第6話 入学式、教室前

(今日から私も高校生か…)

新しい友達、難しい勉強、様々な行事、それらを抱えるドアの前に、彼女は1人で立っていた。


彼女はドアの前で手を上げては下ろすという動作を繰り返している。

その表情はどこか浮かない。

(大丈夫…もうあの頃とは違うんだから…)

彼女の頭に浮かぶのは、数ヵ月前までの中学時代の記憶。

彼女にとって思い出したくもない、苦い苦い記憶。





彼女は中学校に入学する年、両親の仕事の都合で今まで住み慣れた家からは遠く離れた場所に引っ越した。

もちろん、それまでの友人とは離れ、知り合いと呼べる人すらいない。


不安を抱えながらも、彼女の学校生活は順調だった。

引っ越してきたのが珍しいのか、クラスメイトの何人かは声をかけてくれたし、他のクラスメイトもちょっかいをかけてきたりはしなかった。


しかし、クラスの中で浮いていた1人の少女に彼女が声をかけてからは、生活が一変した。


今まで話してくれていたクラスメイトとも目が合わなくなったし、無関心だった人たちからはいじめを受けた。

教科書が無くなったり、机に落書きをされたり。


後でわかった事だが、彼女が声をかけた少女はずっといじめられてきたらしい。

その少女も、対象が自分から移ったことで適当なグループに混ざっていじめに加わった。


しばらくすると過激ないじめは少なくなっていき、クラスメイト全員からの無視へと形を変えていた。

(まるで透明人間みたいね…)

(まあ、今までよりはましか、こんな人たちと関わらなくていいんだもの…)


担任も面倒事に関わりたく無いのか、それを黙認し続け、彼女へのいじめは今、つまり中学3年の冬まで続いている。


彼女が3年間、周りに助けを求めなかったのは、クラスメイトも担任も彼女に関わろうとはしなかったし、何より両親に心配をかけたく無かったからだ。


(もう少しで卒業できる…もう大丈夫…)

彼女は家から通える範囲で一番遠い高校に入学を決めた。

ここの生徒と会わなくていいように…




そんな事を思い出すと、またこのドアをあけるのが怖くなってきた。

(大丈夫…今度は…)

そんなとき、彼女の横から伸びた腕がドアを開いた。

教室の中から光が漏れる。


振り返ると大人びた顔の少年が不思議そうにこちらを見ていた。

「入らないの?」

彼女が答えられずにいると、彼は何かを察したように、

「入ろう、もうすぐ先生も来るよ」

それだけ言って教室へ入っていく。

(もう私は透明人間じゃない…)

都合のいい考え方かもしれないが、彼が彼女に向けた言葉が、彼女に再び色を与えてくれたような。

彼女もドアをくぐる。

「ねぇ、名前を教えて?」




長い長い冬はもう終わり、春の暖かな風が眠ってい桜たちを目覚めさせていく。








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