第75話 汽車で③
爆発音がした後、俺達はその音の発生源に向かって急いで向かった。
「ゲホゲホ」
「ゲホホホ」
後ろの方の車両に近づけば近づくほど煙が濃くなっていき咳が出る。それは俺の後ろを走っていたランも同様であった。
ドタドタ
狭い車両の通路の反対側から何とかして避難してきた人が数人大きな足音を立ててやってきた。俺達はこの流れに逆らっているので横の座先の部分に避けなければならなかったので思うように進むことができず目的の爆発音の発生源に近づくことが困難を極めていた。
「これじゃ、いつまでしてもたどり着かねぇ」
つい愚痴をこぼす。
「仕方ないじゃない。何だったらあの手でいきましょう」
ランは提案してきた。
「あの手?」
俺にはあの手というのがまったくわからなかった。が、なぜか嫌な予感だけはしていた。
────────
あの手。確かにあの手だな。しかしこれは想像以上に……
「ひどいっ!」
「何がひどいのよ」
俺達は大声を出して話していた。大声を出さないとお互いの声が聞こえないからだ。さて、あの手というのがなんであったかというとそれは……
「車両の屋根をなぜ走っているんだ!」
俺はランに向かって怒鳴った、ヨットト風で飛ばされる。危なねぇ。風が強いのに何でこんな場所にいるんだ。文句俺はランに言うが、
「これなら速いでしょ」
ランは笑顔で答えた。確かにだ。確かにこれなら早く目的の場所に着くことができる。だがな、いくらなんでもこれはちょっと俺でも無理というかやらないと言い切れるぞ。どこかの犯罪者に乗っ取られた汽車を救うという今話題のオペラの内容ですか。俺はげんなりとしていた。というか、ここまでのことをランがやるとは思っていなかった。
いや、ランは意外と昔からお転婆であったからこれぐらいのことはやってしまうか。
「……何か失礼なことを考えてない?」
ギクリ。
ランが俺の心の中を読んできた。
「な、何も考えていないぜ」
俺は適当な言い訳をしようとしたがそれがあまりにも不自然すぎて逆に怪しかった。背中から変に冷や汗が流れている。やばい。これは何か言われる。俺はランの方を恐る恐る振り返る。
笑顔だった。
ランは笑顔だった。かわいい、美しいという印象をもちろん持った、持ったがそれより俺が感じた第一印象は……
怖い
怖かった。めちゃくちゃ笑顔だ。万年の笑みだ。笑み過ぎて怖い。それが俺の印象だった。
「ギン」
「は、はいっ」
恐怖が俺の名前を呼んでくる。返事をしたが思わず声が裏返ってしまった。
「何でそんなに怯えているのよ。何もしないよ……まったく」
助かった。何もさばきが来なかった。それだけで救われた。ランは何か不満そうにしていたが特に何もなく俺達は汽車の屋根の上を走って爆発音の元へと向かった。屋根の上なので景色というか状況がわかりやすかった。向かっている先の車両からは黒い煙が立ち上っている。あそこが爆発音の元だろう。
「急ぐぞ」
「うん」
俺達は急いだ。風に飛ばされそうになりながらも急いで向かった。
ちょうど煙が立ち上っている車両の前の車両の元まで着くとこの事件の全貌が何となく理解できてきた。前の車両の屋根まで走ってきたが爆発した車両は燃えており、そこに突入するのは至難の業であった。煙が立ち上っている中1つだけ人影が存在した。あれは、逃げ遅れた人なのかと最初は思ったがその考えはすぐに否定した。おかしい。この状況で全く動いていないからだ。つまりその行動から推測できるものはあの人影がこの事件の犯人だ。俺はそう考えた。ランにもこの考えを話した。
「そうね。私も同感だわ」
ランも同意してくれた。同意してくれたということは奴が犯人。何が何でもこのような状況を起こした犯人には然るべき罰を受けてもらわなければならない。俺は奴を殴ってやりたい。
「行くぞ」
俺は我慢できなくなったので煙が立ち上っている車両に向かって1人飛び込んだ。
「ちょ、ちょっと!」
ランが後ろから怒鳴っているが知ったこっちゃない。俺は俺のやりたいようなやるだけさ。
今にも燃え尽きそうな車両に飛び乗った俺は濃くなっている煙の先にいる人影に向かって声をかける。
「お前がこれをやった犯人か?」
俺は質問した。
「……」
もちろん、答えが返ってくることはなかった。想定内だ。ここでの問題は奴の正体を暴くことか。それをするために一番効率が良い手段といえば結局のところ戦闘になる。ここは、先手必勝と行くか。
「風の舞!」
風の舞
風属性 技ランク1
能力 風が美しく舞うように相手に向かって攻撃する
俺の十八番風の舞で様子を見てやる。俺の放った風の舞は周りの煙を吹き飛ばしながら人影に向かって進んでいった。
「シールドカウンター」
「なっ!」
俺の攻撃は人影が放った魔法シールドカウンターによって吸収されてしまい吸収された風の舞は跳ね返されて俺の方に風が向かってきた。
「お、おっと危なねぇ」
間一髪で風の舞を避けた。シールドカウンターが使えるとはなかなかのやり手だということは分かった。
シールドカウンター
保属性 技ランク4
能力 シールドを発生させ魔法を吸収し吸収した魔法をそのまま跳ね返す
シールドカウンターは技ランクが4であり高等魔法と分類される魔法の一種だ。この魔法を使えるのはこの国においても数が限られてくる。一般人の中にも魔法を使える人はわんさかいるがこれに限っては魔術師しかも二級、または一級の魔術師ぐらいに限られてくる。
この事件を起こしたのが一級魔術師であった場合この国の魔術師の信頼は地の底にまで落ちてしまう。ここは穏便に片付けなければならない。
先ほどの攻撃の影響で煙は吹き飛ばされて俺の視界は徐々に良くなってきた。これで、奴の顔を拝むことができる。
「さあ、俺の顔を見せてくれよ」
俺は向こうの様子を確認した。顔を確認するためもあるが一応攻撃に対する警戒からだ。
完全に煙は消え去り向こうの様子─つまりは奴の顔を拝むことができた。
「き、貴様は!」
「あ、あなたは!」
俺とちょうど横にやってきたランが口をそろえて驚く。
「「カワラルーン元一級魔術師!」」
俺達の目の前にいたのは元一級魔術師のカワラルーン氏であった。そして、彼の服装を見た瞬間俺は思い出した。先ほど売店でぶつかった怪しげなおっさん。その正体は彼であったのだ。黒いコートにサングラス、マスクを着けていたから記憶にある。しかし、今は俺の印象に残っていた黒いコートだけを着ている状態だ。これだと違う人と言われてしまうかもしれないが、その黒いコートこそ最大の印象であったので間違えることはなかった。
「どうしてこんなことをしたのですか?」
ランがカワラルーン氏に尋ねる。彼はその問いに対して答えようとはしなかった。
「……」
彼はこちらを向いただけで俺達のことなどまるで気にしていないかのような目をしていた。不気味な目だった。これが俺のカワラルーンに対する最大の印象となった。
「……ここにはない」
はっ!? ここにはない。今小さい声でボソッと言っただけであったが俺には彼の言葉が聞こえた。ここにはないとは何だ。彼は一体何をしようとしているのだ。
「ここにはないとはどういう意味だ」
俺は質問する。ただ、案の定彼は答えようとはしなかった。
そして、そのまま現在猛スピードで走っている汽車の外を見つめると思いっ切り飛び降りた。
「ちょ、逃がすか!」
俺は慌てて彼を追いかけようとするが汽車から飛び降りたカワラルーンは自身の魔法であろうか空中浮遊をしてどこかへ行ってしまった。
完全、俺達のことは視界に入っていなかった。彼には俺達など見ていなかった。
「ギン、大丈夫」
ランが俺を心配して声をかけてくる。
「ああ、大丈夫だ。俺は戦闘をしていないから傷を負っていない」
あんなの戦闘じゃない。俺は魔法を放っただけだ。そして、彼はそれをはね返しただけだ。
「しかし、元一級魔術師がどうしてこんなことしてるのかな」
ランが疑問を口に出す。俺も同感だ。彼は1年前までは一級魔術師だった。そんな彼がなぜ今犯罪をしているのか理解ができない。
「とりあえず。客車に戻りましょ。続きはそれからね」
「ああ」
俺達は客車に戻ってカワラルーンの目的について考えてみたが手がかりなど何もなくうやむやに終わってしまいそのまま汽車は目的地である終点サウメリに着いてしまった。
俺達はとりあえずこのことは忘れて自分たちの任務に集中することを決めた。
二級魔術師のギン 騎士星水波 @mizunami-1
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