#52 少年と少年



「サイヲくんっ」


 大声で名前を呼ばれてサイヲは立ち止まった。

 艦橋棟の最下層、外の滑走路甲板に出る為の鉄扉の前だった。

 サイヲを呼び止めたのは、背後で息を切らして立ち止まっているノマウ・カスタム。


「なんですか? ノマウ・カスタム駆曹」

「もう駆曹ではありません。昇格しました。いまは機尉きいです」

「それはおめでとうございます」

「そんな話がしたいんじゃない。君はこれからどうするつもりなんですか?」

「ご覧の通り。出撃します」

「相手はあのサング・エリー徒衆団だ。無謀です」

「ぼくが出撃しないとこのふねが沈むことになります」

「しかしっ」

「わからないな……」


 そう言って、サイヲは背後のノマウへと振り向く。


「キミはぼくを傭兵だと言った。ならば使い捨てればいいでしょう? それを今さらボクを呼び止めるんですか?」


 都合のいい解釈をするな。

 サイヲの冷たい視線がノマウの胸を射抜く。


「そ、それは謝ります。謝りますから……」

「ぼくは謝罪が欲しいわけじゃない」


 サイヲはなお正規兵のノマウを冷たく見る。


「きみが謝った所できみの価値感は変わらない。そんな謝罪など意味はない。ぼくが今欲しいのは君がぼくをこれから切り捨てようとする言葉だ。都合のいい時だけ善人面なんてしないでください。君は傭兵なら誰でも切り捨てる正規兵せいしゃいんの人間だ」


サイヲの言葉にノマウは狼狽える。


「そんな言い方で……君は満足なのか」

「出撃します。それでは」

「ま、待ってくれ。サイヲくんッ」


 なおもノマウが引き止めてくるのを受けて、サイヲは悪態を込めたタメ息を吐く。


「しつこいですね。ノマウ機尉。これ以上ぼくを失望させないでください」

「ぼ、ぼくは。ぼくはこんな別れ方なんてイヤなんだっ」

「ボクはこれで良いと思っている」

「ぼくがイヤなんだッ」


 追いすがる少年の視線と、冷たくあしらう少年の視線が交錯する。


「隠れた変数理論だと知っていれば、ぼくたちはもっと……」

「わかり合えない」

「なにか手伝えることは」

「ありません」

「ぼくは君を友達だと思っている」

「ボクは君を好敵手ライバルだと思っている」


サイヲの言葉に、ノマウは目を大きく驚かせた。


「君はボクのライバルだ。ボクが認めた唯一のライバル。この言葉の意味が分かるのなら。もう少し言葉を選んでください。君のいまの態度はボクに相応しくない」


「……な、なら……いえ……。

ならばまたお会いしましょう。それまで死なないでください」

「それなら安心してください。こんな所でボクは死ねない。またお会いしましょう。ノマウ・カスタムくん」


 二人の少年が笑って分かち合うと、サイヲは目の前の、外の滑走路に続く鉄扉を開けた。



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