第2話
あたしとタクミの出会いは、ドラマなんかのような劇的なものでも、運命を感じさせるようなものでもなく、高校の入学式という普通のものだった。
真新しくて、体に馴染んでいない制服を着て向かった入学式で、あいうえお順に並んだあたしの隣がタクミだっただけ。
隣が男の子だっただけに、なんだか緊張してしまったあたしは、話しかけることも、顔をきちんと見ることも出来ず、勇気を出して一瞬チラッと見たその横顔に、あたしの胸はざわめいた。
ただの一目ぼれ。
あたしがもっと前向きだったなら、きっと何の変哲もない入学式も、隣に座ったタクミにも、運命だ、なんて思えたけれど、残念ながらあたしはそこまで夢見る少女じゃない。
一方的にあたしがタクミに恋しただけ。それも一目ぼれ、なんていう簡単で、ありふれた感じで。
クラスももちろん一緒なわけで、最初の席もタクミはあたしの前にいた。
話しかけることも出来ず、タクミから話しかけてくれるはずもなく、あたしはいつもその大きな背中を見つめていた。
授業中、その背中に、こっち向け、こっち向くんだ、とバカみたいに念を送ってみたり、消しゴムをわざと落として拾ってもらうとか、わざとぶつかってみるとか、そんなバカみたいでアホらしい作戦もたててみたけれど、どれも実行できずに時間は過ぎていった。
あたしはどちらかといえば消極的だから、タクミのことだけじゃなく、友達にもクラスにもなかなかなじめずにいたんだ。ご飯を一緒に食べよう、と誘ってくれても、笑顔の自分が嘘っぽくて、たくさんの人とラインを交換するたびに、こいつも一度もメールを送ることなく消えていくんだろうな、なんてひねくれた考えしか持てなくて、ただただ虚しさだけがつのっていた。
期待して行った高校も、夢と現実は違っていて、入学して一ヶ月も過ぎると、どうでもよくなっていた。
けれど、そんな生活の中で、あたしが学校に行き続けたのは、タクミがいたからだった。
退屈な授業より、疲れる人間関係より、どれよりも大切だったのはタクミだった。
あたしの事を気づいてもらえなくても、振り返ってもらえるように髪形に気をつかったり、化粧だってかわいく見えるように色々研究した。まったくといっていいほど、つけなかった香水も。少しほのかに香る程度につけたり、タクミがあたしの事を見ていなくても、少しでも視界に入れるように、あの頃のあたしは、ない知恵をしぼって、自分なりに頑張っていたんだ。
もちろん、一ヶ月たっても話すことは叶わなかったけれど、まだあたしはタクミを見ているだけで幸せだった。
けれど、人というものの欲はつきないもので、最初は見ているだけでよかったのに、話したいという欲望は次から次へと溢れてきた。
それと同時に、タクミと親しげに話す女の子を見るたび、笑い声や、少しいつもよりうわずった声を聞くたび、あたしの中の黒くてドロドロした何かが心の中に広がった。
そんなに楽しそうに笑わないでよ、と相手の女の子を恨んでいたり、近づかないでよ、なんて自分のものでもないのに思っていることに気づいて、そんな自分が大嫌いだった。
きっとうらやましかったんだ。
その子達はあたしからしてみれば、キラキラと輝いていて、キレイで、自信に満ち溢れ、かわいかった。あたしにないものをたくさん持っていた。それに比べて、あたしは何も出来ないでいるから、あたしもあの中にまざれたら、なんて思っていた。自分がとても小さくてみじめに見えた。
でも、あたしにはそこから抜け出せる勇気も、タクミに話かけようとする勇気もなくて、結局、タクミへの届かぬ想いを抱えたまま、季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。
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