって落としかねない危険な仕事だ。

 自分たちの捜査領域テリトリーに割り込まれて面白くないという気持ちに加え、魔法少女の歴史を見ても、普通の人間がいい感情を抱き難いことも分かる。

 しかし、こっちだって命懸けなのだ。

 かつて魔法少女が危険な存在であると認知されていた過去があるとはいえ、今は警察という危険と隣り合わせである仕事をしている者同士。

 お互い様なのだから、そのあたりの理解もしてもらいたいものである。

 ま、まだペーペーの俺が言っても仕方ないことなのだが。


「ついたよー」


 事件現場に着いたというのに、何とも気の抜ける声をかけられ俺は顔を上げる。

 ハザードランプを点けて愛車のスバル360を路肩に停めた星見ケ丘さんは、今朝ボスに渡された封筒から資料を取り出す。

 資料といっても、入っていたのは写真たった一枚きりだけだが。

 しかし、俺たちにはその写真一枚だけで十分であった。

 星見ケ丘さんはしばらくその写真と事件現場を見比べていたが、確認ができたのか助手席に座る俺に写真を手渡した。

 俺も同様に写真を確認し、星見ケ丘さんと視線を合わせる。

 写真に写っていたのは、事件発生直後に撮られた現金輸送車の写真だ。

 今も事件現場に残され、横たわる輸送車と写真の輸送車を俺は並べて見る。

 この事件、間違いなく俺たち『魔特課』の仕事だ。

 何故分かるのかって?

 なら、あんたは見たことあるかい?

 車体の所々が大中小様々な大きさの円形に抉れた車両を。

 まるで素人には理解できない前衛芸術作品を見せられたような気分だ。

 実際はそれ以上にタチの悪いものなんだけどな。



 ※



「マギカ・エル・ステラ!」


 星見ヶ丘さんが呪文コードを唱えると、着ていた紺色のレディーススーツが光を発し、見る見る姿を変えていく。

 地味なスーツは徐々に光沢のある白とピンクのフリル付きワンピースに変わり、肩にはどこからともなく現れた服と同色のマントがかけられる。

 そして、頭には漫画やアニメで魔法使いが被るお馴染みの三角のとんがり帽が被さり、その右手には彼女たち魔法少女の象徴である『ステッキ』が握られた。

 そこには、さっきまで似合わない(失礼)スーツに身を包んでいた少女の姿はない。

 似合い過ぎるフリフリのコスチュームに身を包んだ魔法少女がそこにいた。

 これが、彼女たちを『魔法少女』と呼ぶ所以たる『魔法マギカ』と『呪文コード』である。

 『呪文コード』というのは、彼女たち魔法少女が『魔法マギカ』と呼ばれる異能力を発動するために唱える言葉で、この呪文をキーとして、彼女たちは様々な力を行使する。

 今星見ヶ丘さんがやって見せた『変身メタモル』もその一つだ。

 魔法少女は魔法を使う際、必ずこの『変身』を行ってそれぞれの専用の衣装に着替える。

 理由は、そうしなければほとんどの魔法を使うことができないからだ。

 彼女たち魔法少女を語る上で外せないのが、空に浮かぶ『青い月』についてだ。

 俺が生まれた時から当たり前のように存在している『青い月』だが、あの『月』の出現と共に魔法少女は姿を現したらしい。

 そして、彼女たちが使う魔法の源があの『月』から発せられる青い光だと言われているのだ。

 というのは、この話が仮説でしかないからだ。

 あの『月』が現れてから二十年以上経つが、まだその全容ははっきりと掴めていない。

 少なくとも『青い月』と『魔法少女』に何かしらの因果関係があることだけは確からしいが。

 かつては探査機をロケットで飛ばして調査を行おうとしたらしいが、それも失敗に終わっている。

 何でも、ロケットがその『月』を貫通してしまったらしい。

 そこに見えているのに、触れることができない。

 まるで幻か幽霊のようだ。

 話が逸れたが、ともかくその『青い月』が発する光を効率良く受け取るために、彼女たち魔法少女は専用の衣装に身を包むのだというのが最も有力な説なのだ。


「おお、やっといらっしゃいましたか」


 変身を終えた星見ヶ丘さんを見て、俺たちの到着を待っていた恰幅のいい男がこちらに近づいてくる。

 恐らくこの現場を指揮している刑事なのだろう。

 俺と星見ヶ丘さんはその人に向かって警察手帳を見せて敬礼する。


「小津警察署『魔法少女特殊対策課』の星見ヶ丘 愛巡査長です」


「同じく神代 鉄子巡査です」


 俺は横目で、いや若干目線は下に下がるが、とにかく横目で隣で敬礼する星見ヶ丘さんを見る。

 一見するとコスプレをした女児が敬礼をしているという何ともシュールな光景だが、本人に至っては真面目そのものなのだ。

 早く俺もこの光景に慣れなければ…………。


猪瀬いのせだ。ご足労いただき感謝する」


 猪瀬と名乗る刑事が警察手帳を見せ、俺たちに敬礼を返す。

 猪瀬さん……階級は警部か。

 丁寧な敬礼を返してはくれているが、俺たち(特に星見ヶ丘さん)を見る目はどこか訝し気だ。

 それどころか、このほんの間のやり取りで見せた表情や口調に険があるようにすら感じる。

 どうやら、今回の現場はを引いてしまったようだ。

 俺は漏れそうな溜息を何とか飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る