第24話 ギンVSゾーム③
俺は、安心してエードに駆け寄った。
「無事だったか、エード。しかし、お前は敵じゃないよな。さきほどまで戦っていたし、でも俺と戦わないようにするため退避したっけな」
俺は、エードのことをまだ疑っていた。納得できないことが残っていたからだ。だが、エードはすぐに俺を納得する説明をしてくれたので疑念はすぐに晴れた。
「いや、違う。私は今まで政府の秘密の任務としてこの盗賊団に忍び込んでいたんだ。ともかく、敵ではない。早く奴を倒そう。そうしないと………」
エードがミーサの方を向く。俺もエードの視線を追ってすぐ近くに倒れていた女子を見る。俺はエードにもったいないぐらい美しい女性だと思い、エードが一生懸命命を張ってまで生きててほしいと思う女性を守るためにさっさと倒すかと一言だけ呟き合図を出した。
「「行くぞっ」」
俺達は一気に向こう側に倒れこんでいるゾームに向かって走りこんだ。
「ゾームウゥゥゥゥゥゥ」
まず、最初に仕掛けたのはエードであった。彼は、自分の魔法で、水の剣を作り出した。名前は、水剣。名前の由来は考えるのが嫌でそのままだそうだ。ただ、その名前とは似つかなく単純に強い。
「食らえー! 水流の舞」
水流の舞。エードが水剣を扱う時に使う流儀の最初の技だ。前に見せてもらったが、俺には全く動きが読めなかった。まず、水の剣が固体状態から液体状態に変化し、それを左右上下に操る。その動きを読むのは容易ではない。現にゾームも苦戦している。
ゾームは、かろうじて右へ左へ避けている。ただ、防戦一方だ。これには、俺も微笑む。何だって………。
「敵は、エードだけじゃねェ!」
エードが作ってくれた隙だ。俺は、迷わずゾームに鉄拳を食わせる。
「炎の十連パンチ!」
俺の右手に炎をまとう。その右手でゾームを殴る、殴る、殴る、十回殴り続ける。ただ、奇妙なことにゾームは何一つとして反撃をしてこない。俺は、勝ったとその時は思った。だが、
「ギン離れろ!」
「!」
エードに呼ばれてとっさに回避するが、
「グハッ」
俺は、一瞬意識を失った。何だ? 何が起きた? 俺には何が起こったのか事態を把握することができなかった。次に目を覚ました時目の前には天井が広がっていた。
「ギン! ギン! 大丈夫か?」
エードが俺の横に立って叫んでいた。ただ、顔色が良くない。体が震えている。
「うう、ああ………どれくらい気絶していた?」
「ほんの数秒だ」
ゾームはと聞くとエードはゾームの方に顔を向けた。俺もゾームの方を向く。ただ、振り向いた瞬間驚愕した。エードが先ほどから震えていた。その理由が分かった。
「な、何だ。あれは?」
「わ、私に聞くなよ」
俺達が見たものはゾーム、とは言い難いものであった。ゾームが本来いた場所に存在したものは黒い体をしたモンスターであった。漆黒のモンスター。その言葉を思い出したとき、どこかの町の伝承で聞いたことがあることを思い出した。漆黒の体を持つモンスターは世界に108匹存在するらしい。人の心の煩悩の数だけ世界には嫉妬、恨み、怨念、呪い、殺意といったマイナスの感情が漂っている。その感情を具象化したものが漆黒のモンスターである。
この話は、エードも知っていたみたいだ。彼は、漆黒のモンスターの中でもゾームが操っている、乗っ取られているモンスターは強情オブスティニカシィを司るオブスティニカル・ブラック・デーモンというと教えてくれた。
「名前からすごいな、それにしてもエードは良く知っているな。俺も、少しだけなら知識はあったが詳しいことまでは知らなかったぞ」
「あほ、知らなかったよ。ただ、ついこの間にこのアジトにあった書物に書かれていたのを偶然見つけたんだよ。まさか、本当に存在して目の前に現れるとは思ってもいなかったけどな」
エードは「ははは」と乾いた笑いをした。まあ、俺も乾いた笑いをしたくなるのは同情するがな。ただ、時間がかかりすぎている。もっと早く倒せると踏んでいたがここまでかかるとは思ってもいなかった。エードも相当焦っている。ミーサを助けなければいけないからだ。そして、俺にも俺の帰りを待っている人たちがいる。ピーチェ、レイ、メイそのほか助け出した町の人々。彼らが俺を待っている。ここで負けるわけにはいかないんだ。
覚悟はできた。
エードも同様だ。
俺達は、ここで負けるわけにはいかない。だからこそ、ここからは全力で死を恐れずに戦う。再び合図を出す。
「「行くぞ!」」
再び、ゾームに、オブスティニカル・ブラック・デーモンに挑みにかかった。
「炎の十連パンチ」
「水流の舞」
「「はあぁぁ」」
今度は、同時に挑む。俺も、エードも真正面から全力の魔法を発動し、攻撃する。
「「ガハッ」」
ただ、現実はそんなに甘くない。奴の尻尾が俺達の顔に直接当たった。尻尾に当たっただけなのに相当な力が発生し、部屋の端まで2人して飛ばされる。全身に強い衝撃がはしる。
「つ、強い」
思わず、呟いてしまう。その言葉には半分あきらめの感情も含まれていた。もう勝てないよ、こんな化け物相手には無理だ。その時の俺は思っていた。だが、エードだけは違った。まだ、諦めてはいなかった。
「まだだぁぁぁぁ、私は死んではいない! まだ、戦えるぞぉぉぉぉぉ、はぁぁぁぁ」
エードは単身奴に飛び掛かった。だが、その突撃の結果は最初から見えていた。尻尾がまた攻撃して跳ね飛ばされた。
「グハッ」
ドンドンバーン
エードが壁にぶつかる音だけがこの静かな部屋に鳴り響いた。
「まだだ、まだ、戦える」
倒れているエードはボロボロになっている体を無理してまで動かそうとする。もう、体も心も限界のはずだ。なのになんでまだ戦い続けるんだ。
「エード、もう辞めろよ! お前が死んだら何にもならないだろ!」
俺は、必死に叫ぶ。ただ、エードは俺の静止を聞こうとはしない。むしろ、俺に1つだけ頼みごとをしてきた。
「死んだら何にもならないか。確かにそうだな。だがな、この状況下で逃げられると思うか。奴は私を逃がしてはくれないだろ。だが、お前なら逃がしてくれるはずだ。お前は、もうあきらめているみたいだが、私には諦めるわけにはいかないんだ。だから、ギン。私の最後のお願いを聞いてくれないか。ミーサを連れてここから逃げてくれないか」
「なっ! そ、それは………」
そんなことできるかと俺には言うことができなかった。うん、とも頷くこともできなかった。俺は、この戦いをあきらめていた。ならば、ここから逃げることも1つの方法だろう。エードの言う通りにすれば、正当な理由にもなるし責められることはない。だけど、頷くことができなかった。俺には、エード1人を残して見殺しにすることもできなかったんだ。諦めているくせに逃げることもできない。戦うこともできない。俺は魔術師失格だ。何が、魔術師だ。何が父さんのように一級魔術師になるだ。こんなんじゃ二級魔術師ですらない。
俺は、覚悟したはずだ。この忌々しいゾームの姿を見たうえで戦う覚悟をしたはずだ。それなのに、たったの一撃で心は折れてしまった。俺の心はそんなに軟なものだったのか。俺の心はこんなに弱かったのか。悔しい。悔しすぎる。俺には、もっと目指していたものがあったのにこんなところで負けるのか、敵ではなく自分自身に。
すべてをあきらめかけようとした俺の耳にここでは聞くことができないはずの声が聞こえてきた。
「ギン、あなたはこんなところで諦めるの? それじゃ、昔のままだよ。あなたは強くなったんじゃないの? 大切なものを守れるようになるために強くなったのでしょ。なら、戦いなよ」
この声は………。
「ギン、あなたのことが好きだったよ」
○○はそう言うと瞳から輝きは消えうせて目を閉じた。
「○○ー」
かつて、俺が守ることができなかった1人の少女の声だ。彼女の死が俺の人生を変えた。彼女の遺志を継ぐことが俺の魔術師としての指針となっていた。
そうか。俺は、誰かのためだけを思って戦い続けたのか。ほかでもなく自分自身のために戦ったことはなかったのか。○○ありがとう、俺に戦うことを、覚悟を思い出させてくれて。
「グハッ」
俺が、覚悟を決めた時エードはもう何回目になるのだろう。また、壁に吹き飛ばされていた。そして、諦めることなく限界をとうに超えている体を無理やり起こす。そして、突撃する。
しかし、今度は俺がエードの代わりに突撃する。それにはエードも驚き突撃するのをやめる。
「炎の百連拳」
尻尾がまた攻撃してくる。だが、今の俺はもう違う。尻尾の動きを予想し避ける。無事に避けると無防備な状態だ。尻尾はデカいから連続攻撃は不可能であった。まだ、尻尾の攻撃はこない。
「今度こそ、食らえぇぇぇ」
こぶしを奴の顔に向けて突き出す。
奴の目が光った。何が起こる? いや、考えるな全力で攻撃するだけだ。はぁぁぁぁぁ。
ドガン、ドガン、ガンガンバーン
何回も何回も殴る。100回殴ったところで一回間合いを作る。
「ビシャアアアア」
奴は吠えた。吠えるという表現は正しいかどうかわからないがともかく、吠えた。その音の振動は部屋中に響く。
「ギ、ギン。やったのか?」
エードはボロボロの体になりながらも歩いて近づいてくる。
「分からない。だが、分かることは………」
「分かることは?」
俺は、一言だけ言う。
「逃げるぞ」
「はっ?」
「いいから、ミーサを抱えて逃げるぞ。早くしないとこの部屋は崩れてがれきの下敷きになるぞ」
俺が言い終えると、部屋はものすごい音が鳴り響き天井が崩れ始めてきた。
「早く!」
「ああ、」
俺とエードは最後の力を使って倒れているミーサの元によりエードがミーサをおぶると部屋の出口に向かって走り出した。奴は動かない。ただ、崩れ落ちるがれきの下敷きとなっていった。
俺達は、全速力で駆け抜けて出口に出る。日差しがまぶしい。ただ、生きていたことが奇跡だ。
「ギンさーん」
外で待っていたピーチェが泣きながら走ってくる。その後ろには、同じく泣きながらレイが走ってくる。ともかく、こうして俺とエードは無事に生きてアジトの外に出ることができたのだ。
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