第93話炊き出し

「やあ村長、久しぶりだな」

「これは、これは、若様。先だっては大変御世話になりました」

「いやいや、騎士家の子弟として当然の事をしたまでだ」

「それで今日は一体何事でございますか?」

 村長も不思議そうにしているが、それも当然だな。

 ベン男爵の本家筋に当たる騎士家の若殿が、姉御のように色っぽい冒険者を連れて現れたのだから。

「いや、アーベルの村に寄ったのだが、狩りに苦労して食糧難に陥っていると聞いてね。当面の食糧を寄付しようを、狩りをしていたのだよ」

「アーベルの村でございますか?! あの村は丁度うちの村の反対側にある村ですが?」

「ああ、狩りをしていて他の村の事も気になったので、突っ切ってここの様子を見ることにしたのだ」

「なんですって! アゼス魔境を突き抜けたと申されるのですか!?」

「大したことではないよ」

「ですが今のアゼス魔境は、ドラゴン魔境に匹敵する、いえ、魔獣や魔蟲の密度で言えば、ドラゴン魔境にを超える猟師泣かせの魔境でございますぞ!」

「余はベン男爵の本家筋に当たる騎士家の者だぞ。並みの狩人や冒険者と同列扱ってもらっては困る」

「そうは申されましても・・・・・」

「まあそれはよいではないか。それよりもこの村は、十分な狩りが出来ておるのか?」

「それが・・・・・」

「困っておるのだな」

「はい・・・・・」

「では今狩ってきた魔獣と魔蟲の中で、銅級を寄付するから、直ぐに炊き出しを行ってくれ」

「それは・・・・・」

「何か不都合でもあるのか?」

「不都合はございませんが、施しを受けるのは・・・・・」

「村長のプライドを守るために、幼い者にひもじい思いをさせると言うのか?」

「いえ、その様な事は決してございません」

「だったらさっさと女衆を集めて、料理の準備をせぬか!」

「はい!」

「それと」

「何でございましょうか?」

「他の村も食糧に困っているのではないか?」

「はい。他の村も猟に苦労しております」

「他の村の炊き出し材料もこの村に預けるから、伝令を送って取りに来るように伝えてくれ」

「え・・・・・分かりました。直ぐに若い衆を送ります」

「それと不猟の時の為の、干物や塩漬けを保管するように教えておいたはずだな」

「はい。以前も若様に食糧を支援していただき、大量の保存食を備蓄していましたが、それも徐々に減り、余り残っておりません」

「ならば保存食を作るための食糧も置いていくから、他の村にも公平に配ってくれ」

「そんな! そんな責任重大な事を申されても困ります」

「何が困るのだ」

「獣人にはプライドの高い者もいれば、喧嘩っ早い者もいるのです」

「しかたないな。姉御頼んだよ」

「え?! あたしですか?!」

「余の代理として頼むよ」

「若様の代理ですか? それはとても光栄でうれしい事なんですが、若様はどうなされるのですか?」

「アーベルの村に戻るのさ」

「え~と、まさかとは思いますが?」

「もちろん魔境を突っ切って近道するよ」

「私が御一緒するわけにはいきませんか?」

「分かっているよね」

「足手纏いでございますね」

「分かっているなら後は頼んだよ」

「はい」

 三々五々集まる村人の前に、銅級の魔獣と魔蟲の山を築き、今一度アゼス魔境に入った。

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