#11 夜からの帰路



昼と夜の境界。


前方の空が明るみを帯び出した地点で車を止めた。

止めた場所は地平線まで灰色の大地がつづく不毛地帯。

なだらかな丘と丘に挟まれた、盆地というには草原ほどの広さはある緩やかな奥行きのある荒原の中心だった。

車から降りて荒原の地面に立つと、

日の出の方角を正面にして、左側の丘の手前に寂れた小屋がある。

小屋はいかにも増築と改修を繰り返した歪な廃墟の外観をしていた。

車から降りた人影は、廃墟の小屋へ近づくと引き戸の扉に手を当ててノックした。


「モウバさん。お店やってますか?」


少年が言うと、鉄扉を開けて小屋の中から背中の丸まった老婆が出てきた。


「はいよ。はやいねぇ、坊やちゃん。

また同じものかい?」

「はい、お願いします」


少年が頷くと老婆も笑って応える。


「そんじゃ、ちょっとここで待っとくんな。

今日はいいデキのが揃ってるんだけど、まだ並べてなくてね」


「なら手伝いますよ。

どれ並べればいいんです?」

「やめとくれ。客は黙って突っ立って待ってるだけにしとくんだ。

ぼくちゃんも常連なら、そろそろこっちのシキタリは覚えとくれ」

「頑固なお婆ちゃんのご意見なんて子供は聞く気ないですね。

どこにあるんです?」


「勝手に触らないで」


仁王立ちの少女が現われた。

仁王立ちの少女が、少年を遮るように店の中で立ちはだかる


「……じゃあ、はやく用意して欲しいんですけど……」


少年が恐る恐る言うと、

身なりはそれなりの少女もつっけんどんに眼を尖らせる。


「ふん。急ぐ用でもあるの?」

「……いや、……ないけど……」

「なら、座って待ってなさいよ。ここは女二人しかいないんだから」


しかも子供と老人のね、とだけ言い残して、少女は店の奥へと消えていく。


「……で? お前たちはいつ引っ付くんだい?」


ひっひっと笑いながら、老婆が少女の後を追いかけつつ問いかけてきた。


「モウバさん。夢を見るのは寝てる時だけにしてください」

「泊まっていくかい?」

「泊まってく?治安、悪くなったんですか?」


少年の心配に老婆は首を振った。


「うんにゃ、いやいや、そうじゃないんだ。

ぼくちゃんが泊まるとなると、あの子の反応が面白いからね」


老婆の悪巧みな笑いに、少年はゲンナリする。


「嬉しいクセに恥ずかしがり屋なんだよねぇ。

顔が赤くなるくせに表情だけはイヤがるんだからさ。

一度、本気で泊まるとか言っとくれないか?

そうすりゃ、あの子もここを放れてくれる気になるかもしれない」

「……あの子、ここが気に入ってるんだと思うんですけど」

「だからってね、ここは昼の外れだ。こんな辺境に子供がいちゃいかん。

子供はもっと賑やかな所に居たいものだろう?

現にアタシはそうだった……」


老婆の懐かしむ問いに少年も俯く。


「そうでもないと思いますよ。

昼の都市まちでも……夜を出歩きたくなる子供はたくさんいますから」

「お前さんもその一人かい?」

「……ぼくは、そんな……」


「……きのう……、夜の方角が騒がしかった……。

あの振動、お前さんかい?」


老婆の鋭い視線に少年は項垂れたまま黙った。


「……どうせ、言ったって聞きゃしないだろうけど、言っておこうかね。

夜の世界にはあまり行かない方がいい。

気になるのは分かるが、あそこからはよくない。

あそこから先は人の住むところではない。

それだけは、お前たちには知っておいて欲しいんだ」


「ぼくの車も……人じゃありませんけど……」

「お前の車はたった1台じゃないか!

たった1台で何ができる!

夜の世界はヤツラしかいない!

ヤツラは夜の世界を人の世界にする気はない!


ヤツラはもはや我々の全てだ!

我らの全ては世界の全てでもある!


ヤツラは我々ヒトを決して、夜の世界に招き入れるようなことはしない!

ヤツラは、我らに昼の世界で暮らしていけと言っておるんだ!」


「お、お婆ちゃん……」


いつの間にか、店の奥から戻ってきた汚れた服の少女が戻ってきた。

両腕で大きい袋を抱えている。


「リリコ。お前も……こんな所にいちゃいかん。

そんなボロボロの服を着て……。

都市まちに行けば……、もっとキレイなベベだって着れるだろうに!」

「……でも、都市じゃ畑仕事はできないし……」

「子供が畑仕事なんかする必要はない!

なぜ分からない!

都会にいけば仕事をする必要はない!

全て面倒を見てくれる!

揺り籠から墓場までッ!

楽な暮らしが手に入る!

お前たちには「約束された人生」が待っておるんだ!」


「じゃ、じゃあ、なんでお婆ちゃんはここにいるの……?」


何度も繰り返した問答をまた老婆に向けてしまう……。


「ワ、ワタシ?ワタシは……そりゃぁ……、

……土を……いじる暮らしがしたかっただけさ……」


力なく……ストンと椅子に腰を落とした……。


「なら……わたしも同じ。わたしも土を触っていたい。

それに飽きたら、また都市に戻ることも考えるから。

「お前は偏屈だねぇ……」


「お婆ちゃんに似たからね」

「弱ったねぇ」


笑う老婆と少女に、少年は近づいた。


「それがいつもの?」

「そうよ。選んで切るの、いつも大変だって分かってる?」

「え?ああ、もちろん。うわ、本当にたくさんあるな!」


「味は保証するわ。

っていうか、君の食べ方ってどうしても美味しいと思えないんだけど」


少女の眉を顰める仕草に、

少年は笑って枕ほどの大きさの袋を受け取ると、店の外に出る。


見送りについて来た老婆と少女、この二人に改めて振り返った。


「じゃあ、貰ってきます」

「行くのかい?」

「はい。これが無くなったらまた来ます」

「いつでも来るといい。

むこうにも出荷してるんだから、わざわざここまで来なくてもいいと思うがね」

「探してるけど見つからないんですよ。

出荷先コロコロ変わるんでしょ?」

「量が変動するからね。

作物は天候が命だよ。機械じゃあるまいし」

「だから美味いんですよね」

「ボウヤちゃんの食べ方、ワタシでもどうかと思うけどねぇ」


「そうですか?」


不思議に思って袋から一切れ出してみる。

シャキリと歯切れのいい音がした。


「あ、ウマい。

今回のは特に、すんごくウマい」


「……これからどこに行く気だい?」

「とりあえず戻ります。

また戻って、

いろいろ情報を仕入れてからまた考えようと思ってます」

「よくよく気をつける事だ。

あんまり無茶をするんじゃないよ」

「モウバさんやリコちゃんも、都会へはマメに連絡を入れてください。

二人だけだと、やっぱり不安だ」

「そう思うんなら、とっととくっつきな!」

「お婆ちゃん!」

「ぼく、これでも結構いろんな所でモテるんで、女の子にはうるさいですよ?」

「ウチの孫じゃ不服かい?」

「妻み食いしたくなるぐらい、もったいないですね」

「うわ、気持ちワルっ」

「え、ヒドイ。じゃあ、そろそろ本当に行きます。

キャベツ、ありがとうございました」


二人にお礼を言うと、自分の車に飛び乗って動力炉エンジンを起動させ、

すぐに夜明けに向かって走らせた。



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