#25 艦長オブワルド



 港の岸壁に接岸している艦の内部では、人がせわしなく行き来している。

 巡洋空母艦テストレス。

 この機中海で、もうすぐ開催される戦闘大会のガンサイド側艦隊の一端を担うふね


「一般参加枠って聞いてましたが話がまったく違うじゃないですか。傭兵枠マセーナリーなんて聞いてませんよ。傭兵というのは、自分の命をオモチャにして名声を稼ぐか娯楽を得る人たちの総称なんですから。そんな人たちはぼくたち正規の軍人から見たって狂人です。そんな人種に、君みたいな普通の少年までいるなんて……っ」


 命のやり取りを日常的にしているはずの軍人の少年でさえ、目の前の少年の存在は信じられない様子だった。


「サイヲ・フッテイル……。確かに身分情報は確認しました。あなたの所属は、ボクたちガンベット隊が預かります。この時点で、今からぼくたちはチームメイトになるわけですが……。今この瞬間から我が隊の規律には従ってもらいますが構いませんか?」

「はい、従います。問題ありません」


 黙ってついてくる少年の声に、前を進んでいた作戦服の少年は俯いて立ち止まる。


「そんな薄っぺらい言葉を、軍人ぼくたちが信じるとでも?」


 少年が悪意で、背後からついてくる少年を睨む。


「傭兵に、いい噂は尽きない。これがどういう意味かは、わかってますよね?」


 なお問い詰めてくる視線が痛い。


「このフネにも傭兵が来たことが?」

「ありません。きみが初めてです」


 それでも、どこからか届く傭兵の今までの悪評は、枚挙にいとまがない。それはサイヲにも分かっていた。


「それは幸運でしたね」

「そして今回は不運だったッ! ぼくたち正規兵は、きみたち傭兵を信じません。絶対に。その理由を……本当に分かっているんですか?」


 敵前逃亡、機密情報の漏洩、司法取引、上官の射殺。生き残るためならなんでもやるのが傭兵の生業だ。

 それらを全て、ここで責めて、どこまでも睨んでくる視線にサイヲは苦笑する。


「それも全て分かった上で、傭兵として登録しました」


 真摯に向き合った所で、この言葉は届かないだろう。


「きみには失望したッ」


 吐き捨てるように言われた。


「きみがそんな人間だとは思わなかったッ! よくもそんな綺麗な目をしておきながら、そんな薄汚い手が動かせるものだッ!」

「たった一回、会っただけで、それは買いかぶりでしょう」

「……ぼくは……、きみと初めての親友になれると思っていたッ」


 既に軍人として、この艦と共に生きていくことを宿命として背負った少年がサイヲを睨む。


「……カスタムさん……」


 名前のノマウでは呼べなかった。


「ぼくは、きみがぼくをノマウと呼んでくれる仲でありたかったッ!」

「なら今はカスタムさんって呼んで間違いはなかったですね?」

「軍人には階級というモノがあるッ!」


 突然、敬語が止んだ。


「ぼくの現在の階級は駆曹です。

カスタム駆曹と、本来なら呼んでほしいところだが……」


 ノマウが格納庫ハンガーのほうを見る。格納庫は、艦の内部の一番下にあった。

 岸壁に接岸している搬入口がある階が一階部分であり。そこが機体の格納庫も兼ねている。


「傭兵には階級なんて不要でしょう。

少尉と同格である傭兵に命令が下せるのはリーダーになれる中尉以上だ。

口惜しいが……、今の僕ときみとの立場では、ぼくの方が二階級分、身分が低い」


 階級による命令系統を忠実に守ろうとする唇が噛んだ表情を見ていると、それより向こうにある背景となっていた人垣が割れた。

 何人かの大きな荷物を抱えた人間が立ち止まって、人垣が割れた中心に視線を向けていく。


「オブワルド艦長……」

「艦長? このフネの艦長ですか?」

「そうです。名前を憶えておいてください。キャプテン・オブワルド。オブワルド・ランプネット。あの人が、我々が乗るこのふね、テストレスの艦長です」


 見ると、白い艦長帽を被り黒い艦長服を着た中年の男が、整備班と思しき人間たちと談笑を始めていた。


「出港日には、まだ日数がある。それまでにこの艦の慣習には慣れてください。これから部屋に案内します。詳しい話は、その後に……」


 先を急ぐノマウの駆け足にサイヲもついていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る