第5話拠点確保

 先ずは拠点とすべき宿を決めようと、最初に本陣に向かったのだが、基本貴族や士族しか宿泊出来ない本陣は、狼獣人母子を連れた俺達を門前払いしようとした。

 だがこれに爺が激怒した。

 最初は俺が獣人母子と触れ合うのも嫌がっていた爺だが、この宿場町の人間が代官の言いなりになり、父王陛下を愚王と馬鹿にしているのを知り、宿場町の住人に対して心静かに怒りを溜め込んでいたようだ。

 まして本陣の主人達は、その立場を上手く利用すれば、貴族や士族にやんわりと直訴することも可能だし、定宿にしている貴族士族の人柄も知っているはずなのだ。

 冒険者から叩き上げで男爵まで叙爵・陞爵した爺は、確かに王国の腐り切ったところも知っているが、同時にそれを改めようと戦う父王陛下や改革派の貴族士族の事もよくしっている。

 だからこそ本陣の主人に態度に激怒し、滅多に見せない高圧的な態度で臨み、魔人や魔獣ですら萎縮させ動きを封じる殺気を放ったのだ。

 貴族士族を接待宿泊させる本陣亭主の中には、それこそ冒険者に匹敵するような胆の太い人間もいると聞いていたが、悪徳代官如きの言いなりになるここの亭主は、とても小心者だったのだろう。

 爺が意識的に放った殺気を受けた本陣亭主は、その場で腰を抜かしたのはもちろん、大小便まで垂れ流してしまっていた。

「余は国王陛下に御仕えするベン・ウィギンス男爵である。汚職に手を染め、国王陛下の御名を汚した代官を討伐するまでここを本陣とする。その方どもはただただ余の言う通り世話をすればよい。そこにへたり込んでいる汚らわしい者は、代官一味の疑いがあるゆえ、蔵にでも押し込めておけ。主人一人の罪で済ますか、本陣一族全ての罪になるかは、その方どものこれからの働きにかかっていると心得よ!」

 爺の脅し文句を受けた本陣の女将と女中達は、それこそ命懸けで俺達の御世話を始めた。

 事ここに至っては、爺の愛妾かもしれない狼獣人母子の機嫌を損ねることさえ危険なので、獣人母子に対してさえ、貴族に接するような態度で御世話を始めた。

 その変わり身の早さに反吐が出るような気分になったが、理不尽な暴力に耐え続けた人間は、そんな風になってしまうのかもしれないので、それならその態度さえも王国の失政が原因なので、俺が彼らを責められることではないと反省した。

 運よく本陣には俺達以外の宿泊者がいなかったので、一番上等の奥座敷に拠点を据えたのだが、内心の怒りが漏れ出す爺の態度によって、部屋の雰囲気は最悪だった。

 もちろん俺が注意すれば直ぐに態度を改めてくれるのだろうが、俺自身も今までの努力が足らなかったと自省していたので、そこまで気が回らなかった。

「おにいちゃんおなかいたいの?」

「マギー止めなさい!」

「うん? そんなことはないよ、おにいちゃんは元気だよ。そうか、御腹が痛そうに見えたんだね」

「うん、痛そうな顔していた」

「心配してくれてありがとう。僕は元気だから大丈夫だよ。ねえ男爵」

「はい? そうですな、ちょっと雰囲気を悪くしていましたな。これは余の不明でした。長らく実戦から離れていたので、気分の切り替えの大切さを忘れていたようですな」

「では腹ごしらえからいたしますか?」

「そうですな、腹が減っては戦が出来ませんからな」

「おい! 誰かおるか?!」

「私が伝えに行って参ります」

 俺と爺の会話に反応して、パトリックが女中を呼んで食事の支度を命じようとしたが、近くに誰も控えていないようだった。

 また爺の機嫌が悪くなるのを心配したのか、獣人の母親ギネスが気を利かせて伝えに行こうとしたのだが、万が一人質にされたら身動きが取れなくなるので、彼女とマギーを俺達の側から離すわけにはいかない。

 それにさっきマギーが俺達の雰囲気を一変させてくれたように、天真爛漫な子供の言動はとても貴重だ。

 だがそんな子供の態度も、母親が側にいてこそであり、母親がいなくなってむさ苦しい男どもの中に一人取り残されたら、とたんに泣き出してしまう可能性がある。

「いやいいですよ。ギネスには男爵の御世話を御願いしたいので、パトリックが厨房に行って命じて来てください。出来ればその時に、調理人や女中からも話を聞きだして来てください」

「なるほど、情報を集めるのですな。分かりました。本陣に勤める女中からだけでなく、こちらから積極的にいろんな者に接触し、広く情報を集めてまいりましょう」

 俺の話を聞いて、パトリックが身軽に動いてくれた。

 普通の騎士家嫡男なら、家では上げ膳据え膳で御世話してもらう立場なのだが、王子である俺の小姓に幼い頃から選抜されたパトリック達は、王子である俺のような王侯貴族の機嫌を損ねないように、四六時中気を張った状態で仕えるのが普通になっていた。

 もちろん俺は幼い頃も暴君ではなかったと思うのだが、それでも気疲れのする役目だったと思うし、普通の騎士家嫡男とは一線を画す身軽な働きをするとも思う。

 まあ本陣内の情報収集はパトリックに任せるとして、もっと広範囲で細やかな情報収集は、忍者が影供についてくれているから、本職の彼らに任せた方がいい。

「男爵様、僕は庭に出て気分を変えてきます。ギネス、男爵様の御世話を頼んだよ」

「うむ、隙を見せるではないぞ」

「はい、精一杯務めさせていただきます」

「おにいちゃんでていくの?」

「ああ、ちょっと外の様子を見てくるから、マギーは御母さんと一緒に男爵様の側にいてくれるね?」

「いっしょにいっちゃだめなの?」

「今は駄目だけど、後で一緒に庭を見ようね」

「あとならいいの? ならいいこにしてる」

「そうだね。後でならゆっくり一緒に御散歩できるよ」

「うん、あとでね」

 俺は一人で本陣の庭に出て、ブラッドリー先生の配下が接触してくるのを待つことにした。

 俺は庭の風情を楽しむように歩きながら、意識して庭木や塀の陰に入り、本陣の者達から見えないようにした。

「殿下、御呼びでございますか?」

「情報収集はどうなっている?」

「今現在殿下の影供についている者全員を動員して、代官所・魔境・宿場町・王領地の情報を集めております。同時に王都にも人を走らせ、代官の汚職に関係している者共を調べるように指示いたしました」

「人数は足りるのか?」

「殿下が家を興される前提で、王家に仕える騎士家の優秀な次男三男を選抜しておりましたので、少し早くなりますが、その者共をこちらに呼び寄せることに致します」

「王都の有力者を調べ切れるのか?」

「中には大物過ぎて網を破ってしまう者もいるでしょうが、1度危険を感じたら、しばらくは大人しくするでしょうから、その間に王国の御政道を正すことが出来ます。それに手先となる者を全て始末いたしましたら、有力者もいずれ身動きできなくなります」

「好機と見たら、危険を顧みず踏み込まねばならん」

「はい」

「余を囮にすれば、有力者を釣り出し成敗できると判断したら、臆することなく申し出よ」

「それは拙速と申すものでございます。殿下の御年齢を考えれば、慌てて動く事こそ愚かでございますぞ」

「だからそちから見て好機と判断したらと申しておる。千載一遇の好機を見逃し、後で臍を噛むようなことにはしたくない。それにな、そちが徹底的に鍛えてくれたのだ。そう容易く殺されたり傷つけられたりせぬ実力はあるつもりだぞ、ブラッドリー先生」

「しかしながら殿下の才能と気性は、王家王国にとってかけがえのない宝でございます。そうそう賭けに使えるようなモノではございません」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、父王陛下に仕える忍者頭として、冷徹に好機を判断せよ!」

「は! 承りました」

「それと貴様の判断とは別に、余も独自で好機を判断し、必要とあれば攻め込むと心得よ」

「承りました。その時は遅れることなく御前に参じさせていただきます」

「頼み置くぞ。それで今までに集まった情報はどういうモノなのだ?」

 俺はこの短時間でブラッドリー先生が集めてくれた情報を聞いたが、それはどれもこれも代官とその背後にいる者の不正を裏付ける物だった。

 恐らく直ぐに代官達に有無を言わさぬ証拠が集まるだろうが、今聞いた話だけでも王子の立場なら、代官だけなら直ぐに処刑すること可能だろう。

 不正の実行犯を取り締まり、背後の有力者に警告を与え、王国内の悪影響を少なくして御政道を一時的に正すのなら、その方法が一番なのだろう。

 だが俺がその程度で満足できる性格なら、そもそも父王陛下に願い出て独力で一家を興そうなどと思わない。

 根本的な解決を望む性格であり、その目標を達成するための事前の努力と根回しをするだけの忍耐力もあり、時が至れば目標を実現するために行動にでる積極性があると自負している。

 今回の件で黒幕の有力者まで処罰しようと思えば、父王陛下にも決断して貰わなければならないことも多いだろう。

 汚く保身を図る有力者を根こそぎ処分するためには、父王陛下の信頼厚い爺とブラッドリー先生はもちろん、王家筆頭魔導士のデイヴィット・ヨーク宮中伯の賛成が必要になる。

 まずは爺とブラッドリー先生の意見を賛成に統一しなければいけないから、腹蔵なく話し合ってもらうために、庭の見物を爺と交代しよう。

「爺と交代してくるから、二人でよく相談してくれ」

「承りました」

 本陣奥座敷に戻った俺は、目配せして爺を庭に送り出したのだが、それはマギーとの約束を破ることになってしまった。

「いっしょにおさんぽできないの?」

「マギー止めなさい!」

「よいよい」

 テトテトと歩いて俺に近づき、下から覗き込むように俺の顔を見るマギーは、なんとも表現できないような愛嬌があり、思わず撫で回したくなってしまう。

 だがそのような不調法が出来る訳もなく、何時でも何とでも行動できるように胡坐をかいて、マギーの可愛い仕草を愛でるだけにとどめていた。

「止めなさい! マギー! 若殿様申し訳ありません! どうか御許し下さい!」

「よいよい、子供のすることだ、何も気にすることはない」

「申し訳ありません! 産まれて直ぐに父を亡くした不憫な子で、男の方にこれほど優しくされたのは初めてなのでございます」

 胡坐をかく俺の足の間に、ちょこんと座りこんでしまったマギーを見て、その無礼にギネスは慌てふためいているが、俺にはとても可愛くて無礼を咎める気になどならない。

 俺の足の上に座り、反り返るように俺の顔を見上げる姿は、父性愛を刺激する激烈な可愛さがある。

 衝動的に撫で回したくなるが、ぐっと我慢してこらえる。

「でん! あ アーサー殿。流石にそれは行儀が悪いのではありませんか」

「そうですね。マギー、御母さんの所を行きなさい」

「はい・・・・・」

「それでどうでした?」

「調理人と女中から色々話を聞きましたが、全て代官の悪行を示すものでした」

「代官を擁護する証言はなかったのですね?」

「はい、王国法を超える税の徴収や、町民に無理矢理賦役を課す横暴加え、婦女子に対する乱暴狼藉と、聞くに堪えぬものばかりでした」

「そうですか。なら代官を捕えることが出来たら、不正を証言する証人には困りませんね」

「それは大丈夫でございます」

「若殿様、狼獣人の村でも無理矢理魔境に狩りに行かされ、命を失ったり負傷したりするものが後を絶ちませんでした。私の夫が亡くなったのも、休む間もなく無理矢理魔境に狩りに行かされた所為でございます」

「では代官を捕えることが出来たら、ギネスも代官の悪政を証言してくれるかい」

「はい、喜んで証言させていただきます!」

「アーサー殿、大変でございます!」

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