生きがい
ある青年が殺風景な部屋でのんびりとしていた。いや、ぼんやりしているといった方が正しいのかもしれない。彼にはやることがなかった。
この青年は無職だった。正確には無職になった。先週までは会社に勤めていたのだが、会社の業績が悪く会社が倒産してしまったのだ。
ただ彼は眼を半開きにして緩慢と流れる時間を感じていた。
毎日が休日となってしまった彼に休日のありがたさは感じられない。彼は暇を持て余していた。
「このままでいいんだろうか」
青年の口から現状への不満が漏れる。
「俺はいままで会社に勤めるのが生きがいだったが、その会社が無くなってしまった。この不況では雇ってくれる会社もない。これからどうやって生きていけばいいのだろう」
生きる目的を失ってしまった彼は、魂の抜けた人形だった。
昼過ぎだろうか、ウトウトしていた彼の耳にインターホンの鳴る音が聞こえた。彼は面倒に思いつつ、そのベルに出た。
「どなたです」
『こんにちは。私、生きがい供給組合のものですけども、今お時間よろしいでしょうか』
怪しさ満点の挨拶だった。しかし彼は暇であったし、それにこの男の話にも若干の興味もあった。彼は玄関を開いた。
「こんにちは」
挨拶をしたセールスマンはにこやかな男だった。身なりも整っていて、なんとなく嫌いになれないような雰囲気を漂わせていた。
「ええと、生きがい供給組合とか……」
「はい、そうでございます。私共は生きがいを皆様にご提供させていただくために皆様のお宅を伺っているわけなんです」
「聞いたことないな」
「実は、つい最近発足した団体でして、まだ組員も非常に少ないのですがお客様には万全のサービスを実施できると考えております」
「ちょっと怪しいな」
「そうおっしゃる気持ちも分かります。ただ私共は、お客様の日々にハリを持っていただくことを第一に考えておりまして、決して詐欺などお客様からお金を巻き上げるようなことは致しません」
そう言って男は名刺を取り出した。そこには聞いたことはないが、確かにそれらしい団体名が記されていた。それが、何の証明になるかといえばそうではないのだが。
「でも高いんだろう」
「いえいえ、とんでもない。私共はお客様に日々、満足感を感じていただくことを目的として活動しています。それなのにお客様に高い掛け金や、契約金を払わせるなど本末転倒もいいところ。このサービスは非常に安くご利用することができます」
男の差し出した紙を見て青年は目を丸くした。安いどころの話ではない、ほとんどただ同然の値段ではないか。
「驚いた。本当に安いんだなぁ」
青年はこの男と契約してもいいのではないかと考えていた。多少怪しいが、掛け金も安いし何より青年は進展のない日々に飽き飽きしていた。
「契約するよ」
「誠にありがとうございます。ではまず初めに簡単なアンケートを……」
なんでもこのアンケートによって人それぞれに最も合った生きがいを提供するらしい。アンケートの結果、青年の生きがいは機械の組み立てとなった。組み立てる機械は明日、郵便で届くよう手配するらしい。
最後に、青年は書類にサインをしてセールスマンは帰っていった。終始、丁寧な態度を崩さず好感の持てる男だった。
次の日の昼頃、サービスの製品が届いた。中身には簡単な設計図と部品が入っていて、必要な工具も一通り揃って同封されていた。
「サービスがいいな」
独り言をぼそりと呟いて、青年はさっそく機械の組み立てに取り掛かった。
機械の組み立ては簡単だった。部品をねじで止めてコードや端子をつなげるだけで作業は終了した。作業は簡単だったのにも関わらず青年は充実感に満たされていた。
「さて、この組み立てたのはどうするかな」
青年の手には組み立てた機械が握られていた。今までに見たこともないような形状をしていて表面には幾何学模様のボタンがいくつもつけられていた。青年は組みあがった機械にはそれほどの興味はわかなかった。青年は機械を組み立てる過程に充実感を感じていた。
青年は、もう用済みになったくみ上げた機械を送られてきた住所に送り返した。青年には必要のないものであったし、組み上げた機械を見てほしいという気持ちもあった。
その日は満足して青年は寝てしまった。
目を覚ますと昼頃であった。今日もまた、組み立てる部品が送られてきていた。今日のは昨日のよりも少し組み立てるのが難しかった。だが逆にそれが青年を夢中にさせ、何時間もかけて機械を完成させた。青年は機械を送り返し、充実感に包まれたまま眠りについた。
青年は毎日送られてくる。部品を組み立てる作業に熱中した。時にはとても大きな形をしたものや反対にとても小さな部品が送られてくることもあった。そのたびに青年の情熱は燃え上がり、組み立て作業により熱中していった。
送られてくる部品とは別に少なくないお金も送られてくることがあったが青年はほとんど手を付けなかった。最高の生きがいを見つけてしまったのだ。お金など青年は必要としなかった。
青年は毎日送られてくる部品を機械へと組み上げて送り返すという日々を送った。
そんな日々をどの位続けただろうか。青年は、手詰った作業の気晴らしに久しぶりに外に出ることにした。ぶらぶらと外を歩いていると電気屋のテレビが目にはいった。そこでは久しぶりに見るニュースが流れていた。
『速報です。東京が何者かによって占拠されています。犯人たちは見たこともない武器を持ち警察や自衛隊を無力化していて…………』
画面に映し出された写真の武器に青年は見覚えがあった。そう、それは確かに青年がくみ上げた機械だった。
青年はその場を立ち去ると、自分の部屋へ戻った。そして、まだ作業の途中である機械の組み立てに戻った。青年は、自分の組み立てた機械がどんなふうに使われているかなどに興味がなかった。
ただ一つ心配であるのは、この素晴らしい生きがいが供給されなくなることだけ。青年から生きがいを奪った社会と、青年に生きがいを与えてくれた組合。どちらを優先するかなど、もはや考える必要すらないではないか。
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