第19話ズマナ・フォン・アラス士爵

「いかにアレクサンダー殿下の御言葉でも、それを聞くことはできません」

「それはボニオン公爵家が、王家王国に叛乱すると言う事だな」

「いいえそうではありません。王家王国の為に、悪徳代官の搾取で疲弊した村々を救済すると申し上げているのでございます」

「その代官の悪政は、ボニオン公爵の謀叛資金に使われたのだろうが」

「それは根も葉もない噂でございます。いくらアレクサンダー殿下の近習衆とは言え、公爵殿下に言われなき汚名を着せるのであれば、剣にかけて名誉の挽回をさせていただきますが、その覚悟が御有りかな?」

「おお、何時でも受けて立ってくれるわ。謀叛人の一味に後れを取る俺ではない」

 やれやれ、ロジャーとボニオン公爵の刺客が舌戦を続けている。

 公爵家としては、少々強引に論破してでも、余達を殺してサウスボニオン魔境の実効支配を続けたいのだろう。

 いや、もしかしたらあの噂は本当だったのかもしれない。

 サウスボニオン魔境の代官は、ボニオン公爵に加担はしていたが、信用はしておらず、ボニオン公爵に送った横領品の証拠を残しているという噂だ。

 それとこれはもっと重要な噂だが、ボニオン公爵家が証拠封じに殺したと言われている代官が、サウスボニオン魔境の奥深くに隠れていると言う。

 馬を潰すぎりぎりまで早駆けした甲斐があった。

 ボニオン公爵家が王都に上る際には、天気にも左右されるが、大体五十日から六十日かかる。

 それを街道の宿場町に設置された王国の伝馬を利用し、宿場毎に馬を替え、夜明け前から日暮れ直後まで駆けに駆け、五日でサウスボニオン魔境代官所に到着したのだ。

 謀叛未遂を裁くのに、王都での会議と貴族家への根回しに四十日もの日数がかかった。

その後急転直下で、余がサウスボニオン魔境騎士団団長に就任する事が決定した。

全てが手遅れになっていると思っていたが、この件に関してだけは、何とか間に合ったようだ。

「では本当に宜しいのですな」

「私は構わんぞ。ボニオン公爵家が王家王国への謀叛の心底を明らかにしたという事だな」

「何を言われる。それは冤罪でござる」

「先程から何度も申し上げているであろう。王家王国が新たに任命された、サウスボニオン魔境騎士団の統治を邪魔すると言うのなら、それは謀叛以外の何者でもない」

「だから、今まで一度も領地を治めたことのないアレクサンダー殿下には、魔境の統治は難しいでしょうから、ボニオン公爵家で肩代わりして差し上げると申し上げているのですよ」

 やれやれ、よく調べているな。

 余が微妙な立場に立たされたと言う情報を手に入れ、味方に引き込むための脅しであったか。

 だが油断出来んな。

 これほど急いで駆け付けたのに、余達よりも早く情報が届いてしまっている。

 ボニオン公爵家は危険だ。

「ズマナ・フォン・アラス士爵と申したな」

「はい。ようやく責任ある方と直接御話が出来ますな」

「なんだと!」

「ロジャーは黙っていろ」

「しかし男爵閣下」

「いいから黙っていろ」

 やれやれ、パトリックに叱責されてようやくロジャーが黙ってくれた。

「さて、余は各家の武官名簿は諳んじているのだが、ボニオン公爵家にズマナ・フォン・アラスと言う士爵は記載されていなかった。王家王国へ提出する武官に記載していない士卒を召し抱えることは、謀叛の準備と言う事とで固く禁じられておる。士爵がボニオン公爵家家臣だと言い立てるのは、ボニオン公爵家謀叛の証拠になるが、それで構わないのだな」

「いえ謀叛の準備ではございません。ですが新規召し抱えは仕方ない事でございます」

「何が仕方ないのだ」

「公爵家は王家王国にいわれなき謀叛の疑いをかけられ、著しく名誉を損ねられてしまいました。その名誉を回復する為には、武に訴える必要が出るかもしれません。その為私のような者達が、新規に召し抱えられたのでございます」

「ズマナ・フォン・アラスと言う名は、アリステラ王国には珍しい氏名だ。余の記憶でネッツェ王国に同姓の士族がいたはずだが、貴君にはネッツェ王国訛りがあるが、ネッツェ王国から仕官したのかな」

「私は流浪の騎士として色々な国で腕を磨いてきました。アリステラ王国の入る前は、ネッツェ王国で腕を磨いていましたから、その時の訛りが残っているのでしょう」

「そのような言い訳が通じると本当に思っているのか?」

「言い訳などではございませんよ」

「恐らく底辺から努力と才能で士爵まで登ってきたのだろう」

「私を下賤の出と馬鹿にされるか!」

「余も冒険者から男爵に叙勲された」

「なんだと?!」

「だから貴君と同じように、爵位に拘る没落貴族の末裔は嫌と言うほど見てきた」

「黙れ! 私は貴殿と違う! 私は先祖代々士族の出だ」

「だが貴君の代には平民になっていたのではないか」

「黙れ! これ以上私を愚弄するなら殺す!」

「出身貴族の姓に拘るあまり、他国への潜入にも関わらず、本名を名乗ってしまう哀れな本性がな」

「黙れ!」

 余程痛いとこを爺に指摘だれたのだろう。

 それと自分の腕にも自信があったのだろう。

 配下の将兵に指示することなく、自分一人で斬りかかってきた。

 だが爺相手に単独で斬りかかるなど、愚か者以外の何者でもない。

 いや、隠し玉を持っているな。

 それくらい慎重に対処すべきだな。

「火炎魔法!」

 ズマナ・フォン・アラス公爵家陪臣士爵は、全身全霊の剣を振るった。

 体重と腕力を剣に込めた、一撃必殺の大上段からの斬り落としは、鈍らな剣で受ければ剣を折られて頭部に致命傷を受けるほどの破壊力がある。

 しかも剣の攻撃と同時に、千人に一人しかいない魔法使いとして、火炎魔法を叩きつけてきた。

 それは並の騎士が相手なら、全身をプレートアーマー覆った戦時装備であっても、致命傷を与えられただろう。

 だが残念ながら、相手は爺だ。

 既に各種身体強化魔法に加え、防御魔法も展開済みだ。

 ズマナ・フォン・アラス公爵家陪臣子爵が余を怒らせようとしていたように、爺とパトリックもズマナ士爵を怒らせ、情報を引き出そうとしてロジャーに相手をさせていたのだ。

 ロジャーは多少愚かな所もあるが、正義を信じる愛すべき所が有る。

 敵対した者がどれほど甘言を弄しようとも惑わされることはないし、巧みな弁舌で誘導しようとしても、正義を翻すことなどない。

 まあ、正義の言葉に騙され利用されてしまう可能性はあるが、それは側にいるものが助けてやればいい。

 王子の余を、公爵家へ内応するように誘い、それば無理なら個人的な喧嘩にして殺してしまえと、公爵から命じられていたのだろう。

 いや、もしかしたらズマナ士爵が献策したのかもしれない。

 ズマナ士爵は、己の才能に酔っていたのだろう。

 自己顕示欲を抑えられなかったのだろう。

「眠れ」

 爺に火炎魔法を無効にされ、一撃必殺の剣も容易く受け止められ、絶対的な自信が完膚なきまで打ち砕かれ、精神的に衝撃を受けた所に眠りの魔法を受けて、簡単に眠ってしまった。

 ズマナ士爵が率いていた百人の兵も、同時に睡眠魔法を受けてその場に崩れ落ちた。

 雑兵とは言え、ボニオン公爵家から百人の兵を離脱させられたのは大きい。

「爺、ズマナ士爵はネッツェ王国の加担を自白するかな?」

「それはなかなか厳しいと思われますが、この兵士たちの中には、ネッツェ王国から送り込まれたものがいるかもしれません」

「尋問するのか?」

「それは専門家に任せましょう」

「ブラッドリー先生が来ているのか?」

「ブラッドリー殿かどうかは分かりませんが、影供は付いていると考えられます」

 やれやれ、どちらなのだろうな。

 父王陛下が付けてくれたブラッドリー先生がそのまま影供を務めてくれているのか?

 それとも正妃殿下が、監視の為に新たな忍者頭配下の影供を付けたのか?

 どちらにしても、余に野心がない事を証明する為にも、ズマナ士爵達は影供の尋問させた方がいいだろう。

「出てこい。こいつらの尋問を任せたい」

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