第5話 夕暮れどき、校門
少年が1人、校門前に立っていた。
もう下校時刻を過ぎた校門前には人影もなく、日も落ち始めた空は光を失っていく。
少年の心の中では様々な感情がうずまいていた。
不安、緊張、期待、喜び。
それは全てこれから起こる出来事に向けられたもの。
今朝彼は、何度も何度も書き直して、やっと納得のいく形にした手紙をこれから来る1人の少女の下駄箱に入れた。
そこからの授業なんて記憶に無い。
全ての意識はこの瞬間に向けられていたから。
(告白…)
(まさか自分がこんなことするなんて思わなかったな)
彼も今までクラスメイトが茶化し合うのは聞いていたし、友人や兄弟とそんな話になることも多々あった。
しかし、自分がするとなるとイメージがわかなかった。
彼の頭に浮かぶのはこれから来る少女の姿。
艶のある黒髪をポニーテールに結んで眼鏡をかけた、華奢で小柄な少女。
そんな彼女と出会って、話して、恋をした。
最初は何気ない会話からだった。
掃除の時間に1人だけ、他よりも落ち着いた表情の彼女が妙に気になった。
そして声をかけ、話しているうちに彼女が2つ下の後輩であること、彼女はクラスで少し浮いていること、しかし彼女がそれを気にかけていないこと、色々なことを教えてくれた。
彼はいつも周りの目を気にして生きていた。
できるだけ目立たないように、周りと同じように。
しかしその生き方はとても窮屈で寂しかった。
今自分が死んでも他の大勢となんら変わらない。
そんな彼にとって、彼女の生き方はとても眩しいものだった。
誰の目も気にすることなく、自分が正しいと思うことを信じて行動する。
年下の女の子のそんなところに憧れた。
それからは、時間を見つけて2人で話すようになった。
お互いの趣味とか最近あった些細なこととか、そんな風に話す時間は彼にとって今まで感じたことが無いほど暖かなものだった。
その中で、憧れは恋に変わった。
彼女の笑顔も、楽しそうに話すところも何もかもが好きになった。
(僕も自分の気持ちに正直になろう)
(いつも素直な彼女みたいに…)
だから今日、この想いを伝えようと思ったんだ。
好きになったのが彼女じゃなかったら、いつもみたいに周りに愛想笑いして逃げていたかもしれない。
でもこれは、もしもの恋じゃない。
だからちゃんと伝えなきゃ。
穏やかな物思いから意識を戻す。
少し遠くに人影が見えた。
眼鏡をかけた小柄なポニーテールの女の子。
彼女との距離を一気に詰めたくなる気持ちを抑えて彼女を待つ。
彼女の小さな体が手を伸ばせば届く距離まで近づく。
「先輩、改まって話ってなんですか?」
彼女が首をかしげる。
口の中から急に水分が無くなったみたいに感じる。
沈黙が続いたせいか彼女が不思議そうな顔をする。
(言わないと…)
今までに無いほど心臓の鼓動が速くなる。
1つ深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
そして、
「ずっと前から、あなたのことが好きです」
「僕と付き合って下さい!」
言い切って、そんな月並みな表現しか浮かばない自分が恥ずかしくなる。
どれくらい時間が経ったかわからない。
沈黙を破って彼女の声が聞こえてくる。
「こんな私のことを好きって言ってくれて嬉しいです」
「でも、ごめんなさい」
「今は恋愛に興味が持てないんです」
申し訳なさそうに、優しい彼女はそう言った。
(フラれた…)
胸の中が杭を打ち込まれたみたいに痛い。
でも、後悔なんてしてない。
(違うか、後悔はしてるけど、いつまでも下を向いてはいられないな)
これまでと同じようには話せないかもしれないし、同じようには会えないかもしれないけど…
それは、僕が憧れた、眩しいと思った生き方とは違うから。
「はっきりと答えてくれてありがとう」
「思ってたのとは違うけど、伝えられただけでも良かったよ」
声が震えないように、精一杯の強がりでそう口にする。
それを聞いた彼女も少し躊躇った顔でお辞儀をして背中を向けた。
彼女の影が小さくなっていく。
もう見えなくなったところでため息をつき、その場に崩れる。
(情けないな…もう足に力が入らないや…)
しばらくして立ち上がる。
「よし、帰ろう」
(立ち直るのにはしばらくかかるだろうけど、ずっと落ち込んでるのも彼女に悪いしね)
夜の帳が降りた中を、少年は歩き始めた。
夜空に煌めく星と月だけが、彼の帰路を見守っていた。
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