第3話 3
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藍星は地に足をつくと、そのまま地面に座り込んだ。
「疲れた……」
やはり時間移動は、体への負担が大きい。
乃和の時代より少しだけ昔にさかのぼったが、正確な年月は指定する余裕がなかった。
藍星は周囲を見渡す。
沈みかけた太陽の光が、地面に薄く引かれた水面一杯に広がっていた。
その水面には、草のようなものがきちんと整列して植えられており……きっとここは田んぼという場所だ。
「ふふ、綺麗」
思わず声がこぼれる。まるで、絵ハガキの中に迷い込んだようだ。
広い田んぼを挟んだ向こう側の道には、数人の子どもたちが、楽しそうにはしゃぎながら歩いている姿が見える。
あぁ、自分もあの中に加わりたい。
叶わないと知りながらも、そんなことを思ってしまう。
この時代は乃和の時代と比べて、少しだけ蒸し暑かった。けれど、吹き抜ける風が心地よい。
藍星の髪をパラパラと揺らしていくそれは、微かに土の匂いがした。
何処か身を隠せそうな場所を探すため立ち上がったその時、
「藍星、こんなところにいたのね~?迷子になってるんじゃないかって心配しちゃったわ」
聞き覚えのある声に弾かれたように振り返ると、そこには博士がいた。
薄い笑みを浮かべている赤い唇に、光の灯っていない瞳。
その表情を見た途端、自分の違反行為がすでに博士にばれているということを実感する。
「ごめんなさい、セナ博士」
心臓が冷たくなるのを感じながら、藍星はそう呟く。
「それは何に対する謝罪なのかしら?言ってごらんなさい」
博士は藍星の襟元を掴むと、引き寄せその表情を一変させる。
「……乃和に接触したことに加え、未来の情報を与えたことに対する謝罪です」
「そう、理解しているのならいいわ」
博士は藍星の襟元から手を離すと、微笑む。
「蓮からの伝達によると、乃和は事実を知った上でも一緒に暮らすことを選んだようだわ」
「!」
「それならば、私の計画が狂うことはない。命拾いしたわね、藍星」
博士は藍星の頬にてのひらを添えると、
「もしあなたの過ちで私の計画が狂うようなことがあったら、どうなるか分かっていたでしょう?」
「……はい」
「物分りのいい子ね。さすが私の子だわ」
博士は藍星のことを抱きしめる。
藍星はそれに体が硬くなるのを感じた。
あぁまたきっと辛い目にあわされるのだ。こういう場合そうなると相場が決まっている。
「あなたは乃和の時代に戻って、仕事を続けなさい。決して乃和とは接触しないこと、仮に偶然接触してしまっても他人のふりをすること分かった?」
「はい」
「乃和はあなたと違って特別なんだから、しっかり立場をわきまえるのよ。分かった?」
「はい」
「いい子ね。藍星」
博士は藍星から離れ微笑むと、
「あと、乃和と会った記憶は消しておくわね。時間がたつと消せなくなるから、今の内に。そうした方があなたも楽でしょう?」
「え……」
藍星は一歩後ずさる。
そんなの嫌に決まっている。
幼い頃少しの間だったが、乃和と一緒に暮らしていた時間は自分にとって特別だった。その特別をまたやっと実感できたと思っていたのに。
「それだけはやめて下さい……」
「大丈夫よ、何も辛いことはない」
「っ……」
時間移動直後でフラフラの体、逃げることなんてできない。
抵抗することは無理なのだと分かっていたが、諦めたくなかった。
博士は首にかかっている薄いカードを手にとると、逃げらないように藍星の腕を掴んだ。
そのカードは、人の記憶を一瞬で消去できるカード。藍星以外の人にも使っているのを今までさんざん見てきた。
「お願い母さん、やめて……っ」
こうして記憶を消さるのは何度目だろう。
忘れているだけで、きっと何度もあったはずだ。
それと同時に考えてしまう。
この世界に生まれてしまった時点で自分は不自由なのだと。
博士は藍星の額にカードをかざす。
カードが淡い光を帯びたと同時に、心地よい眠気が藍星を襲った。
ふらつくと、博士に体を支えられる。
(乃和、ごめんね……助けることができなくて)
君にはあたしみたくなってほしくなかった。せめて過去の世界で何も知らずに幸せに暮らしてほしかった。
……そして、藍星は意識を手放した。
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