第3話 2



「それにしても不思議だね?魔法使いと仲良くできるなんて」

 喫茶店で会計を済ませ、アパートへ向けて歩みを進めていると、隣を歩く藍星がそう呟いた。

 乃和がそれにこたえる前に、ゼロナが口を開く。

「そーいうのはもう聞き飽きました!早く乃和に正確な情報を伝えてください」

「あはは、分かったよ。せっかちだね、君」

「君じゃなくてゼロナです!」

「はいはい、ゼロナちゃん」

 藍星はクスクスと笑う。

 乃和はそんな二人を横目で見つつ、

「そろそろ人通りも減ってきたし、話してほしい」

 駅前の人通りの多い空間から、今は住宅街の方へ移動してきた。

 藍星の容姿は目立つので、隣を歩いている乃和は、正直落ち着かなかったが、人通りが減ってきた今では何とか大丈夫そうだ。

「うんうん、だよね。あ、あれってもしかしてコウエン?あそこで話したいな!」

 藍星が指を指したのは、乃和のよく知る公園だった。

 紅葉した木々に囲まれた小さな公園は、昔乃和が大好きだった場所。よく蓮につれてきてもらった場所でもある。

「……うん、いーよ」

「やった」

 藍星はまるで子供のように公園まで駆け寄ると、まず木々の方を見上げる。

「そうそう、昔は季節というものがあったんだ。今は何の季節?」

 乃和も藍星の隣まで歩み寄ると「秋かな」とこたえた。

「そう!やっぱり。あたし初めてみた、秋!植物がこんな色鮮やかになることってあるんだね。まるで、奇跡みたい」

 藍星は幸せそうにしばらく紅葉を見上げたあと、公園の中に歩みを進め、今度はブランコの方に駆け寄った。そして、そこに腰掛ける。

「ふふ、変なイス。面白い」

「……それはブランコっていうんだよ」

 乃和も藍星のとなりのブランコに腰かけると、そう言った。

「ブランコ。変な名前!でも、気に入った」

 乃和は藍星の言葉に思わず微笑むと、勢いをつけてブランコをこいで「こーやって遊ぶんだよー」と叫ぶ。

 それを見た藍星は乃和と同じようにブランコをこぐと、「面白いおもしろい~」と叫びながら、勢いをつけていった。

 その様子を見ていたゼロナは焦った様子で、

「あのー乃和、話きかなくていいですかっ?」

「もちろん、きくよ!この後!」

 久しぶりのブランコは思った以上に、風が気持ちいいし、浮遊感が楽しい。

 それに、藍星はきっと「いい人」だ。そう実感できると、何だかとても気が抜けてしまった。

 ……しばらくブランコを楽しんだ後、乃和と藍星は公園内のベンチに移動した。

 乃和は、近くの自販機で買ったお茶を藍星に手渡すと、そのとなりに腰掛ける。

 藍星は乃和が手渡したお茶のペットボトルを、愛おしそうに手で包みこむと、

「あれ、ゼロナちゃんは?」

「あ、ゼロナはスマホの中に戻ってる。中からでも声は聞こえるみたいだし、外にでてるとHPの消耗が激しいとかって言ってた」

「ほうほう、完全に実体化できない状態だとやっぱり不便なんだね~」

「……」

「……ふふ、じゃぁ話そうか」

「うん」

「乃和、君もね、五百年後の未来からここの時代にきたんだよ。蓮っていうアンドロイドと一緒にね」

「え…………?」

「博士は生まれて間もない娘だとしても、何の躊躇いもなく過去においやった。自分の研究を成功させるために」

「ちょっと待って!じゃぁ、その博士がわたしの母親ってこと?」

 藍星の口から発せられる言葉は、とても信じがたいことだった。

 でも、事実なのだ。彼女の目を見れば、解る。

「そうそう、ちなみにあたしの母親でもある。つまり、あたしたちは姉妹ってことだ!」

 藍星は乃和のことを抱きしめると、

「会いたかったーー妹よ~~」

「いや、急にそんなこと言われても!わたしたち全然似てないしねっ?」

 乃和は藍星のことを引き離してそう叫んだ。

「あはは。まーそうなるよね」

 藍星ははにかむ。

 その表情を見て、乃和はどこか罪悪感に襲われた。

 藍星はいつも幸せそうだけど、いつもどこか寂しそうだ。

「育った環境もあるし、父親も違うしね」

「え」

「今の時代からは考えられないかもしれないけど、未来の世界は試験管の中で生まれて外の環境に適応できるまで、その中で育てられることが普通なの。人間の数が極端に少ないからね。リスクを回避した結果だよ」

 藍星はお茶をすすって「美味しい」と口元を緩めた。そして言葉を続ける。

「だから、母親って言っても肩書きだけだね。特に乃和にとっては」

「……」

「ま、そんなことはどうでもいいんだけどさっ」

「……どうして、わたしは……兄さんと一緒にこの時代にきたの?」

 乃和は必死に言葉を探りながら、藍星にそう問いかけた。

 信じがたいが、事実と思い込むしかない。

「さっきも言った通り母さん……ううん、博士の「人間の心の研究」をつきつめるため。……その左目に、上手くいっていれば博士の欲しがっている情報がつまっているはず」

 藍星は「ちょっといいかな」と言って、乃和の顏を両手で掴みその左目を覗き込む。

「ほうほう、やっぱりね!あと少しでメモリーが一杯になる、うん、計画通りだね~。博士、こーいうの作るのは得意だから。さっすがだね~」

「ちょっと!離してよ!」

 乃和は藍星の手を引き離すと、彼女の顏を睨みつける。

「ごめんごめん。何も悪いことはしないからあまり警戒しないで」

「……」

「人間の心や感情に関する情報は、人間の数が少ない未来の世界ではなかなか手に入らない貴重なものだから、きっと役に立つんじゃないかな」

「……」

 乃和は自分の左目に手を添える。

 今までいろいろなことを感じて生きてきたが、そういうことが情報となって左目にはいっているというのだろうか。

「あと、人間の数が減ったっていうのは、環境の変化に適応できなくなったせい。適応できた人間だけが唯一生き残ったの。

 で、博士は人類の知能と技術を活かして「魔法使いの箱庭」っていうアプリを開発した。人類を存続させるためにね」

「……どういう意味?」

「自分の開発したアプリで、過去の世界を支配できたら、魔法使いたちが人間の代わりをしてくれる。彼らは、人間でなくても人間の代わりになる、言い換えれば、肉体を必要としない合理的な人間ってことかな」

「……ちょっと意味わかんない」

 藍星は、困ったように笑うと、「まーそうだよね」と相槌をうつ。

「ふふ、何だろーな。つまり、未来の人類存続のために今の時代の人間は消え失せろって言ったとこ?」

「もっと意味分からない!」

「けっこう分かりやすく言ったつもりなんだけど、困ったな」

 藍星はお茶を飲み干すと、大げさにため息をついた。

「っ……!」

 乃和は思わず立ち上がると、

「意味は分かったよ?その博士っていう人の思考回路が意味わからないってこと!」

「意味分からないのはあたしも同じ。意見があってよかった」

「……はぁ」

 乃和は力なく再びイスに腰掛ける。

 藍星のこと、本当に信用していいのだろうか。

「……魔法使いの箱庭、あたしも開発を手伝ったけど、なかなか立派なものだよ。蓮がアプリを過去の世界で広めたら、未来の世界は賑やかになった。魔法使いに「死」はないし、地球の環境がどんなに過酷になっても関係ない。また人間が孤独になることはないと思う」

「そんなのっ……」

「うんうん、わかるよ。ただの見せかけって言いたいんだよね。でも、それでも必要なんだよ、その見せかけは。人間が生きるうえではね」

「っ……」

 乃和はこれ以上何も言うことができなかった。

 だって、解ってしまったから。

 ……見せかけ。まさに乃和と蓮の関係みたいだ。

 藍星は大きく背伸びをする。

「はーっ。にしても、今の時代はいいものだね。食べ物も美味しいし、色も綺麗だし。博士に命令受けたときは、憂鬱だったけど、これてよかったかな。妹にも会えたしね~」

 藍星は再び乃和のことを抱きしめる。

「ふふ。あったかい。しばらくこうしてていい?」

「わたしは暑い。離れてよ……」

「まーまー、いいじゃない。しばらくこうさせてよ」

「……」

 頬が赤くなるのを感じた。

 そう言えば、こうして誰かに抱きしめてもらったことは初めてかもしれない。

 でも、少しだけ悲しかった。

 本当の姉妹なら、今まで一緒に過ごせていたはずなのに。もし、そうだとしたら、乃和は藍星のことをもっと好きになれていたかもしれない。

 すると、藍星は乃和の耳元で囁く。

「近くに数人の魔法使いの気配がする。今からアップデートするから、このままじっとしてて」

「……!うん」

 藍星が片手を上空に上げると、そこから青白い光が広がった。それは広範囲に広がり……そして、消え失せる。

「今ので、魔法使いはわたしを敵だと認識しなくなるの?」

 乃和は藍星から離れると、周囲を見渡した。まだ青白い光に包まれた数字や記号が所々に残っている。

「そうそう、あたしの爪に埋め込まれたプログラムに不具合がでない限り、間違いなくそうなるよ」

 藍星は、両方の手の爪を乃和に見せた。整えられたその爪は、微かに白い光を帯びている。

「そーなんだ……」

 すると、藍星は立ち上がった。

 乃和が見上げると、その表情はやはり少しだけ寂しげだった。

「さってと、あたしはそろそろ真面目に仕事した方がいいかな。面倒くさいけど……、あのさ、乃和、気付いているかもしれないけど、君はね……」

 とその時、スマホの中からゼロナが勢いよく飛び出してきた。

「え!ゼロナ?」

 何事かと立ち上がり振り返ると、そこには表情を引きつらせ杖を構えたゼロナの姿が。そして、その先には……

「兄さん!」

 蓮がいた。

 あの時と同じように手の先を機械に変形させ、それをこちらに真っ直ぐ構えている。

「あ、博士のアンドロイド。調子よさそうで何よりだよ」

 藍星は、余裕ありげな表情で微笑む。

「藍星、乃和に未来の情報与えることは禁止されているはずだ」

「ふふ、何のこと?しーらないっ」

 蓮は乃和が目にしたことないような、険しい表情を浮かべている。

「っ……」

 乃和は恐ろしくて仕方なかった。

 本当に目の前にいるのは、あの蓮なのだろうか。

「殺すしかないか。乃和、早く藍星から距離をとれ」

「ちょっと兄さん、何言ってるの!?」

「乃和、彼は本気のようですよ?私も対抗できますが、念のため距離をとってください」

 ゼロナは蓮から目を離さずに、そう低く呟く。

「ゼロナまで!っ……何でこーなるの?ねぇ藍星!どうして余計なことわたしに話したの!?」

「余計なことじゃないよ。乃和には一人の人間として、知る権利と選ぶ権利がある」

「!」

「これ以上情報がもれるのは困るな。仕方ない」

 それと同時に、蓮の手先から光の筋が発射される。

「!」

 が、ゼロナの杖から現れた薄いガラスのようなものが、衝撃音と共にそれを遮った。

 そのお蔭で蓮の攻撃から守られたが、ゼロナの手は小刻みに震え精一杯の様子だ。

「ふふ、やっぱりこうなったか。あたしまだ死にたくないな」

 藍星の口元は微笑んでいるが、その目は険しい。

「藍星、そんなこと言わないで早く逃げて!」

「大丈夫大丈夫、少しだけなら」

「?」

 すると藍星は、人差し指の爪を中指でおさえた。それと同時に、周囲の音が消え失せる。

 乃和ははっとして、周囲を見渡す。動いているものは、乃和と藍星以外に何一つない。

 蓮もゼロナも一時停止している。

「う……やっぱ人間以外の時を止めるのはちょっときついかな」

 よくよく見ると、藍星の人差し指と中指の間から黒い煙のようなものがもれ、その指先は微かに震えていた。

「ね、乃和。君は二十歳の誕生日を過ぎたのと同時に、未来に帰ることになってる。博士にその左目の情報を提供するためにね」

「!」

「その情報があれば、「魔法使いの箱庭」を完全なものにできるって言ってたから間違いない。……乃和はそれでもいい?」

「嫌に決まってるじゃん!わたしはここにいたい!」

「……だよね。うん。よかった、そう言ってくれて」

「え?」

「乃和には自由に生きてほしいの。あたしができなかったぶん。たった一人の妹だしね」

 藍星の表情がより険しくなる。

「何でそんなこと言うの……っ」

 なら、藍星は自由ではないのだろうか。だから、あんなに寂しげな表情を浮かべるのだろうか。

 それなのに、リスクをおかしてまで乃和に事実を伝えてくれた。

 藍星は乃和の心情を察したのか、困ったように笑う。

「ふふ、ちょっと大げさだったかな。とにかくね、あたしが言いたいことは、あの蓮っていうアンドロイドがいる限り、乃和は未来に帰ることが必然になるってこと。

 乃和を巻き込む時間移動の機能が、彼には備わっているから」

「え!?じゃぁどうすればいいの?」

「……蓮を破壊する。それしかないかな」

「!」

「ゼロナちゃんが味方になってくれている今の状況、思ったより全然いいよ。がんばって。あたしは、状況が落ちつくまで別の時代に身を隠してるから」

 その言葉を最後に、藍星の体は光に包まれる。そして、ぱっと弾けるようにして消え失せた。

「!」

 それとほぼ同時に、世界に音が舞い戻った。

「乃和早く離れてください!そろそろ限界です!」

 ゼロナの叫び声に、乃和が「もう大丈夫!」と返すと、彼は藍星がいないことに気付いたようだ。

 蓮もそれに気付いたようで、攻撃をやめる。

 ゼロナは今まで藍星がいた空間に目を向けたまま、

「藍星さんは?さっきまでは、ここにいましたよね?」

「……」

「時間移動で逃げられたかー……まぁこれ以上情報が漏れることは防げたし、追う必要はないな~」

 蓮は機械の手を元に戻しつつ、乃和とゼロナの方へ歩み寄ってくる。

「乃和、ケガはないか?」

 いつもの笑顔を浮かべた蓮は、何事もなかったかのようにそう言った。

「っ……」

 乃和の額に嫌な汗が滲む。

「乃和!早く逃げてください!」

「だ、大丈夫。事実を知っても、兄さんとはちゃんと面と向かって話したい、ずっとそう思っていたから」

「でも、乃和っ」

「ありがとう、大丈夫だよ」

「……」

 絶望に近い感情に支配されつつも、乃和はそう言葉を並べる。

 ずっと昔から思っていたじゃないか。兄さんの正体をあばきたいと。

 今、それが叶っている。

 本当にあっけなく、叶ってしまった。

「オレのことをそんな目で見ることもできるんだなーこれは異常事態だ」

 蓮は困ったように笑う。

「やっぱりオレは嫌われたんだなー?」

 思いもよらなかった蓮の反応に、乃和は

「……っ違うよ。嫌いになったわけじゃない」

「そうなのか?じゃぁどうしてそんな目でオレを見るんだ?」

「……わたし兄さんのこと怖い。またわたしの記憶を消すつもりなんでしょ?」

「まー……そうだな。きっとそうした方が合理的だ」

「!」

 乃和は蓮の言葉に身構える。

 今の蓮の顏には、表情というものがないように感じる。

 蓮はその目で乃和のことを見据えると、

「でも、オレはもう乃和の記憶をいじらない、そう約束したよな……?」

「……うん、したよ?」

「……」

 蓮はただ沈黙を乃和へと返す。

 その瞳には影が落ち、今から口にする言葉が本当に正しいかどうか考えているようだった。

「そうだよな……!約束を破るわけにはいかない、記憶は消さないから安心してくれ!」

 蓮は微笑む。

 その表情は乃和のよく知る、蓮そのものだった。

「……っほんとだよね?」

「ほんとだって!だから泣くな!」

「よかったっ……」

 乃和の目のふちに溜まっていた涙の存在を、蓮は気付いていたようだ。

 真実を知った自分は蓮にとっての敵になるそう思っていたが、違った。そのことにほっとして気が緩んでしまった。

 蓮が何者でも関係ない。

 きっと自分は蓮がただいつもと同じように接してくれればそれでよかったのだ。

「乃和……」

 ゼロナが驚いたように乃和を見る。

(ごめん、ゼロナ)

 乃和は心の中でそう呟く。

 ゼロナが心配なのは、分かる。事実をしったうえで、蓮のことを受け入れるなんておかしいにもほどがある。

 そう、理屈的には理解している。

 藍星がリスクをおかしてまで伝えてくれた事実を、自分はなかったことにしたのだ。

(……わたし兄さんを破壊するなんてできないよ)

 だって蓮は家族だから。

 たとえ、アンドロイドだとしても、彼の体には、血と心が通っているのだ。

(藍星、自由に生きてって言ってたよね)

 それならば、この選択が乃和にとっての自由なのだろう。


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