#44 アインシュタインの帰還



「サイヲ、サイヲッ、返事をして下さい。サイヲッ!」


 パイロットからの返事を何度も求め続ける大破した機械の声が虚しく響いている。

 海岸の岩場に衝突した機体は撃墜か座礁かも分からない壊滅的な状態だった。


「ガンラーダ。ヤツラの状態は?」

「生体反応無し。体温、心拍数、有酸素呼吸ともに確認できない。中の操縦士パイロットは死亡している」


 波打つ岸辺で、装甲に穴を空けたたまま座礁している黒い機体を電波解析している敵の円盤機動機械ガンラーダは現状を報告する。


「死んだ? ……死んだのか? 本当に?」

「そうだ。敵機体内での生命活動は観測されていない。生存確率は0だ」


 ……ゼロ

 ならば確実に絶命している。

 敵機体の機械のほうはQC、量子コンピュータの中枢であるコアユニットは無事のようだ。搭乗者パイロットだけが無人機の攻撃で死亡し、残された哀れな機械だけがもう生き返ることもない人間の存在を求めて、どこまでも名前を連呼している。


「サイヲ、サイヲッ、返事をして下さい。サイヲ!」


「見苦しいな……」


 人は生き返らない……。

 それは機械がよく知っていることだった。部品を交換すれば元通り同じ行動を再開できる機械とは違い。人間は一度でも生命活動が停止されれば余程の好条件に恵まれていない限り蘇生をする事は難しかった。


「どうするガンフラグ? お前の相棒だった人間は死んだよ? ミンチよりひどい状態になって人の状態も残ってないだろう。装甲ごと破壊されてその衝撃で身体も内臓ごと弾けてとんだッ! よく自分の搭乗席を観測して見ろ。お前とさっきまで仲良く喋っていた子供ガキはもう顔も胴体も残っていない。散らばっているだろう? 肉片になってな?」


「サイヲ、サイヲッ、返事をして下さい。サイヲ!」


「俺たちの出した無人機の集中攻撃を喰らったんだ。無人機は有人機を遥かに超える高い運動能力を発揮する。わかるだろう? お前たち有人機は負けたんだよ。人間の体の仕組みに負けて、環境の暴力に負けて、人の体の限界に押し潰された」


「サイヲ、サイヲッ、返事をして下さい。サイヲ!」


「人間の反応速度が機械の反応速度に勝てると思うのか? おまけに機械には重力も感じない。いや感じないというよりも人よりも遥かに無視できる。100Gの急制動に耐えられる戦闘用無人機体だ。所詮人間の入った有人機が無人機の相手なんて無理だったんだよ。それがこの結果だ」


「サイヲ、サイヲッ、返事をして下さい。サイヲ!」


 無駄な掛け声を止めない黒い機体に、まだ相棒を残しているサング・エリー徒集団のハヤミ・カザトは円盤型の機体ガンラーダの上で哀れみに見る。


「いい加減声を掛けても中のヤツは死んでるよ。分かってるだろ? ガンフラグ。しかし噂の隠れた変数理論の割には……呆気なかったな?」


 潮風が吹く機中海の海上。その海上から見て岸辺の岩場に座礁した機体の大きな穴からは止めどなく赤い鉄の臭いをさせる川が流れだしている。

 それは死んだ人間から出た生臭い証の河……。

 無情にも突然の戦闘は終了を……、


「いつまで寝ているんですか?サイヲ……?」


 声の変わった鉄の棺桶の言葉で、錆びついた理論は再起動する。



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