#19 蒼穹にある子午線



 車から降りてトタン屋根が錆びつている廃屋の店の入り口をノックすると、中からゴソゴソと声がした。


「おや、また来たのかい?」

「ええ。キャベツの芯、なくなっちゃって……」

「なくなった、って……、かなりの量があっただろう。それを、もう食べ切ったのかい?」


 錠を外してくれたので、戸を開けて入った。店内を伺うと、店の奥へ戻ろうとしていた丸背が振り返って、少年を見ている。


「今日、採れたヤツを、これから切ってやるから。ちょいと、そこで待ってなさい。すぐにリリコも呼んでくるからさ」

「リコちゃんは呼ばなくていいです!」

「どうせ、すぐに出ていくんだろう。だったら、一度ぐらいリリコに会ってからでもバチはあたらないと思うけどね」

「リコちゃんに会っても何も話すことはないですから」


 サイヲが強く言うと、老婆も淋しそうに俯く。


「お前さんにはなくともリリコにはあるだろう。でも、言いやしないか。あの子もあれで強情ガンコだから」


 奥の箱からキャベツを二玉もってきてマナ板に置く。そして調理台の下から包丁をしゃがんで取り出した。


「キャベツ、二玉でいいかい?」

「十分です。前に貰った分がまだ、あるんで」

「前にあげた分がまだあるのに、次の分をねぇ……。今度はどこに行く気やら」

「……海です」

「海? 海っていえば、ここからは近くてもガンサイドとガンレーンの第三番管区シード……。まさか……アレに参加する気かいッ?」


 老婆の言葉に少年は頷く。


「お前さん……、いい加減に危険なことはやめときなっ。機械のヤツラが用意した娯楽に付き合っていたら命がいくらあっても足りやしないッ」

「機械はそこまで人間を玩具オモチャにはしてませんよ」

「そんなことがわかるものか! 機械は人が苦しむ顔をみて楽しんでいる! ワシにはわかるんだ。機械なんかに頼ってたら、わしらは機械にいいように使われて利用されて終わるだけだ!」

「……でも、ここのキャベツ……おいしいですよ?」


 シャクリと、切りたてのキャベツの芯を一本、失敬すると口に運んだ。


「モウバさんのところで採れたキャベツ、美味ウマいです」


 この老婆の店でも機械の手が入らざるを得ない作物の味を噛みしめる。それを見て、老婆もにぎこちなく笑った。


「本当は……人の手だけで作った作物ものがよかったんだけどね……」

「それは……ぼくたち人間が自分でやった事です」

「なんでだろうね。なんで……食べて生きていくだけで満足できなかったんだか……」


 人間と機械。この二つの関係がここまで著しく逆転してしまった原因を嘆く。


「……それで満足してしまう人間を作り出す為に……、今の機械は活動しているって言ったら……、モウバさんは信じますか?」

「機械が……?人間を……?」

「……ぼくはそう思ってます。機械は、人間に人間自身をコントロールして欲しいんだって……」

「バカバカしい。それで、あんな戦争まがいな事までしているだって?」

「それが一番、効率がいいって判断してるんでしょう。機械は効率が第一ですから……」

「それが、心がないって言ってるんだっ」


 ズダンと最後の一玉から切り取った芯を、水漏れしない紙袋に詰めてサイヲに渡す。


「そら、入れてあげたから持っておいき。本当にあそこへ行く気なのかい?」

「はい。ありがとうございました」


 お辞儀をして出口に向かう。


「やっぱりリリコも呼んでこよう。いや、どうせならリリコを連れて……」

「モウバさんっ」


 引き返して少女を呼ぼうとした老婆を少年は止めるが。老婆は真剣だった。


「リリコと一緒に行かせないとお前さんが心配だ。サイヲ。ワタシはお前だって自分の孫だと思ってるっ。ワシの孫とワシの孫娘が幸せに暮らしてくれるだけで、ワタシには、もう思い残すことはなにもないんだ」

「ひ孫の顔、見れなくなりますよ?」

「……そうかね? そうだねぇ……、ひ孫の顔は……見たいねぇ……」

「だったら今度はひ孫が生む子供まで見たいでしょ?」

「……いったいワタシにどこまで生きろって言うんだい?」

「おばあちゃんには長く生きていて欲しいんですよ。孫は」

「だったらお婆ちゃんからも言わせてもらおう。サイヲ、もう機械にはかまうな。機械と関わっても良いことはない。人と機械では、生きていける時間が違う。そんな傭兵まがいの事までして……」


 子供を思いやる老婆の視線が辛い……。


「だから機械も……ツラいんだと思います」

「サイヲ……っ」

「機械だって人の痛みぐらい分かります。人の感情がわかるなら、痛みだって当然、理解できるっ。それでも今は……その機械だって感じた「痛み」の対処の仕方が分からない……っ」


 だから自分はここに生まれてきたんだと思っている。機械に痛みを教える為に……。


「それは……お前が機械を信用しすぎているからだ……。ワタシはそれが心配なんだ……」

「モウバさんが恐いと思ってるのはボクじゃなくて機械のほうです。でもボクは……機械が心配なんです。機械を信用しているっていうのは、また違う気がする。ボクは……機械のする事が不安なんだ……」

「機械のすることが……不安?」

「機械は絶対じゃない。機械も間違えることはあります。そして現に今も間違えている。ぼくは……それを教えないと……」

「夜の世界の入り口であるE1が襲撃されたという情報があった。お前さんがやったんだね?」

「そうです。だからモウバさんたちは何を聞かれても、何も知らなかったで済ませてください。

それで何も起きません」

「……遅いよ。機械には全てが筒抜けだ。お前さんの履歴も既に洗われているだろう。よくもいままで無事だったもんだ」

「それは前からですよ。モウバさんたちと出会う前からずっとそうです」

「……お前っ……」

「機械にはボクたちを泳がせておく理由があります。その理由が何かはまだ言えませんけど……、たぶんすぐにわかると思います」


 袋を持って戸口に立った。


「行ってきます。また帰って来ますから」


 真実だけを告げて、昼の世界を後にした。



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