#22 防波堤の先



 いつもの整備服のまま、初めて訪れた埠頭の街にある岸壁沿いを歩いていた。潮風が吹く。

 潮風は懐かしいにおいを乗せていたが、それは同時に嫌な匂いでもあった。


「海ね……」


 ポケットに手を入れて歩く。サイヲが生まれた場所も海だった。いや、本当に海だったかどうかはわからない。ただ水の豊富にある場所だった。それだけは覚えている。緑も灰色の陸地に茂みほどはあったような気がする。そんな場所で自分は生まれた。

 そこでサイヲは今の体を手に入れていたのだ。正確には自分で作り上げた。モデルは教えてもらったから。

……あの機械に……。型を教えてもらって……その型通りに成長していった……。

 材料は自分で集めて加工した。水の中にそこそこあった。

 集めるのは苦労したが、それでも材料を集めるだけなら単調な仕事で終わっていた。


〝いい調子です。あなたは筋がいい〟


 そんな事を言われたような気がする。その辺りの事は、今はもう覚えていない。

 渡された設計図通りに材料を組み上げていったら、この体になっていた。


〝女の子の方がよかったですか?〟


 そうそう。あの言葉を聞いた時は笑ってしまった。

 設計図は二種類あった。適当に雄体こっちを選んだのだったが、今ではそれで良かったと思っている。雄の体を完成させた後で見たら、女子の方はあまり好みではなかった。

 サイヲは自分でこの少年の体を造り上げていた。それが14年前のこと……。その体を動かしながら、サイヲは海を見る。

 夜明け前の曇り空だった。そして日没後の曇天でもある。

 暗い昏い海の空色。海が暗ければ空も昏い。空も暗ければ海は当然、昏かった。


 時間は昼前。もうそろそろ昼飯時の時間だった。人が集まる。集まるのは岸壁から離れた陸地側の埠頭街だったから、それほど慌てる事もない。

 賑やかなお祭り騒ぎの喧騒もここまでは届かない。暗い海の見える岸壁を好き好んで散歩する人間は少ない。

 人は皆、明かりを求めて集い出す。しかし、こんな暗い岸壁際には人が集まるような明かりは存在しなかった。

 もし、それでも岸壁に足を向ける人間がいるのなら、それはとても奇妙な特異的存在だろう。

 そんな人間が本当にいた。

 サイヲは目を丸くする。

 岸壁の先から海へと細く延びる防波堤の先端へと歩いていく人影を見つける。

 防波堤の先端には灯台があった。物凄く小さな灯台が。

 明かりも弱い。それほど弱い明かりの先へと歩いていく人影があった。人数は……、一人。

 体格もサイヲと同じくらいか。それならきっと同じ男の子供だろう。

 少年だ。


 興味が湧いた。サイヲは後をつけていくことにした。自分と同じ少年が、こんな人気のいない防波堤の先へと独りで歩いて何をするのか……?

 サイヲも岸壁から左に曲がり防波堤を歩いていく。これで向こうには退路はない。帰るときは確実にサイヲと対面する。

 サイヲの遥か先を歩く人影がやはり防波堤の先端で立ち止まった。そこから水平線へと淋しく視線を向けている。そこに何があるのか。今のサイヲには分からない。

 ただ分かっているのは……、やっと、その人物が後ろのサイヲの存在に気づいた事だった。



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