第20話暴政

「これはどう言う事だ、村長」

「ボニオン公爵閣下の命令でございます」

「これほど残虐な真似を、公爵家の名の下で行ったと言うのだな」

「はい。どうか、どうか、アレクサンダー殿下の御力を持ちまして、村の者達を御救いください」

「順を追って詳しい話を聞かせてくれ」

 代官所を占拠していたズマナ士爵達を捕縛した後で、直ぐにサウスボニオン魔境周辺の村を視察したのだが、その状況は想像を絶するほど凄惨なモノだった。

 村に残されていたのは、足腰も立たないほどの老人か、乳飲み子ばかりだった。

 少しでも何かの役に立ちそうな子供から、多少でも動けそうな老人まで、全てが借金の形に奴隷としてボニオン公爵領へ連れ攫われていた。

 その悪逆非道な行いは、アゼス魔境の代官だったドリー・ガンボンなど足元にも及ばないほど惨いモノだった。

 まずは王家王国の定める四割の税を偽り、九割の税を取り立てる。

 当然払えないのだが、そこにボニオン公爵領の金貸しが代官所の下役と共にやってきて、高利で払えない税金を貸し付ける。

 いくら命懸けで魔境に中に入り狩りをしても、豊かになるどころか借金が増えるだけ。

 恐らく人質だろうが、女子供を借金の形に公爵領に連れ去る。

 サウスボニオン魔境で狩りが可能な者だけは、王領地に残して王家の財産をかすめ取り、女子供は公爵領に連れ去り無給で働かせる。

 連れ去られた女子供は、どれほど悲惨な待遇で酷い仕事をさせられているのだろう。

 だがさらに狡猾なのは、謀叛発覚の情報が届いて直ぐに、王領地の財産をかすめ取るために残していた猟師を、借金の形として公爵領に連れ去っているのだ。

「公式な方法で村人を救い出せるか」

「王国法では難しいと思われます」

「そんな、そんな馬鹿な事があるのですか。やはりこの世に正義などないのだ」

 パトリックが事情を聞いていた村長がその場に崩れ落ちた。

 余達に法的手続きに問題がない事を話させるために残されたのだろう村長が、絶望に打ちひしがれている。

「前代官が王国法を超える九割の税を取り立てましたが、五割分は無効なので前代官の私財から賠償されることになりますが、何も残っていないでしょう」

「ボニオン公爵家が持ち去った後だと言うのだな」

「はい。それと公爵領の金貸しから借りた金ですが、下役が一緒に行って無理矢理借りさせたと言う事で、無効だと言う事は可能ですが、恐らく既に奴隷に落とされ、何度か転売のした体裁を整えた上で、公爵家の奴隷にされているものと思われます」

「元の借金の数倍の金を払うか、公爵家に戦争で勝たない限り、取り返すことはできないと言う事だな」

「恐らくそうだと思われます」

「狡猾と言うか下劣と言うか、反吐が出るやり方だな」

「はい」

「この喧嘩を買うべきだと思うか、爺」

「戦争になれば、十中八九王家が勝つ事でしょう」

「ネッツェ王国が加担してもか?」

「はい。ネッツェ王国は強力な騎馬隊を保有していますが、領内に魔境やダンジョンがない為、強力な魔道具が手に入らない弱点があります。それと関係して、魔境やダンジョンを利用した実戦訓練が出来ない事で、個々の戦闘力が劣る面があります」

「勝てる戦いだが、戦争を始めれば多くの無辜の民が巻き込まれてしまうな」

「はい。王国の民はもちろんですが、公爵家の民の中にも善良な者はおりましょう。その中には、この村から連れ去られた猟師もいることでしょう。更に申せば、ネッツェ王国の民の中からも、善良な者まで無理矢理兵士にさせられ、戦争に送り込まれる者が出て参ります」

「この村の者達を助けるのは当然だが、戦争に持ち込むことは出来ないな」

「我々は極力戦争を回避しなければいけませんが、殿下は王子として、私は男爵として、王国の不利益になるようなら、断じて引くわけにはまいりません」

「はっきり言えば、王家王国に対して不利益になり過ぎる条件を公爵家に示したら、正妃殿下の御怒りを買う可能性があると言うのだな」

「はい。王太子殿下が引き継がれる王家王国でございます。正妃殿下は注視されておりましょう。ですが王太子殿下と第二王子殿下の為だけでなく、王国に住む全ての民の為にも、惨い条件を受け入れるわけにはまいりません」

「一度公爵家のやり方を認めてしまうと、この村の者達のように、非道な行いで悲惨な状況に追い込まれる民が、これからも出てきてしまうと言う事だな」

「はい」

「まずは状況を王都におられる陛下に御知らせする。余が手紙を書くから、マーティンは早馬を仕立ててくれ」

 急いで状況をまとめた手紙を書いて、一番近い宿場町にまでマーティンに向かってもらった。

 正妃殿下が付けた影供から連絡が行くだろうが、それはあくまで非公式のモノだ。

 余自身の安全を図るのなら、王家王国の公式な方針が定まるまでは、下手に動かない方がいい。

 下手に動けば、公爵家と戦いながら、背後の王家王国からも攻撃を受けるかもしれない。

 表面上は攻撃されなくても、足を引っ張られるかもしれない。

 しかし時間をかけるわけには行かない。

 時間が経てば経つほど、公爵領に連れ去られた村人が苦しむことになる。

 悲惨な境遇で亡くなる者もいるだろうし、望まぬ妊娠に追い込まれる者もいるだろう。

 何としてでも村人達を助けたい。

 だが手が足りない。

 村人がいないだけではなく、本来いるはずの冒険者までいない。

 前代官の頃から、公爵家の威光で家臣化されていたのだろう。

 謀叛を防ぐため、貴族家に召し抱えられている士族卒族は、全員武鑑に記して王家王国に提出しなくてはいけない決まりだが、武鑑以外の家臣を養うのに、ドラゴンダンジョン騎士団を手本にしたのだろう。

 いや、もっと効率的だ。

 自分の領内にある魔境やダンジョンではなく、王領地にある魔境やダンジョンの収穫物で騎士団を維持すれば、本来王家王国に収められるはずの税金で公爵家の兵力を整えられるのだから。

「まずは村々に手持ちの食料を配給する」

「殿下!」

「黙っていろ」

 また考えなしに叫んだロジャーをパトリックが黙らせる。

「アゼス魔境と屋敷から兵糧を持ち出してきたが、残念ながら配給すべき兵力が全くない。ならば今飢えている王国の民に施し、王家の慈悲と正義を示さねばならん」

「はい」

「次に使った兵糧だが、サウスボニオン魔境の状況を確認するついでに、狩りをして減った分を補う。手持ちの兵糧が王家王国から貸与された物なら問題だが、これは全て余の私財だから問題など起こらん」

「なるほど」

 ロジャーを余に近習のしているのは、全ての将兵が文武に優れている訳ではないので、猪騎士も使いこなせるようにとの爺の配慮なのだろうか?

 まあ確かに、ロジャーに理解できる内容の会話や文を書くことが出来れば、王家王国の大半の将兵に理解させることが出来るだろう。

「パトリックはサイモン殿と一緒に村々を回り、食料を配給してくれ」

「「は」」

「それと残されている老人と乳飲み子は、代官所と併設された冒険者ギルドで保護するから、何時でもいいから集まってくれと言ってくれ」

「承りましたが、来たくないとか、歩けないと申した場合はどういたしましょう」

「治癒魔法を使って少しでも体調がよくなるようなら、惜しまずに治癒魔法を使ってくれ。代官所に来てくれるのなら、罪を犯して逮捕されたボニオン公爵家の士爵と兵士がいるから、その者達に食事を与える仕事を任せたいと言ってくれ」

「老人達を騎士団で雇うのですか?」

「ああ、下働きとして雇う。騎士団の将兵を集める前に、世話をする下男下女から整える」

「あの、私でも宜しいのでしょうか。いえ、この村に残された死にぞこないでも宜しいのでしょうか?」

「かまわぬ。いや、心から歓迎しよう。死ぬにはまだまだ早いぞ」

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」

 余はこんなこともあろうかと、重病人や重傷の者に食べさせるための各種粥を、大量に魔法袋に用意してある。

 余自ら栄養価の高い粥を老人や乳飲み子に食べさせ、治癒魔法を施したら、みるみる元気になってくれた。

 手分けしてこの村にいる者達全員に粥を食べさせ、治癒魔法が使える者が体力を回復させ、代官所まで乳飲み子を抱いて行けるまでに治療した。

 捕虜の管理は、自白させるための拷問の許可を条件に、正妃殿下が付けた影供に表に出てもらって御願いしたが、これ以上は手伝ってくれるかどうかわからない。

 正妃殿下の利益にならない事はしてくれないだろう。

 だが余の頭を下げることで、村人達を助けることが出来るのなら、躊躇うことなく頭を下げよう。

 それに今志願してくれた村長のように、自分達を苦しめたボニオン公爵家の士爵が牢に入れられていると聞けば、見てやりたいと言う老人が他にも出てくるだろう。

 魔境とダンジョンに入って前代官を探し出し、公爵家を追い詰める証人と証拠を確保するにしても、村々に残された人達を助けてからでないと後悔する。

 だが、本当にそれだけでいいのだろうか?

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