第7話獣人村

「村長、ここは決断するべき時だぞ」

「しかしながら若殿様、私にはこの村の者達に対する責任がございます。そう易々と御代官様に逆らうことはできません」

「だがな村長、既にこのように代官を捕らえておる。今更恐れる事などないであろう」

 一番年少のロジャーが村長を説得してくれている。

「若殿様方は何も御存知ないのでございます。今迄も村人や宿場の町人が、財務省の役人様や、目付様に直訴させて頂きましたが、御代官様を罰してくださるどころか、訴え出た者達が処刑されているのでございます。例え若殿様方が御代官様を誅して下さっても、後で必ず報復されるだけでございます」

 だが村長は慎重だ。

 まあ村人全員の生活と命を預かっているのだから、慎重になるのも仕方ないだろう。

「その話は聞いておる。だが我らも王家に仕える騎士だ。親戚縁者に重臣もおれば陛下の御側近くに仕える者もおる」

「ならば何故このように魔境に来られたのです。本当に有力者の縁故があるのならば、このような危険な魔境に入る必要などありませんでしょう」

 どうやら村長は、我々が生活に困って冒険者を副業にしているのだと勘違いしているようだ。

 確かに最近の王国では、生活に困った士族や卒族が、副業で冒険者をしているから、そう言う勘違いをするのも仕方がない。

 人間の国同士の領地争いが避けられた事で、領地や扶持が増えないから、二百年の平和は士族と卒族にジリジリと困窮をもたらしている。

「それは違うぞ村長。本当の騎士は、何時何があっても戦えるように、元服を迎えたら魔境やダンジョンで実戦経験を積むのだ。我らアレクサンダー殿下近習衆も、何時いかなる時にも王家王国の為に働けるように、交代でドラゴンダンジョンで実践訓練を行うのだ」

「え? あのドラゴンダンジョンへ向かわれるのですか!」

「そうだ。だから何の心配もいらない」

「ですが、矢張り、言葉だけでは信用するわけにはいきません」


「お~い。かえったぞぉ~」

やれやれ、これで面倒な説得をする必要もなくなった。

「バルタサール!」

「どうだ? 言った通り無事に村民を解放しているであろうが」

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます!」


「若殿様方、本当にありがとうございました」

「なに大丈夫だ。村長達が村民の為に慎重になるのは仕方のない事だ」

 代官所と代官所に隣接した冒険者ギルドを接収し、捕虜にした代官と下役、更には冒険者崩れの私兵達を収容するのに、強制的に従軍させられていた獣人猟師達の協力が必要だった。

 今でも魔法使いのサイモン殿が、パトリックと共に獣人猟師達を率いてくれているはずだが、事前の計画通り、サイモン殿が捕らえた者達を睡眠魔法と麻痺魔法を併用して無力化し、半数の獣人猟師を村々に帰還させてくれたのだろう。


「では村長、村人の様子を見させてもらいたい」

「どう言う事でございますか?」

「代官の悪政によって困窮している獣人村の現状を、アレクサンダー殿下を通じて国王陛下に奏上する。その為にこの目で確かめたいのだ」

「ありがとうございます。ありがとうございます。どうか全てを御検分して下さり、嘘偽りのない現実を国王陛下に御伝え下さい」

 村長の言葉を聞いて、ある程度は覚悟していたのだが、村の状態は想像していた以上に惨たらしいものだった。

 まともに働ける村人が減ったためだろう、村の集会所に病人や怪我人を集めて、効率的に看病しているのだろうが、手足を失い身動きできなくなった者や、栄養失調で痩せ細り横たわる幼子が並べられている。

しかも魔境に近い獣人族の村なのに、薬草を使っている様子がないと言う事は・・・・

「村長。なぜ薬草を使ってやらぬ!」

 ロジャーはまだ若い。

 爺とマーティンは既に察しているようだが、熱血体質のロジャーは思慮が足りないな。

「無理を申されるな! 村人が集めた薬草は全て提出しろと、御代官様が王命として指示されたのです。それを破って病人や怪我人に薬草を使えば、問答無用で村に火を放たれてしまいます。それでも村人に薬草を使わないのは酷いと申されますか。王家の騎士様!」

「それは・・・・・」

「思慮が足りぬぞ! これからは私が話そう」

「で、アーサー殿」

「すまぬな、村長。ロジャー殿は育ちがよくてな。熱血なのはいいのだが、思慮が足りず、思ったことを直ぐに口に出してしまうのだ」

「いえ。若殿様方が御悪いわけではないのは十分承知しているのですが、それでも王国に連なる方々には恨みと怒りを感じてしまうのです。村の者達を救い出して下さったのは十分感謝しているのですが、どうにも」

「いや、それは当然の事だ。幼い頃から知っている村人が、代官のせいでこのような状況に追い込まれていれば、したり顔で説教する恥知らずに怒りを感じるのが、真っ当な心を持った人間と言うモノだ」

「で、アーサー殿。それはあまりの言いようでございます」

「黙っておれ! さっきから、で、で、で、とどもりおって。もう後はアーサー殿に任せて、若輩者は黙ってアーサー殿を見習え」

「はい。申し訳ありません」

「また機会はやる。一言一句、アーサー殿の話し方を聞き逃すな」

 やれやれ。

 ロジャーを叱ると同時に、余にプレッシャーをかけて来るとは、爺は相変わらず厳しい。

 まあ、これ以上ロジャーに話をさせていると、何時余の事を「殿下」と口を滑らすか分かったモノではない。

「これほど痩せ細った重病人や重症の怪我人では、治癒魔法を使う訳にもいかないな」

「え?」

「まずは体力を回復させないと、魔法を使っても治らないと言ったのだ。栄養状態が悪いと体に余力がなく、どれほど高位の治癒魔法を使っても、病気や怪我を治すことが出来ぬのは知っておろう」

「え? あの、その、それは」

「私と爺は、それなりに治癒魔法を使う事が出来るのだ。爺、このような状態の者達を助けるには、魔法を使う前に粥を与える方がよかったのだな?」

「よく覚えていたな、アーサー殿」

「近習仲間と一緒に、爺に色々叩き込まれたからな」

「ロジャー! 背嚢から米と干し肉を出し、肉粥を作れ」

「はい!」

 余から叱責を受けて意気消沈していたロジャーには、爺の命令はむしろ助け船だったのだろう。

 従騎士の修業時代に戻ったように、キビキビと動き出した。

「若殿様、その様な事は私達がいたします」

 余達が助けた獣人猟師が、大きな体を縮めるようにオロオロとしている姿が面白い。

「そうか。では粥を作るための鍋と薪を用意してくれ。もちろん清潔な水も必要だ」

「「「「「はい」」」」」

 村長と一緒に俺達を案内してくれていた獣人猟師と、生きて帰ってきた彼らに会いたくて集まってきた家族や友人知人達が、一斉に家に戻って道具を持ってきてくれた。

 だが持ってきてくれた鍋は、どれも使い古されたボロボロのモノで、しかも家族で使うには小さ過ぎる。

「代官所の役人達が、大きな鍋を使うと食べ過ぎると言って、これより大きい鍋は全部徴収していったのでございます」

 村長が心底恨めしそうに話すのを聞くと、この国の王子として恥ずかしくて、穴があったら入りたい心境になる。

「鍋まで取り上げていったのか」

「はい」

「恥知らずな奴らめ!」

「黙っていろと言われただろう、ロジャー」

「は! 申し訳ありません。で、アーサー殿」

 こいつは駄目だ。

 今度から別行動の時は、俺がいない方に配属しよう。

それとも後方の者と交代させようか?

「こう小さい鍋ばかりだと効率が悪いし、何より薪が多く必要になる。この村の状態だと、薪だって貴重品なのだろう」

「はい。さようでございます。閣下?」

 苦労人の爺は、余では理解できない細々としたことまで気が付いてくれる。

 だが村長もなかなか世慣れているようで、爺が士族ではなく貴族かもしれないと気付いたようだ。

 もしかしたら余の事も感づいているかもしれない。

「よく見抜いたの。余はベン・ウィギンスと言う男爵じゃ」

「ふぅえ?! あのベン・ウィギンス様でございまするか?!」

「これこれ。敬語がおかしくなっておるぞ。余の事を知っているのなら好都合だ。余が卒族からの叩き上げであることは知っておろう」

「はい。はい。はい。ベン・ウィギンス様の武勇伝を知らない国民はおりません」

「実はな、余の本家筋にあたる騎士家のアーサー殿が、この度目出度くアレクサンダー殿下の近習に選ばれたのだ」

「それは、それは、おめでとうございます」

「余はアレクサンダー殿下の教師の一人に選ばれているのだが、殿下は武勇の人なので、家臣達を交代でドラゴンダンジョンに実践訓練に派遣しておられるのだ」

「その途中でアゼス宿場町の事を知って下さったのですか?」

「そうなのだ。余が責任をもって代官の始末をつけるから、村長は何も心配せず、余に全て任せるがいい」

 爺が名乗ったことで、余は爺の本家筋の騎士家若殿だと信じてもらえそうだ。

今の御時世、分家が本家を爵位で追い抜かすことは珍しい事ではない。

それにしても爺はそつがない。

話ながら、自ら薪に火をつけ鍋で肉粥を作りだした。

獣人猟師もその女房達も、高名な男爵が手づから料理するのを見てオロオロしている。

これだけ驚かしてくれたら、ロジャーの失言など忘れてくれるだろう。

「オーケ! しっかりして、オーケ。もうすぐ粥が食べられるのだよ。もう少しなんだよ」

 母親が泣き叫んでいる。

 痩せ細った子供が、もう大きく痙攣する体力もないのだろう。

 わずかに体を震わせている。

 もはや一刻の猶予もないだろう。

このままではすぐに子供が死んでしまう。

多くの死を見続けてきたであろう村長や獣人猟師達も、諦めて顔を背けている。

「アーサー、よく見ておくがよい。儂に任せよ」

 爺は素早く母親のもとに近づき、安心させようと優しく声をかけ、何の抵抗も受けずに子供を母親から預かり、自分の懐に抱きかかえた。

 助ける心算なのは分かるが、いったいどうするのだろう?

「これほど体力を失っている場合は、まずは食べさせて力を付けさせねばならぬ。火を通した玄米粥が一番良いのだが、緊急の場合は兵糧丸と水を口で混ぜ合わせて、口移しで飲み込ませるのだ」

 爺は何のためらいも見せず、腰袋から非常用の兵糧丸と水を取り出して口に含むと、二三度素早く噛み混ぜてから、言葉通り子供に口移しで食べさせた。

「その後でこうして回復魔法を使えば、痩せ衰えている者にでも回復魔法の効果を出すことが出来る」

 爺の言葉通り、青黒く痩せ衰え、僅かに震えていた男の子の身体に、少し赤みがさして震えも止まった。

 爺は今までもこうやって多くの人たちを助けてきたのだろう。

 余のような、口先ばかりの若輩者とは大違いだ。

「私もやろう」

「痴れ者!」

「爺」

「アーサー殿のような若輩者に、子や家族を心配する者が安心して任せられると思ってか!」

「すまぬ」

「このような事は、世慣れた年寄りや家族に任せる事のだ」

「はい」

「皆で急いで粥を作り冷ますのだ。アーサー殿。重症の者から粥を食べさせるから、回復魔法をかけて行くのだ」

「分かった、爺」

爺は厳しく鍛えてくれるが、なんだかんだ言って余には甘い。

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