第9話 VSライム戦



 いよいよ指定されていた日がやってきた。と言っても、翌日だったがそれでも俺には長いようで短く感じた。なにせ相手はあの伝説の神に選ばれし13人の1人であった幻影王ライム=ギーガである。生半可な戦い方では決して勝てるような相手ではない。なにせ、あの一級魔術師であった親父でさえ勝てなかったほどの人なのだから。


 それぐらいの強敵であるのだ。


 だからこそ、この決闘相当大変なものになる。俺にはそんな気がした。この戦いは何かが起こる。


 現在の時刻は11時。約束の時間までは1時間ある。いや、1時間しかない。ちなみにピーチェには決闘のことは伝えていない。もし、伝えたら、きっと反対するだろう。俺が勝てない……そう思っているはずだ。自分の父親であるからこそその強さは理解しているはず。だからこそ、俺が決闘するなんて言ったら俺がボロボロになることを容易に予想することができ戦いを止める。だからこそ、黙っている。



 「いってきます」



 俺は小言で呟き、なるべくピーチェに見つからないように出かけようと思ったが、運悪く玄関にちょうどピーチェがやってきて尋ねてきた。



 「あれ? ギンさんどこに行くの?」



 「え、えーと」



 俺は、めちゃくちゃ慌てた。


 どこへ行く。どこでもいいじゃないか。そんな答えをすることもできる。しかし、俺はそんなことを言うことさえ頭が回っていなかった。だからこそ、変な風に動揺をしてしまった。この動作でピーチェには、ばれてしまったかもしれない。決闘についてはわからなかったかもしれないが、何らかの隠し事をしていることだけは理解したのかもしれない。俺は、恐る恐るピーチェの顔を見てみると。



 「………」



 何でだろう。無言の圧力が伝わってくる。しかも、顔は笑っていない。これは、もうばれたと思った。白状するしかないと思った。しかし、次にピーチェから発せられた言葉は俺の考えていたことの斜め上を言っていた。



 「ギンさん。なんで、私に黙ってカゲロウに帰ろうとするんですか?」



 は、はい? 俺がカゲロウに帰る。何を勘違いしているんだ。俺には全く持って帰る気はないのに。



 「ちょっと待て。俺はまだカゲロウには帰らないぞ」



 「じゃあ、なんで黙って出かけようとするの?」



 「そ、それは………」



 俺は、言えなかった。ピーチェのためにこれからライムさんと決闘してくる、なんてことは言えない。もし、言ったら絶対にここで出かけるのを止めるだろう。だから、俺は今ここで言う言葉はたとえピーチェを傷つけることになってもあの言葉しかない。決意を決めて言う。



 「ピーチェ。ごめん。俺は、もうカゲロウに帰ることは決めていたんだ。最後にライムさんの説得だけしたら帰るよ。今までありがとう」



 俺がそう言うと、ピーチェは「ギンさんのバカ~」と泣きながらどこかへ走って行ってしまった。ピーチェには悪いことをしてしまった。だぎ、これもピーチェのためなんだ。そう自分に言い聞かせて出かけた。


 空き地に着くとすでにライムさんが待っていた。



 「約束の時間ちょうどか。まあ、いいだろう。では、始めるがいいか?」



 「ええ、いつでもいいですよ」



 俺は、構えた。あの人は何をしてくるのか分からない。とりあえず様子を見なければいけない。



 「それじゃあ、行くぜっ」



 ライムさんが普段の温和な性格からは信じられないような口調で言った。



 「影の手」



 ライムさんが得意の幻影魔法を発動した。だが、何も起きなかった。



 「何もしないなら俺が行きますよっ! ていやぁぁぁぁぁぁぁ」



 剣を持ちライムさんに向かって攻撃しようとした。しかし、それは1歩目で何者かによって足を持たれていたみたいで転んでしまった。



 「何だこれは?」



 俺は、後ろを振り向くと足元には不気味な手が俺の足をつかんでいた。これはいつ? まさかっ! 俺がこの手の正体に気付いたのが分かったとみてライムさんが話した。



 「これは相手の影から手をだし動きをじゃまさせる魔法だ。それが影の手である」



 影の手。厄介な魔法だ。流石ライムさん一筋縄ではいかない。でも俺はこんなところで負けるわけにはいかないんだ。だから、この魔法を発動するチャンスは一度きりだ。食らえ!



 「炎色の風!」



 俺は自分の持つ必殺技の一つを使った。炎色の風。この技は名前の通り炎をまとった風だ。だから食らえば相当熱い。これならいける。俺は確信して放った。


 バシーン。ドドドドドド。ものすごい音が辺りに響いた。ライムさんの方は俺の攻撃の影響でよく見えない。しかしこの威力だ、無事でいられるはずはない。そして、だいぶ視界が回復してきた。そこにいたのは俺の攻撃で傷ついたライムさん………ではなく傷一つ付いていないライムさんであった。



 「なっ、なんで?」



 俺はびっくりした。この技は俺の最強の技だ。そう自負している。それがこの結果だ。ライムさんを傷1つつけることができなかった。その事実が俺を追い詰めた。俺がショックを受けているとその様子を見ていたライムさんは俺に言った。



 「お前の技はわたしには効かない。お前はまだ弱い。もう一度出直せっ」



 そう言い放ってライムさんは去っていった。どこかへ行こうとした。どこかと言っても行く場所は宿であるに違いない。ただ、今はそんなことはどうでもいい。俺は何としてでもあの人に勝たなければならないんだ。そう、ピーチェのためにも。俺は何とかしてライムさんを止めようとする。


 しかし、それを俺ではなくある一人の少女が止めた。



 「お父さんっ!」



 ライムさんが足を止めた。そして、声のした方に振り返る。俺も同時に後ろに振り返る。そこには、ここにはいないはず否、ここを知らないはずのピーチェがいた。



 「ピーチェ! どうしてここに?」



 「すいませんギンさん。あの時ひどいことを言ってしまって。私のために黙ってくださったのに本当にすいません」



 「いや、俺が黙っていたのがいけないんだ」



 本当に俺が悪いんだ。あの約束も守れず、ピーチェのためにと思ってやったことが全てを壊してしまって。だからピーチェは謝らないでくれ。



 「ピーチェ何をしに来た」



 黙っていたライムさんが口を開いた。ピーチェはライムさんの方に振り返る。その時見たピーチェの瞳は忘れられない。あれほど覚悟を持っていた瞳は。



 「お父さんにカゲロウに行く許可をもらいに来ました」



 ピーチェは覚悟を持って言う。ライムさんはその言葉を聞いて微笑した。



 「本気か? それが本当にお前のやりたいことなのか?」



 ライムさんが迫ってくる。もし、これでピーチェが諦めなければ魔法でも使ってくるだろう。ピーチェお願いだから諦めてくる。そうじゃないとお前はもう二度と………。



 「私はカゲロウに行きます。これだけは誰が何を言おうと変わりません。たとえ、お父さんだとしてもです」



 それでもピーチェの意志は変わらなかった。相当固いものだった。


 ライムさんはやれやれと首を振った。



 「分かった。勝手にしろ。もう何も言わないから。だから立派な魔術師になるんだぞ」



 そう言ってライムさんは去っていった。こうしてピーチェは認められたのである。ところで、俺って何かしたのかな?

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