キリンのショートショート

皐月きりん

業務ロボット

「おい、一九二〇番」

 とあるオフィスで、いつものように部長の声が番号を呼んだ。この番号はロボットに付けられて番号であり、部長がロボットの番号を呼ぶときは決まってロボットの仕事に不備があった時だった。

「はい、何でしょう」

 一九二〇番と呼ばれたロボットはぎくしゃくとした動きで部長のデスクの前まで歩いてきた。

「何でしょう、ではない。効率が先月よりも落ちているではないか。この部署ではお前だけだぞ」

「申し訳ございません」

 ロボットは無表情のまま、抑揚のない声で謝罪した。感情などという非効率なものなど、ロボットには備わっていないのだ。

「謝罪などはいい。働け。せめてお前を買った値段くらいは働いてもらわねばならぬ」

 部長はそれだけ言うと立ち上がり自分のオフィスをぐるりと回った。自分の管轄のロボットたちの仕事を監視するのも部長の仕事の内だった。

「二〇二六番何をしている」

 窓際のロボットがピクリとも動かなくなっているではないか。

「おい、もう寿命なのか」

 部長は動かなくたってしまったロボットの頭を叩いた。ロボットの体がピクリと動く。

「しっかり働け」

 さらに強く叩く。ロボットは動かない。

「おい、動け。そして働くんだ。まだお前を買った半分の値段も働いていないぞ」

 ロボットを蹴り上げる。ロボットは何をされるでもなく無表情のままだ。ロボットには痛覚も備わっていないのだ。生産性を下げる要因になるからだ。

 ロボットが無表情なことにいら立つのか、それともいつまでたっても動き出さないことにいら立つのか、部長の行動はだんだんと激しくなっていった。

 ロボットを叩く手はこぶしへと変わり、蹴り上げる力はなお強くなった。相手はロボットなのだ。手加減する必要はない。ロボットからうっすらオイルが漏れ始めた。

 悪態をつきながらロボットに対して当たり散らす部長を止める者は誰もいなかった。なぜならこのオフィスにいるものはすべてロボットなのだから。それぞれのロボットは自らの業務の効率を上げることのみに関心を持ち、それ以外のことを考える余裕などないのだ。それは殴られているロボットでさえも例外ではなかった。

 部長はついに椅子を持ち上げロボットを殴ろうとした。しかしそれは部長の持てる許容範囲を超えていた。部長はふらつき、

「あっ」

 という声とともに窓を割って落ちていった。

 運の悪いことにオフィスは高層ビルの十階にあった。落ちた部長はバラバラになり、あたりに電子部品をまき散らしていた。部長の吹き飛んだ手のひらにはロボットの赤いオイルがべったりと付いていた。

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