おかしな兄妹のおはなし

狐花

その1:炬燵とポッキーゲーム

 部屋にポリッカリッという音が響く。

 俺の目の前には顔を赤らめた妹の顔があり、ゆっくりと此方に近づいて来ている。

 互いの口元には一本のポッキーが……


 どうしてこうなった?



「ただいまー……うう、寒≪さび≫ぃ」


 めっきり寒くなりだした11月。

 高校から一時間ほど掛けて帰宅した俺は、一目散に二階の自室へと向かった。

 理由はもちろん暖をとるためだ。

 俺の自室にはエアコンやヒーターなど存在していない。

 その為、つい先日炬燵を引っ張り出してお世話になっていた。

 少し危ない気もするが、電源は昨日から入れっぱなしなので今すぐ冷えた体を暖める事ができるだろう。


「あ、お兄ぃ。おかえり~」


 部屋に入ると、なぜか妹がくつろいでいた。


「……へいマイシスター、お前何やってんの?」

「え~、見てわかんないの~? お兄ぃの炬燵で暖まってる~」

「よし、質問を変えよう。なんで俺の部屋の炬燵に入ってるんですかねぇ?」

「そんなの私の部屋が寒いからに決まってるじゃん」


 何でそんな当たり前な事態々聞くの?という顔で言ってくる我が妹様。

 いやいやいやいや……


「お前の部屋ヒーターあるじゃん。俺の部屋より確実に暖かいだろ!?」

「あるけど、あれオイルヒーターだから暖まるの遅いんだもん。リビングのエアコンも入ってなかったから入れたばかりだし。その点、お兄ぃの部屋はいっつも炬燵入れっぱだからすぐ暖まれるんだよね~」

「だからってお前、流石にくつろぎすぎだろ……」


 天板の上にはお菓子と淹れたばかりであろうココア、そして漫画が数冊積まれていた。

 完全にくつろぎモードである。


「まあいい、俺も入る」

「え~、入るの~?」

「当たり前だろ、ここ俺の部屋なんだから。嫌なら出てけ? ほら、足どかして」

「は~い」


 制服の上着を脱いで、妹の反対側から炬燵に入る。

 あ~、あったけぇ・・・


「うわっ、お兄ぃ顔蕩けてるよ? キモっ」

「キモいとか言うな~」


 だが、自分でも顔が緩んでいる事が分っている為強く反論はしない。

……というか、体の暖まる感覚が気持ち良すぎてする気も起きないでいた。


「……お兄ぃ、ポッキーいる?」

「ん~? もらう」


 そう返事をすると、妹が袋をこちらに向けてくる。

 俺は一本だけ取り出してそれを口に運んだ。


「うん、美味い……にしても珍しいな、普段ポッキーなんて食わないのに」

「……お兄ぃ、今日は何月何日でしょう?」

「は? 今日は11月11日だが……ああ、ポッキーの日か」

「はい、正解。プリッツの日でもあるけどね~」

「んで、お前はまんまとお菓子メーカーの策略に嵌ったというわけだな?」

「トレンドに敏感と言ってほしいな」

「ミーハーとも言うけどな」


 互いに軽口を言い合う俺達。

 いつもの事なのであまり気にもしていない。


「そんな事言うともうあげないよ?」

「ん、すまん」

「誠意が感じられないな~」

「妹様、私が悪うございました。ポッキーを恵んでくだせぇ」

「うむ、苦しゅうない~」

「それはなんか違くね?」


 そう言いながらまた一本頬張る。

 個人的には細い奴の方が好きなんだが、偶にはノーマルのも良いな。


「そういえばお兄ぃ、ポッキーゲームってやったことある?」

「んっ? いや、やったことないけど。急にどうした?」

「いやさ、クラスの子がこの前合コンでポッキーゲームしたって言ってたから気になってね~」


……今時の中学生って合コンとかするんだな。

 兄ちゃん、軽くジェネレーションギャップだわ


「ってことで、やってみたいからちょっと付き合って」

「……はっ? えっ、マジで?」

「マジで~」


 いやいやいや、ちょっと待て。流石にそれはどうなんだ?

 そもそも、俺ら血の繋がった実の兄妹なんだけど!?


「いや、お前流石にそれは…………」

「え~? じゃあ明日クラスの男子とやって――――」

「よしやろう、直ぐやろう!!」


 妹がなんか血迷った事を言いだしたので反射的にOKしてしまう俺。

 いやでも、思春期の多感な男子中学生にそんな事お願いしたら絶対面倒臭いことになるだろうし、これはこれで良かったと思うんだが……あれっ?

 これもしかして、そういうのは好きな奴とやりなさいって言えばそれで済んだ話だったんじゃ?

 俺、選択肢間違えた? いや、今からでも遅くない!!


「なあ、やっぱりそういうのは―――」

「んじゃ、先にポッキーから口を放したり折った方が罰ゲームでなんでも一つお願いを聞いて実行するってことで! 因みに、やっぱやめるって言ったらお兄ぃの不戦敗だからね」

「マジかよ」


 妹は俺に遠慮などしてはくれない。

 命令権なんて与えたら何をお願いされるか解ったもんじゃないぞ!?

 しかも、お願いを『聞く』だけなら「聞くだけ聞いた」と言って逃げられたんだが、しっかりと『実行する』まで条件に入れやがった。

……これは絶対に負けられなくなったな。


「はい、じゃあこっち咥えて!」

「……おう」


 妹がこちらにポッキーを向けてきたので、諦めてそれを咥える。

 ちゃっかり、チョコの付いてない持ち手の方を俺に向けやがったな……


「あはは〜、なんかバカっぽ〜い」

「良いから早く始めてくれませんかね?」

「は〜い!」


 元気に答え、勢い良く反対側を咥える妹。

 必然的にお互いの顔が近くなる。


「…………これ、意外と恥ずかしいね?」


 妹が頬を少し赤らめ、モゴモゴとそう言った。


「言うな……ここまでやったんだからさっさと始めるぞ」

「うん、それじゃあスタート!」


 合図と共にお互いポリポリとポッキーを食べ進める。

 それと同時にどんどんとお互いの顔も近くなっていく。


…………あれ? これ何処で止めればいいんだ?


 いや、ちょっと待て。本気でどうするよ?

 だってさ、このままだとお互いの唇がくっつく訳で……

 それってつまり妹とキ、キスする事になる訳で……

 だけど、先に放したり折ったりしたら罰ゲームで……




…………あっ、コレ詰んだ?


 なんて、俺が考え込んでいる内に妹の方はポッキーをポリポリと食べ進め、コチラに近づいて来る。

 心做しか、先程よりも顔が赤くなっている気がする……

 恐らく俺の顔も真っ赤になっている事だろう。


 マジでどうしてこうなった?


 というか、そんなに恥ずかしいなら止まってくれませんかね妹様!?

 俺とか、もう口が進まないんだけど!?


 そんな俺の祈りが通じる筈もなく、ついにお互いの熱が感じられそうな距離まで来た。

 いつの間にか妹の方は目を瞑っている……


 何なの!? なんで受け入れ体制なの!? ばっちこいって感じなの!?

 てか、コイツいつの間にこんなに可愛くなったんだ?

 うっわ睫毛長い、本当に血繋がってんのか?

 いやいやいや、そもそもなんで俺こんなに妹の顔まじまじ見てるんだ?

 あと、なんでコイツ相手にドキドキなんかしちゃってんの!?

 俺の心臓止まってくれませんかね!?


……いや、現実逃避とかしてる場合じゃないんだけどさ!?

 そうこうしている間に、お互いの唇があと1〜2センチという所まで来ていた。

 てか、もうこれほとんど唇当たってないか!?

 え、マジで? 俺コイツとキスするの? しちゃうの?

 俺、地味にファーストキスだよ?


 いや、妹の事は嫌いじゃないし、むしろ家族だから好きだし、何ならもっと小さい頃はお互い頬とか口とかにキスしまくってた様な覚えもあるし……

 いやいや、とはいえお互い思春期な訳で……

 そもそも血の繋がった兄妹な訳で……

 でも別に嫌じゃない自分もいて……


…………あ、ダメだこれ

 

 俺は意を決っしてポッキーの残りの食べ、そしてついに―――――





















『ピンポーン♪』

「すいませーん、宅配便でーす!」


 玄関のチャイムと宅配の人の声に驚き、バッと顔を引く。

 咥えていた残り数ミリのポッキーから口を放してしまっていた。


「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」

「あっ……はーい! 今行きます!」


 俺は急いで玄関へと向かい、届いた大きめの荷物を受け取った。

 どうやら母さんがまたプラモかなにかを買ったらしい。

 ブランド物とかには全く興味ないくせに、なんでこういうのには目がないんだか……

 しかも自分は買うだけ買って倉庫に積んでるか、父さんに作らせる始末……

 いや、父さんも楽しそうに作ってるから別に良いんだけどさ。

 でも、たまに俺にも作らせようとするのはやめてくれ……


 そう思いながらリビングに運び、俺は部屋へと戻る。

 妹はいなかった。

 おそらく自室に戻ったのだろう。

 ご丁寧にゴミまで持ち帰っていた。


 アイツは一体何がしたかったんだろうか………


 いや、単に気になったからやってみただけなんだろう。

 それにしても、危なかった。あれは、完全にする流れだった。

 あそこで宅配の人が来なかったらと思うとまた心臓の鼓動が早くなる。


 おい、なんでちょっと残念がってんだ俺……

 相手は妹だぞ?

 つーか、若干顔合わせるの気まずいんだけど!?


 とりあえず、心を落ち着かせる為にまた炬燵へと入る。

 その暖かさで落ち着きを取り戻すと同時に、急な眠気が襲ってきてウトウトとしてくる。

 そういえば、まだ制服着替えてなかったなと思いつつも、そのまま突っ伏して意識を手放した。



 新しいポッキーを口にくわえたままベットに腰を下ろし、足をプラプラと動かす。

 部屋にはカリカリと言う音だけが響き、やがて止んだ。


「……お兄ぃのバカ」


 そう呟いて足を抱えて横になった。

 後、たった数ミリ。

 それを思い出すだけで恥ずかしさと少しの怒りで顔が熱くなる。

 そして、自分の唇を半ば無意識に指でなぞっていた。


………さて、どんなお願いをしてやろうかな♪


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おかしな兄妹のおはなし 狐花 @coka556

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ