第9話 記念日、自宅

染めたことの無い真っ黒な髪に寝癖を付けた青年が、ベッドの中で丸まっている。

165cmで男子にしたらまだ小柄と言える身長と彼の童顔のおかげで、このしぐさも可愛げがある。

この童顔猫系男子が私の彼氏。明人。


明人とは高校の時から付き合ってて、今日でちょうど7年目になる。

そう、今日は記念日なの。

それで昨日『明日は昼の13:00に家に来て』って連絡してきて自分はぐっすりですか…


ため息を1つついて明人をゆする。

「ねぇ明人起きて」

明人がゆっくりと目を 開けてこちらを見る。

「おはよう、彩羽」

「おはよう、明人」

「そういえば何で今日は家なの?」

毎年記念日には、どこかに出かけて二人で過ごしている。

高校の時には近くのショッピングモールとかだったけど、大学に入って自由な時間も増えてからは二人でお金を出しあって、テーマパークで遊んだり、ちょっと贅沢なディナーだって食べた。

それが急にお家デートになったのだから、不思議にも思う。

それもなんの相談も無しに。

(もしかして記念日のこと忘れてる?)


一人で考えていると明人がまだ眠そうな目を擦りながら言った。

「たまにはいつもと違う記念日もいいかなって」

(記念日は覚えててくれて良かった)

「相談くらいしてくれたら良かったのに」

「それはごめん…」

「でも、そうだね。いつもと違うのも良いかも」

「なにも相談しなかったお詫びに、今日は僕が彩羽をおもてなしするから、ゆっくり寛いで」

「そういえばこういうのは初めてだよね」

「去年までは1日中外で会ってたからね」


ベッドから出た明人は伸びをして、

「じゃあ、今から朝ごはんを作ろう!」

「もうお昼だよ…」

「………お昼ご飯を作ろう!」

爽やかな笑顔でそう言った。

「私も何か手伝おうか?」

「彩羽は寛いでて」

「ほんとに良いの?」

「日頃の感謝だよ」

「じゃあお言葉に甘えようかな」

明人は笑顔で台所に歩いていった。

(さて、なにしようかな)


何かないかと探していると、テーブルの上にタブレットがあることを思い出した。

明人が大好きな海外ドラマを見るために買ったものだった。

(契約してるからスマホでも見れるはずなんだけどな)

やっぱり画面が大きい方が良いんだろう。

タブレットを起動させてアプリを開く。

お昼ができるまで海外ドラマでも見て待とう。


一時間ほどして、台所から美味しそうな匂いが漂ってくる。

「お待たせ」

お盆に料理を乗せた明人が歩いてくる。

「ナポリタン!」

「正解」

テーブルに置かれたのは、ケチャップが綺麗に絡み食べやすく切られた野菜とベーコンが食欲をそそるナポリタンだった。

(私の大好物!)

「頂きます!」

フォークを手にとって食べ始める。

「美味しい!」

「喜んでもらえて良かった」


お昼ご飯を食べ終わって少し休憩していると、

「明人って料理上手だよね」

「昔はお母さんが帰ってくるの遅かったからね」

「偉い!褒めてあげる!」

私が茶化すように言うと、

「彩羽はどこの立場から言ってるの?」

明人も笑いながらそう答える。

(たまにはこんな記念日も良いかな)


「ねぇ、一緒にドラマ見よ」

「いいよ、何見る?」

「これが良い!」

「ジャンルにホラーって書いてあるんだけど…」

「明人はホラー苦手だっけ?」

少し挑発するように言う。

「これにしようか…」

「怖かったら彩羽お姉さんが撫でてあげるからね」

「…………」

「ごめんなさい、調子に乗りました!」


そんな感じで一緒に1日ダラダラ過ごして、もう夜になった。

(こんな日が毎日続けば良いのに…)

今までとは違う記念日、特別なことは何もないけど、今までで一番楽しかった気がする。

「今日はほんとにありがとう」

「1日明人とダラダラ出来て楽しかったよ」

「彩羽がそう言ってくれて良かったよ」

「少しベランダに出ない?」

「夏だし、今日は晴れてたから星がよく見えるよ」

「明人ってそんなにロマンチストだっけ?」

そんな風に茶化したけど、なんだか緊張してる明人が不思議だった。


一緒にベランダに出ると、確かに星が綺麗だった。

真っ黒な夜空にたくさんの星がちりばめられてる。

「今日二人で何でもないような過ごし方をして、ずっと彩羽といたいなって思ったよ」

唐突に、明人がそう言う。

びっくりして明人の方を向くけど、部屋と違って暗いから表情が見えない。

「いつもと違う過ごし方をしたら、特別って感じるのは普通なんだろうけど…」

「彩羽とは今日みたいに過ごしても、もっと一緒にいたいって思えて…」

「…ごめん、なんかまとまんないや」


明人の言いたいことは、なんとなくわかる。

(それに、私も同じ気持ちだよ、明人)

少し深呼吸をして、明人が話始める。

「彩羽、これから先も、ずっと僕といて欲しい」

明人はポケットから正方形の箱を取り出して、それを丁寧に開ける。

中にはシンプルなシルバーのリング。

「明人、私も同じ気持ちだよ!」

そう言って明人の唇にキスをする。

明人がびっくりした様子で固まる。

「ねぇ明人、固まってないで早く指輪はめて」

「ムードも何も無くてごめんね」

「朝から寝坊してたし、明人にムードとか期待してないよ」

「なんも言えない…」

そう言い合いながら明人は私の手を取って、左手の薬指に指輪をはめてくれた。


二人の旅路を祝福するかのように、夏の夜に喧騒が響いている。

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