出会い
第4話出会い
「「キュゥーン、キュゥーン、キュゥーン」」
「おい、おい、おい。
俺のような臆病者に、こんな声聞かせるなよ。
逃げ出したいのに、逃げられないじゃないか」
創作の息抜きに、裏山をトレッキングをしていた佐藤一朗は、哀しい鳴き声を聞いて藪の中に入っていった。
そこには大きな傷を負った母狐と、二匹の子狐が横たわっていた。
「すみません。この子達を助けて頂けませんか」
「ふっふぇ」
狐に話しかけられた一朗は、腰が抜けるほど驚いたが、死にかけている母親の願いを無碍に出来るほど薄情ではなかった。
「化け狐か」
「いえ。他の世界から来た者です」
「異世界人と言う事か」
「はい。ゴホ」
「もうしゃべらなくていい。
俺の家が近いから、そこで手当てしよう」
「駄目です。
直ぐに追手が来てしまいます」
「追われているのか」
「はい。
ですが彼らは、私の魔力と臭いを追っています。
この子達の魔力と臭いは、まだ知られていません。
どうかこの子達を、匿ってくださいませんか」
「分かった。
何の力もないから、追っ手が来たら逃げるしかないが、それでよければ預かろう」
「ありがとうございます。
御前達、元気で生きるのよ」
「「キュゥーン、キュゥーン、キュゥーン」」
名残を惜しむことなく、母狐は消滅した。
だが一朗は、母狐から張り裂けんばかりの哀しみを感じていた。
産んだばかりの赤子を、異世界人に託さねばならない母の哀しみと悔しさを。
声には出せない慟哭を、心の耳で確かに聞いていた。
子供を助けるために、自分が囮になる母の愛情を感じていた。
子供を預かっても、何も出来ない事は分かっていた。
子供を預かる事が、自分の命を危険にさらす事だとも理解していた。
それでも、目の前で母親の大いなる愛を見せられたら、乏しい勇気を振り絞っても、見栄を張るしかなかった。
「さあ、家に帰ろう」
「「キュゥーン、キュゥーン、キュゥーン」」
一朗は、この世界ではありえない、緑の毛並みの子狐と桃色の毛並みの子狐を、優しく抱き上げた。
子狐達を落とさないように、左腕と胸の間で抱きしめた。
子狐達が少しでも安心出来るように、心臓の音を聞かせる為だった。
昔テレビで、哺乳類の子供は母親の鼓動を覚えていて、それを聞くと安心すると見たことがあったからだ。
テレビの放送など、金儲けの嘘ばかりだと分かっていたが、子狐達の為になるならと、藁にも縋る思いで試してみたのだ。
母親ではなく、通りすがりの親父でしかないが、それでも、心臓の音で母親がいなくなった哀しみと恐怖を和らげてあげたかったのだ。
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