第6話討伐

 代官所に偵察に行ったはずのロジャーが、土足のまま奥座敷まで駆け上がってきた。

「随分と慌てているようだけど、何が起きたんだい、ロジャー」

「代官の手先が宿場町に隠れていたようで、密かに宿場町を抜け出して、代官所に馬鹿息子共が殺されたと伝えたようでございます」

「我らを討ち取ろうとしているのか?」

「はい、代官所の制式な手勢に加え、代官の私兵も集めているようでございます」

「パトリックは代官所を見張っているのか?」

「はい、何かあれば駆け戻る手はずになっております」

「ここを討って出た方がいいでしょう」

 ブラッドリー先生との打ち合わせを終えた爺が戻ってきて、歴戦の戦士として策を披露した。

「ここに残ると、宿場町の住民が敵に回る可能性があるのだね?」

「はい、長年に渡る代官の支配で、逆らう気力を失っているように見受けられました。己と家族の命を守る為に、余所者の我らを殺してでも、代官に忠誠を示そうとする可能性があります」

「だとすると、ギネスとマギーをここに残すのは危険だね」

「はい、多少の危険はあるでしょうが、一緒に行った方がまだ安心です」

「逆方向に逃がすのはどうだろう?」

 俺は暗にブラッドリー先生の配下に預けることを提案したのだが、爺には俺の見えていないものが見えていたようだ。

「本当に大切なモノは、自分の手の届く範囲に置いておくものですよ」

「王都では安心できないと言う事ですか?」

 ブラッドリー先生に預ければ安心だと思うのだが、そうではないと言うのか?

「人それぞれ大切なモノは違いますし、人間は同時に二つの場所には存在できないのですよ」

 なるほど、ブラッドリー先生にしても爺にしても、自分の命よりも俺を大切にしてくれている。

 二人とも決して俺の側を離れることはないから、王都の有力者が強引にギネスとマギーを人質に取ろうとしたら、配下だけでは護り切れないと判断したのだな。

「分かりました。ギネス、マギー、二人を王都に逃がそうと思ったのですが、男爵閣下の判断ではその方が危険だと言う事です。不安でしょうが一緒に来てもらう事になります」

「御心配していただきありがとうございます。側に置いて護っていただけるのなら、それに勝る喜びはございません。どうしても足手纏いになるようでしたら、せめてこの子だけでも護ってやっていただけないでしょうか?」

「心配はいりませんよ。助けると決めた以上、何があっても護り抜きますよ」

「おにいちゃんとわかれなくていいの? いっしょにいれるの?」

「ああ一緒だよ」

「やった~!」

 俺達は本陣の者達に、代官所に攻め込むと言って出かけることにした。

 夜を迎える夕闇に完全装備で出ていく以上、ちょっと散歩ですと言って通じるはずがない。

 宿場町の人間が一致団結して、濠と土塁を活用し、大木戸を閉じて代官一味を迎え撃てば、代官一味を撃退することも不可能ではないだろう。

 だが今の宿場町の住民では、代官一味を恐れず一致団結して戦うのは不可能だろう。

 こんな所で代官一味を迎え撃てば、助けようとしている町民に背後から襲われてしまうだろう。

 どれほど多くの町民に襲われようと、町民相手に不覚をとる我々ではないが、助けようとしたものに襲われ、返り討ちにしなければならないとなると、心が落ち込んでしまう。

「男爵閣下、何事でございますか?!」

「代官一味が攻め込んでくると連絡があった。町を巻き添えにするわけにはいかぬから、外で迎え撃つことにしたのだ。早く馬を用意せよ!」

「え? あの、その、それは」

「愚図愚図するな! アーサー殿、サイモン殿、パトリック、ロジャー、替え馬も含めて10頭の馬を確保するぞ」

「「「「は!」」」」

 慌てふためく問屋場の人間を置き去りにして、俺達は二頭ずつの馬を問屋場から連れ出した。

 一頭は乗り込んで両脚で挟んで支配下に置き、一頭は左手で手綱を持って確保した。

 更に俺と爺は、それぞれマギーとギネスを鞍に乗せ、自分達は鞍の後ろに腰かけて馬を操った。

 二人乗り用の鞍があればよかったのだが、パッと見そんなものはなかったし、探している時間などもない。

 一人乗りのパトリックとロジャーに前衛を任せて、俺と爺は魔法で迎撃することにしよう。

「男爵閣下、何事でございますか?!」

「代官一味が攻め込んでくると連絡があった。町を巻き添えにするわけにはいかぬから、外で迎え撃つことにしたのだ。早く大木戸を空けよ!」

「え? あの、その、それは?」

 宿場町の大木戸を護っている役人は、爺が何を言っているのか理解できないので、閉門時間になった大木戸を開けるべきか判断出来ないでいるのだろう。

「何をぐずぐずしておる! 代官一味に町を焼き討ちされたいのか?! 早く大木戸を開けよ!」

 流石に爺は老練で、相手の欠点や欲を指摘せずに表向きの体裁を整えることで、自分達の立場を悪くしないで有利な立ち位置を確保する。

 何とか無事に宿場町から出ることが出来て、最悪町民を切り殺すような事態からは、事前に逃げだすことが出来た。

 ギネスやマギーに気付かれることなく、ブラッドリー先生の配下が道案内をしてくれる。

 今のうちに万全の体制を確保すべく、魔法を使える者が全ての馬に魅了魔法と支配魔法をかけて、戦いになっても暴れたり逃げたりしないように準備した。

 訓練された軍馬ならともかく、宿場町の問屋場にいるような駄馬だと、ものすごく繊細で臆病だから、戦いに巻き込まれたら暴れて逃げ出してしまう。

俺達だけなら馬術で抑え込むことが出来るが、ギネスとマギーを護りながとなると、どうしても隙が出来てしまう。

生き物を魔法で魅了したり支配したりするのは好きではないが、必要なら断じて行う事も学んでいる。

俺達を一方的に攻撃する心算の代官一味の不意を突いて、逆に俺達から攻撃する心算で、慌てることなく疲れないようにゆっくり移動している。

二時間ほど移動したところで、密かに案内してくれているブラッドリー先生の配下が、道の脇に入るように合図をしてきた。

そこには代官一味を監視していたマーティンが待っており、ここで待ち伏せする作戦をブラッドリー先生が立てているのだと分かった。

俺達は気配を消したが、馬はもちろんギネスとマギーの気配に気付かれる恐れがあるので、結界の魔法を張って代官一味に悟られないようにした。

三十分程度潜んでいると、代官一味だろう軍勢が現れた。

先頭を行くのは痩せ細り粗末な装備を身に着けた獣人達で、恐らく代官に無理矢理魔境で働かされている人たちだろう。

今度は俺達を襲うのに、損害を無視して尖兵として突撃させる目的で、無理矢理動員したのだろうが、その数は三百人にも及んでいた。

次に進んで来たのは、にやけた顔付きの人間族冒険者で、獣人族とは比べ物にならないくらい栄養状態がよく、装備もそれなりモノを着込んでいた。

だがその身を包む気配から言えば、同等の体調と装備で戦えば、獣人族の方が勝つと思われる程度の者達が三百兵ほどだ。

最後に代官の身分では身につけることを許されない、金糸銀糸を使った装備を着込んだチンドン屋のような男が馬に乗って表れた。

身分不相応な装備をすることは、身分制度の厳しいこの国では死罪に相当する罪なのだが、傲慢で愚かな代官は何も恐れることなく堂々と身に着けている。

その側を護るのは代官所の正規役人だとは思うのだが、これも明らかに分不相応の高価で煌びやかな衣装を身に着けている。

代官の虚栄心の激しさを露骨に表しているが、これでよく今まで処罰されなかったものだ。

余程の大金を各所に賄賂として送っていたのだろうが、それは全て父王陛下の臣民から不当に搾り取ったものであり、断じて許すわけにはいかないものだ。

「アーサー殿、どういう攻撃をされる心算かな?」

 爺はこの機会を対人戦の実戦訓練にする心算のようだ。

 預かっている王領地の広さによるが、正規の代官所の兵力は7兵から15兵だ。

代官に任命される者は、通常五百人程度の領民を持っている騎士であり、軍役は15人程度になっている。

それが今目の前にいる代官の軍勢は、獣人族と冒険者私兵を合わせて六百兵を超えており、それだけの兵力を動員できるのは、子爵家でもかなり裕福で領地の広い家だけだ。

つまり俺は、豊かな子爵家を相手に戦争をする実践訓練の場にいるのだ。

だが問題は、何の罪もない獣人族がその兵力の中にいる事だろう。

いや、そうではないな。

相手が普通の貴族家軍であろうと、その中には何の罪もないのに無理矢理動員された奴隷や領民がいるから、これは最高の実戦訓練だな。

「最後尾に代官がいるのを幸いに、麻痺魔法で身動きできないようにして、捕虜として確保します。その上で無理矢理働かされている獣人族を解放して味方に加え、その軍勢を使って冒険者崩れの私兵を確保します。冒険者崩れ達が抵抗するようなら、我らは魔法で攻撃して、獣人族と協力して挟撃します」

「ふむ、なかなかの策ですな」

「それに加えて」

「ふむ、何ですかな」

「巡検使として派遣されたベン・ウィギンス男爵閣下が、国王陛下に成り代わり不正を行った代官を逮捕したと宣言したしましょう」

「巡検使としてですか?」

「そうです。巡検使として代官を逮捕するのです」

 爺は自分はあくまで副巡検使で、正巡検使は俺だと言う拘りがあるのだろうが、騎士と名乗っている俺が正巡検使で、著名な男爵の爺が副巡検使ではおかしいだろう。

「仕方ありませんな。我が名を使う事で、少しでも傷つく獣人が減らせるのなら、体裁に拘るわけにはいきませんな」

「ではこの作戦で行きます。いいですね」

「「「「は!」」」」

 この場に姉御がいたら、俺と他の四人の態度に不信を抱き、俺の身分に気付いたかもしれないが、幸い今はここにいない。

 俺の指揮で一斉に攻撃を開始し、あっけないほど簡単に代官を確保し、冒険者崩れ達が抵抗する間も与えず、爺の名乗りで圧倒することに成功した。

 獣人族を味方に加えることで数を確保し、彼らを使って冒険者崩れ達の武装解除を行い、その武具を獣人族に貸与した。

 武装が強化された獣人族とともに代官所を占拠し、不正に集められていた食料を獣人達に配ることで獣人達の体力を回復させることに努めた。

 半数の獣人達に、逮捕して代官所に閉じ込めた冒険者崩れの監視を命じ、残った半数の獣人達を指揮して魔境に残る代官の私兵の討伐を行うことにした。

 この間の俺の指揮はなんとか合格点だったようで、爺に叱られることなくスムーズに行った。

「若殿様、此方におられたのですか!」

「ヴィヴィの姉御、よくここが分かったね」

「魔境を調べていましたら、代官が若殿様達を襲うと聞きましたので、急ぎ本陣に戻りましたらもぬけの殻で、私は置いて行かれたのかと悲しくなりました」

「姉御なら臨機応変に動いてくれると信じていたからね。宿場町の住人全てを信じるわけにはいかないから、背後を襲われる心配のない森で迎え討つことにしたんだよ」

「そうでしたか、それでは文句を言うわけにはいきませんね」

「姉御には魔境に案内してもらいたいから、宜しく頼むよ」

「御任せ下さい」

 姉御は絶妙のタイミングで戻ってくれた。

 味方を指揮しているところを見られたら、俺と爺の身分が逆転していることを見破られただろう。

 もう十分俺の実戦訓練になったから、これから先の指揮はパトリックに取ってもらい、パトリックにも百五十兵を動かす実践訓練をしてもらおう。

「パトリック殿に後の指揮は御任せしたいのですが、宜しいですか?」

「御任せいただこう」

 魔境に代官の私兵がどれ位いるのかわからないが、獣人達を傷つける事なく制圧したいものだ。

 それに余裕があるのなら、ドラゴンダンジョンに到着する前に、魔境でも魔獣を相手に実戦訓練をしておきたい。

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