第1話 2
「みのり!いる!?」
みのりの住む部屋のドアを強くノックする。
……が、返事はない。
ドアに手をかけ、回すと、鍵はかかっていなかった。
「……」
中に歩みを進める。
そこには以前訪れた時とは全く違った景色が広がっていた。
家具が一切置いていない。人が住んでいる部屋とは思えなかった。
立ち尽くすことしかできないでいると、目の前にバチリと電気が走り、先ほどの青年が現れる。
「だから言っただろう?ユーザーみのりはもういない。
しばらくは、オレが住むことになるだろうから、邪魔な雑貨はすべて捨てさせてもらった。これでも狭くて窮屈だが、部屋がないよりマシだろう」
「信じられない……みのりの部屋なのに」
「もう戻ることのないやつのための部屋なんて必要ないだろう?」
青年は勝ち誇った笑みを浮かべて、
「人間のふりをして生活している魔法使いは他にもたくさんいる。アプリ界と現実界が逆転するのもそう遠い未来ではない!
何も知らない人間、そろそろ危機感を持った方がいいぞ?まぁお前らにその言葉は通用しないと思うが!」
青年が発する言葉よりも、みのりがいなくなった事実が受け入れられなかった。
乃和はその場に力なく座り込む。
「っ……みのり」
(本当にもう、会えないの……?)
「そうだ、お前の瞳、現実を映す力を吸い取れない……本当にやっかいものだな。よく見せてみろ」
青年は乃和の顏を掌でつかみ、その瞳をまじまじと覗き込む。
青年のグレーの瞳と目があった。
すると青年は、表情を歪めて、乃和から手を離す。
「一体何なんだ?すごく嫌な感じがするぞ……人間の瞳とは思えない。
やはり、始末しておいた方がよさそうだな!」
青年は手の中に、バチリと何かを現す。
……拳銃だ。
あのデザインは見覚えがある。
みのりがまえに「レアアイテム手に入れたんだ~」とアプリ画面を見せてくれた。きっとそれだろう。
その時は「魔法使いが拳銃使うのっておかしくない?」と思ったが、今はそんなことどうでもよかった。
……間違いなく命の危機だ。
立ち上がり逃げようと試みるが、情けないことに足の震えがとまらなく、身動きがとれなかった。
「っ……」
青年が銃口を向けたそのとき。
「!」
乃和の後方から、光の筋が通過する。それは、青年の銃を勢いよく弾き落とした。
「あ~これは想定外の事態だ」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに立っていたのは、兄の蓮だ。
蓮の黒髪や、瞳は、青白い光を帯びている。いつもとは違うその姿を見た乃和は
(やっぱり兄さんは人間じゃないんだ)
と確信した。
しかもよくよく見ると、蓮の手元は異様な形だった。
肌色の皮膚は、手首のところで直角に曲がり、その先は銀色の機械のようなものに変形している。先ほどの光の筋はその先から発射されたに違いない。
青年は蓮の登場に、とても動揺した様子で
「な、何者だお前は!」
「ん?オレは、こいつの兄ちゃんだ」
蓮は乃和の隣まで歩み寄る。そして、青年から乃和を遮る位置に立った。
「これ以上妹に手をだすな。さっさと失せろ」
瞬時に蓮の手は大きな刃に変形され、彼はそれを青年の首元ギリギリにつきつけた。
「くそっ……」
青年は舌打ちをすると、この場から姿をかき消した。
「はー、大変だったな、乃和」
蓮は手の形を元に戻しつつ、こちらに振ふり返る。
にこにことしたその表情は、いつも蓮と何の変わりもない。
「大変どころじゃない!一体何なの?さっきのアプリっぽい人!?」
「あー……それはな……」
「それに兄さんも!!」
蓮が何か言おうとしたのが分かったが、乃和は構わず言葉を続けた。
「何もかもおかしいよ!っていうか、兄さんって本当に何者??
いまだに見た目、こどもだし、さっき手が変形してるの見た!
ねぇ、どうしてわたしと一緒に住んでるの?どうして……」
「落ち着けって」
蓮は乃和の肩に手を置く。
「落ち着いていられるわけない!!」
乃和は蓮の手を振り払う。
蓮は困ったような笑顔を浮かべると、
「困ったな~。異常事態だ」
「それはこっちのセリフなんだけど!!」
「……」
蓮はしばらく沈黙すると、乃和の両肩に手を置きそのまま床に押し倒した。
「!!」
「またこうするしかないみたいだ。ごめんな」
蓮は力強く乃和の頭を床に押さえつけると、手を乃和の左目に伸ばす。
そして、引き抜いた。
+
蓮は、乃和が意識を失ったことを確認すると立ち上がった。
淡い光を帯びている乃和の左眼球は、静かに蓮の手の中に納まっている。
「もしもし、博士。きこえますか?」
蓮がそう呟くと、目の前に半透明の小型スクリーンが現れる。
スクリーンに映っている人物を確認すると、蓮は言葉を続ける。
「異常事態が発生しました。
一つは乃和がアプリの正体を認識したこと。
もう一つは、アプリが乃和を排除しようとしたことです。至急対応をお願いできますか?」
「……~~……~~」
「……~~……~~」
スクリーンからの返答に蓮は「了解しました」と答える。
そして、通信を切った。
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