第12話

 そして、もうひとつ。

 もうひとつだけ男の人の影が現れる。

 あぁ、私。

 この人にも犯されるんだ?

 そんなことを頭がよぎる。

 でも、もういいんだ……

 私は、このあと自殺する。

 死んで復讐するんだ。

 どうせ、アイツらは学校と世の中に護られて軽い罪で済むだろう。

 でも、いいんだ。

 私は、なにも残したくない。

 もう、なにも残したくないんだ。

 沢山、中に出された。

 危険日なのにいっぱい出された。

 男の人の影がゆっくりと私の背中にふわっとしたものを被せる。


「え?」


 それは、暖かい上着だった。


「ねぇ、君はいじめられているのかい?」


 男の人のその声が、間抜けで。

 でも、私の心はどこか満たされて。

 その場で、わんわんと泣いた。


「ええ!どうして泣くんだい?」


 それは、副担の先生だった。

 新米で若い先生。


「私、私……

 レイプされちゃいました……」


「ええ?」


 先生は、驚いている。

 どんな言葉をかけたらいいのかわからない。

 そんな顔をしている。


「……病院に行こう?

 あと警察と……」


「嫌です」


 先生の提案を私は拒否した。


「どうしてだい?」


「……だって――」


 その先は言いたくない。

 レイプされたことを言ってもなにも変わらない。

 逆にアイツらのいじめがエスカレートする可能性だってある。

 もう、レイプなんてされたくない。

 私の頭は、そのことだけでいっぱいだった。


「そっか……

 とりあえず保健室に行こう。

 今は誰もいないから……

 汚れた服も洗濯して乾かそう。

 そのままだったら風邪引いちゃうよ」


「はい」


 トイレを出ると外は真っ暗になっていた。

 最近日が沈むのが早くなってきた。

 それでも、そんな時間になるまでレイプされていたなんてゾッとする。


 保健室に着くと、先生は暖かい紅茶を入れてくれた。


「体が温もるから飲んで」


 私は、言われるがままに紅茶を飲んだ。


「先生……

 この紅茶甘すぎます」


 私は、思わず苦笑いがこぼれた。


「そう……なんだよね。

 砂糖の加減が難しくて……」


 先生は、そう言って肩をがっくりと落とす。

 その姿が可笑しくて、私は笑ってしまった。


「今度は、私が淹れますね」


 なにを言っているのだろう?

 私は……

 私は、もうすぐ自殺するというのに……


 すると先生の顔にも笑みが溢れる。


「じゃ、今度は紅茶……

 作ってよ」


 先生が、そう言った。

 私の中で生きる意味が産まれた気がした。

 先生に紅茶を淹れるだけの人生……

 それも悪くない。


 そんなことを思っていた。


 ほんの少しのささやかな希望。

 ほんの少しのささやかなしあわせ。


 ほんの少しなので、息を吐き出せば吹き飛ぶだろう。


 そんなことを思っていた。

 私は、紅茶を飲み乾いた制服を着ると先生にお辞儀をした。


「ありがとうございます。

 今度、お礼にとびっきり美味しい紅茶を作りますね」


「うん、楽しみにしているよ」


 先生のその言葉に私は救われた気がした。

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