第65話 ギンVSツウサン⑥

 黒い霧のようなものが晴れると俺はその中から出てきたツウサンに驚愕したのだった。



 「こ、これは!?」



 俺は信じられないものを見ていた。いや、信じられないものではない。もうすでに過去に1回だけそれを見たのだから。俺の目の前にいたのはそう、漆黒のモンスターであった。ただその姿は漆黒のオーワンといってもいいだろう。それだけ巨大で真っ黒だったのだ。


 ちなみにこれは、あとで調べて分かったことだがツウサンに憑りついていた漆黒のモンスターはテナシテー・ゴーレムというらしい。そいつは人の執着する心に憑りつくというものだ。俺の考えだと奴の科学に対する執着が漆黒のモンスターに取りつかれた原因だろう。執着というのは人の心の中でも大きなものでありそれゆえに漆黒のモンスターの中では特に憑りつかれた本人の思想や思いが影響させやすいというのが最大の特徴であるとも書かれていた。



 「ぎゃおおおおおおおおおおおお」



 ツウサン改めツウサンに憑りついているテナシテー・ゴーレムは吠えた。



 「グッ」



 その咆哮はこの空間中に振動として響き渡り音のはずなのに俺はダメージを受け少し後退した。さらに、運が悪いことにツウサンによって囚われていたピーチェ、アイリスを天井から支えていた拘束具がいとも簡単に壊されてしまった。拘束具が壊されたということは2人はそのまま地面に向かって落下し始めた。



 「ピーチェ! アイリス!」



 俺は2人の名前を叫ぶ。そして、すぐさま2人を助けるために走り始める。



 「間に合え!」



 俺は2人が落下する場所に向かって全速力で走ってゆく。あと、少しというのに間に合いそうではなかった。2人はもう目を閉じている。おそらく、諦めているのだろう。だが、俺は諦めない。魔法を発動する。



 「木枯らし1!」



 木枯らし1


 風属性 技ランク1


 能力 微弱な風を発生させる。敵に対して使う攻撃用ではなく補助用魔法。



 いつの時かレイと共に落下した時に使った魔法を発動した。木枯らし1は微弱な風を発生させることから体を浮かせるのに最適な魔法だ。だから、今回はピーチェとアイリスの体の周りに微弱な風を纏わせ落下速度を緩めて安全に着地させた。



 「ふー。危なかった。でも、無事でよかった」



 俺はとりあえず2人に身に何もなくて一安心した。



 「ギン。ありがと」



 「ギンさん。すいませんでした」



 アイリスは俺に感謝を述べピーチェは申し訳なさそうに謝る。俺は2人に言う。



 「気にするなよ。2人が無事で本当に良かった。無事なら俺は安心だから」



 俺は本当に思った。この言葉を聞いた2人の顔は真っ赤であった。そんなに疲れているのかな。とりあえずは休んでもらわなければいけないな。俺はそう考えた。



 「2人は休んでていいぞ。レイの近くは安全だからそこに行きな」



 そう言って俺から少し離れた場所にいるレイを見る。レイはお疲れ様ですと言っているようだったがまだお疲れ様ではないだろと言いたい。まだ、最大の敵であるツウサンが残っているからな。



「ギンさん」



 「ギン」



 ピーチェ、アイリスの2人は俺の名前を呼ぶ。俺は何だろうと思って2人の方に振り向く。2人はどこか悲しそうな目で俺を見ていた。どうしてそんな悲しそうな目をするんだ。俺には理解できなかった。



 「私達も一緒に戦わせてください」



 ピーチェが驚くべきことを言った。俺は当然驚いた。それにアイリスが続く。



 「私達だっていつまでもギンさんに守られているだけなのはヤダなんです。私達も魔法をギンさんから教わりました。だから一緒に戦わせてください」



 2人は俺に対して言った。2人の目は真剣であった。俺はどうすべきか迷った。この2人の覚悟は理解した。だが、まだ簡単な魔法しか教えていない。何かあったら俺はどうしたらいいのだろうか。俺にはイエスとは言えなかった。だから答えは1つしかなかったのだ。



 「すまない。無理だ。危険な目に2人を合わせたくない」



 俺はそう答える。



 「なら、3人ならどうですか?」



 そこにレイがやってきた。遠く離れた安全な場所から移動してきたのだ。



 「何で、何で動いたんだ。安全なあそこにいればレイには何の被害もないのに!」



 俺はレイに向かって怒鳴った。俺がレイに向かって怒るのは初めてだろう。いや、女子相手に本気で怒るというのは生まれて初めてのことだろう。だからこそ、それほど俺には大事な問題であったのだ。



 「ギンさん」



 レイは俺に近づいてくる。そして、手を挙げて思いっ切り俺に向かって、



 ベシン



 思いっ切り俺に向かってビンタをした。



 「痛ってぇぇ。何するんだ」



 俺はレイに向かって再び怒鳴った。



 「ちょっと、レイ」



 「やめなよ」



 ピーチェ、アイリスの2人がレイの行動を非難している。それでもレイは2人の制止を聞かず俺に対して再びビンタをしようと手を振り上げる。



 「くっ」



 俺は目を瞑る。しかし、ビンタはいつまでたってもこなかった。レイが2人に止められたのだと思い恐る恐る目を開けてみる。目の前にはレイがいた。当然だ。今からビンタをしようと手を振り上げている。しかし、動きはそこで止まっている。



 「何で? 何でビンタをしなかった」



 俺はレイに聞く。レイは泣きながら答えた。



 「私だって、私だってビンタなんてしたくありませんよ。でも、ギンさんはわかっていません。私達の気持ちをもっと尊重すべきです。私達はギンさん1人だけに戦ってほしくはないのです。4人で力を合わせて戦いた……」



 レイは言う。レイはもう泣いていて最後の部分まで言えていない。片膝を付いてさらに両膝を付いて泣く。俺は何も言えなかった。



 「「ギン(さん)」」



 ピーチェとアイリスも俺を見つめてくる。それは俺がレイの言葉に返答するのを待っているようだ。俺は俺はずっと3人のためには俺1人が戦うべきだと考えてきた。3人を危険な目に合わせたくないと考え続けていた。しかし、もうすでに危険な目にあわせてしまっている。もう俺の目標は失われているのだ。本当に一緒に戦っていいのか。俺は後悔しないのか。俺は考える。本当に大事なことなので考える。


 ……しばらく考えた結果、俺が出した答えは。



 「ピーチェ、レイ、アイリス。今更遅いかもしれないが俺と一緒に戦ってくれ」



 俺は3人に言う。これが俺の出した結果だ。


 3人はお互いの顔を見つめ当てから答える。仲良く息がぴったり合って同時にだ。



 「「「はいっ!」」



 3人は元気に受け入れてくれた。そして、3人は俺の横に並んだ。その恰好は俺達“4”人が初めて一緒に戦って同じラインに立ったということだ。俺達の目の前にはこれだけのことがあったのに何もしていないツウサンがいる。いや、ツウサンに憑りついているテナシテー・ゴーレムがいる。奴は俺達に興味があるのかわからないがまったく攻撃をしてこなかった。


 俺は一拍息を吸ってから声に出す。それは戦闘の合図であった。



 「さあ、3人とも行くぞ」



 「「「はいっ!」」」



 俺達はツウサンに憑りついているテナシテー・ゴーレムに向かって走り出したのだった。

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