魔法使いの箱庭
夕菜
第1話 大切な家族
わたしには不思議で仕方ないことがある。
それは兄の存在。
物心つくころには、当たり前ように兄が隣にいた。
幼稚園の送り迎えも、夕飯の準備も、絵本を読み聞かせてくれたのも十歳前後の兄で、わたしにとって彼は、たった一人の大切な家族。
けれど……。
「いってきます~」
仕事へ行くために玄関に立つと、わたしは居間にいる兄にそう言葉を投げた。
「おう、気を付けて行ってくるんだぞ~」
居間から顏をだしたのは、子どもの姿の兄。
わたしは今年で二十歳になる。けれど、兄は十歳前後の姿のまま。
そう、何も変わらない。今も昔も、当たり前のように同じ笑顔でわたしの傍にいる。
……本当にそれは当たり前なのだろうか。
わたしの兄は、本当にわたしの兄なのだろうか。
乃和(ノワ)はいつもそうしているように、自室の机の前に腰掛け、愛用しているノートパソコンの電源を入れた。起動するのを待ち、デスクトップに配置してあるインターネットのアイコンをクリックする。
[兄 成長しない 理由]
いつも使用している検索エンジンにそう入力し、検索ボタンをクリックする。画面が切り変わるのを待つと、乃和は並んでいるリンクのタイトルに目を凝らした。
「やっぱり……でてくるはずないよねー」
予想はしていたが、そこに乃和の期待しているような結果はならんでいないようだ。
(ってか検索してでてくるようなことなら、今まで苦労なんてしなかったわけで)
兄の蓮(レン)に不審感を持ってから、乃和はそれを解消するため考え付くことはすべてやってきたつもりだ。
学校の図書館に毎日のように通ったり、クラスメイトに聞き込みをしたり、もちろん本人にも何度も問い詰めた。
「どうして兄さんは、昔から成長しないの?」
それの返答は決まって
「どこの家庭でも、兄ってのは成長しないもんなんだ!」
それを昔は信じていたが、普通に生きていれば嘘だと気付くのは当たり前なわけで。
結局兄の正体をあばけないまま、乃和は今年で二十歳になる。
(貴重な十代が兄さんの探索で終わっちゃうなんて勿体ない……
もう兄さんの正体をあばこうとするのはやめよ……これからはもっと楽しいことにめをむけよう)
乃和はそう決意して、ノートパソコンの電源を切った。
そのとき、兄の蓮が軽快な足取りで部屋に入ってくる。
「乃和~。夕飯できてるぞ~。ん?またパソコンで何やってたんだ??」
蓮はニコニコしながら、乃和に問いかける。
「兄さんの正体をあばけないかなーって思って、ネットで検索してた」
乃和がいつものように淡々とそう返すと、蓮は大声で「はははー」と笑う。
「ネットになんかのってるはずないだろー」
「だよね、でも念のためだよ!」
「それより乃和。今日の夕飯はお前の好きなオムライスだぞ!よろこべ!」
「やったー」
乃和は棒読みでそう返すと、蓮と共に夕飯が並べてある隣の部屋に移動する。
そこにはツヤツヤの卵がかかったオムライスと、色鮮やかなサラダが並べてあった。
「おいしそう」
思わず乃和がそう言葉こぼすと蓮は満足げに微笑んだ。
「だろ?」
乃和は蓮に続いて席につくと、オムライスを口へと運ぶ。
(やっぱり、おいしい)
蓮のことはやはりいろいろと謎だが……。
優しい兄ということには変わりない。
蓮は乃和にとって、たった一人の大切で大好きな家族なのだ。
+
数日後。
乃和が仕事を終えて、バッグの中のスマートホンを確認すると一件のメッセージがはいっていた。
(みのりからだ)
更衣室にいた仕事仲間に「おさきー」と声をかけると、職場をでて、みのりからのメッセージを確認する。
みのりは学生時代にできた唯一の友人。
変わり者といわれていた乃和にも、積極的に話しかけてくれた。どうやらいつも一人でいる乃和のことを放っておくことができなかったようだ。
自分とは正反対の、優しくていつも穏やかな子だ、と乃和は思っている。
メッセージの内容はこうだ。
+++++
乃和ちゃん、仕事終わった?
これから夕飯一緒にどう??いつものファミレスで!
+++++
信号待ちをしつつ、乃和はそれにOKと返信をする。
いつものファミレスとは、ここから歩いてすぐの駅近くのファミレスだ。
みのりとは月1の頻度で会っているが、会うたびに話がつきない。話が長引いても、夜遅くまで営業していて駅が近いのですぐに帰れる。
最適な場所だった。
(あと、値段も安いしねー)
歩いて5分ほどで、そのファミレスに到着する。
中に入ると、店員に案内された席でみのりのことを待っていた。
(すぐに座れてよかったー……みのりの学校もここから近いし、すぐにくるよね)
そう思いつつ、スマートホンにダウンロードしてある、ゲームのアプリを起動する。
暇つぶしには丁度よかった。
数十分後。
「おまたせ!」
みのりが嬉しそうに、乃和の方へ歩み寄ってきた。
「大丈夫、全然待ってないから」
乃和はいつものようにそう返すと、手に持っていたスマホを鞄の中にしまう。
みのりは学校の教材が入っているらしい、大きなリュックを背中からおろすと乃和の向かい側の席に腰かけ、
「あ~おなかすいた~」
「じゃ、早速何か頼もうか」
乃和は壁際にかけてあるメニューをみのりの前にひろげる。
「うん!何にしようかなぁ」
+
食事をしつつ、乃和とみのりはいろいろな話に花をさかせた。
みのりはピアノの専門学校に通っており、乃和はその話を聞くたび羨ましいと思わずにはいられなかった。
(わたしにもみのりみたく、何かやりたいことがあればな)
そうすれば、乃和でもみのりのように毎日生き生きと過ごすことができるかもしれない。
「そういえば、乃和ちゃん。あたしがすすめたゲームやってくれてる……?」
話題を変えたみのりは、不安げな様子で乃和にそう問いかけた。
「あ、やってるよ。面白くて見事にはまってる!」
乃和はそういいつつ、バッグからスマホをとりだした。
みのりがいうゲームとは、待ち時間にやっていたこのゲーム。
乃和はホーム画面のアイコンをタッチして、アプリを起動する。
タイトルは「魔法使いの箱庭」。
「魔法使い」と呼ばれるアバターで、自分だけの箱庭をつくるというゲームだ。
「修行」や「対戦」を実行すれば、自分の持てるMP(魔法の使える力)を増やすことができる。
その力を使えば、自分の箱庭におけるかわいいアイテムを作れたり、魔法使いの髪型や服装を自由にカスタマイズできたり……。
やりこめばこむほど、自分好みの魔法使いや箱庭を作ることができるというわけだ。
乃和は箱庭と魔法使いが表示されている画面をみのりに見せると
「今、こんなかんじ」
「へー、かわいいね」
思ったより、みのりの反応が薄いことが気になったが、乃和は再び口を開く。
「とりあえず、箱庭より魔法使いをカスタムしたくて今MPためてるんだけど、髪型とか服装変えるのって、けっこうMP必要なんだね~。なかなか溜まんなくてさ……。
デフォルトの魔法使いの服もけっこうかわいいから、まず髪色を変えたんだけど……」
「それより、ずっとゲームやってると、目痛くならない?」
真剣みのあるみのりの声に、乃和ははっとする。
みのりの顔をみると、そこには今まで見たことのないような暗い影がおちていた。
「え?目?痛くならないけど」
乃和はとっさにそう返す。
「ってか、みのり、どうしてそんな怖い顔してるの?」
乃和の言葉に、みのりはニコリと笑った。
「あ、あたしそんな顔してた?ごめんね。乃和ちゃんのことが心配でつい……」
「?心配するようなことじゃないと思うけど……そういえば、わたし、スマホとかパソコンやってても、目痛くなることないな。みのりはこの前会ったとき、目痛くなるって言ってたけど、最近どう?」
「今はね~、控えるようにしているから大丈夫なの……」
「……そっか」
みのりは立ち上がると、
「乃和ちゃん、そろそろ帰ろ?明日も仕事でしょ?」
「そうだね、帰るか!」
乃和もみのりに続いて立ち上がる。
そして、会計を済ませると店をでた。
+
乃和は、自宅の最寄り駅で電車を降りた。
みのりの自宅もここから近いので、彼女とともに歩みを進める。
今の時刻は夜中の十一時に近い。住宅街である周辺は暗くひっそりとしていた。
二人の足音だけが、やけに大きく聞こえる。
「は~明日も仕事かと思うと、しんどいなー。みのりは学校楽しそうで羨ましいよ」
乃和が隣を歩くみのりに何気なく言う。
「……」
「?……」
しかし、みのりからの反応はなかった。
「みのり?どうしたの?」
みのりは俯いたまま、こちらを見ようともしない。
……こんなの、みのりらしくない。一体どうしたのだろう。
「あ、もしかして、学校で嫌なことあった?わたしでよかったら、話きくよ……」
「……」
「……ねぇ!みのり!どうしたの?何か今日変だよ??」
乃和は思わずみのりの肩を掴む。
「!」
が、力強くふり払われてしまった。
「変なのはお前だよ!!」
みのりは今まで聞いたことないような、声でそう叫んだ。そして、言葉を続ける。
「お前、何故アプリの影響をうけないんだ!?始めさせて1か月以上たつのに!」
それと同時に肩を掴まれ、ブロック塀に勢いよく押さえつけられる。
みのりの手が乃和の顔の方へ伸びたかと思うと、その指で目をこじ開けられた。
「っ!いたい!」
「この目……、おかしいぞ。本当に人間の目か?」
みのりの手により力が入る。
このままだと、眼球ごと引っこ抜かれそうだったので、乃和は力一杯みのりのことを突き飛ばした。
それと同時に、みのりの周辺に電気の筋のようなものが走る。
…………彼女は、銀髪の青年に姿を変えた。首元に大きなリボンのついた黒ブラウス、頭には大きめのシルクハット。
彼の姿は見覚えがある。まるで……みのりが「魔法使いの箱庭」で使用していた、アバター、みたいだ。
乃和は目の前で起こったできごとを信じることができなかった。
あー……眩暈がする。
バイトが嫌すぎて、乃和の脳が勝手に現実逃避を始めたのだろうか。
「ははは、みのり、どうしてこんなことに……」
乃和の声は、とても弱弱しい。
青年は乃和の言葉に、表情を曇らせると、
「もうその名前で呼ぶな!オレはID2277」
「は???……もしかしてさ、あなたって、「魔法使いの箱庭」のアバターだったりする?」
「……」
「あ、そんなわけないよね~うん」
乃和は自分の発言が恥ずかしくなり、苦笑いを浮かべつつそう言った。
「その通りだ!オレはユーザー、みのりによって、作られた”魔法使い”。だが、今は違う。
現実を映す瞳を手に入れたからな」
「?……」
青年は口元をつり上げると、
「この機会だ。いいことを教えてやろう。オレたち「魔法使い」の目的は、現実界とアプリ界を入れ替えること。
つまり、現実界から人間を抹消することだ!!」
「何言ってんの?そんなことできるわけないじゃん」
乃和は半ば呆れ気味にそう返すが、青年は気に留める様子なく続ける。
「知ってるのか?現実の瞳は簡単に手に入るんだぞ。アプリに夢中の人間の瞳から、「現実を映す力」を吸い取ればあっという間だ」
「……つまり、あなたはみのりじゃない。じゃーみのりは?どこ?」
「アプリの中だ。現実を映す瞳は、オレが奪ったからな。もうここに戻ることはないだろう」
「……うそ」
「うそなんてついて何になる?そもそも嘘をつくのは、人間だけだがなぁ!」
心臓にヒヤリとしたものを感じた。
その感覚が嘘だと信じて、乃和は駆け出す。
自宅を通り過ぎると、みのりの住むアパートへ向かった。
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