#10 ネオボイジャー7358



「ネオボイジャー7358。……それが15年前に、この惑星へちた小さな流星の名前のはずだ……」


 まるでそこに居たかのように、立っている少年は懐かしんで言う。


「その当時の事は、お前たちの口から聞きたいな? お前たちが当事者だろ? サングエリー徒集団。ほら?何か言うことはないのか?」


 それでも倒れている少年や、彼のシモベであるガス灯型の機械も口を開かない。


「じゃあ、ここからはオレが伝聞で聞いた事を言ってやる。流星とは……手紙だった。それもかなり大掛かりな仕掛けをもった手紙だった。手紙の中身は『記録』だった……。ある惑星の記録だ。ここではない。この惑星じゃない。この恒星系でも、この銀河系でもない。いや……それどころか……この同じ宇宙空間でさえも……」

「……やめろッ……」


 うつ伏せで倒れている少年が、激しく叫んだ。


「……悲しいな? お前のその無様な姿。お前のその無様な姿が、答えだよ。隕ちてきた流星の中にあった手紙……。お前たちはその手紙の中の封印を解いた。いや、解いたつもりになっていた……。手紙の封は簡単に開いた。だが問題は中身のほうだった……。中身の手紙は、もちろん手紙なのだから情報が記載されている。しかし、その情報の量が普通の量じゃなかった……。現にこの十五年間……、お前たちの相棒である量子コンピュータたちは今も、この情報の解読を必死になって実行している……ッ」


 少年の断言が絶望を呼ぶ。


「その手紙を、ここに送ってきた惑星は地球という……。天の川銀河という銀河系のオリオン腕と呼ばれる場所に位置する太陽系という恒星系にあるらしい。その太陽系の主星から見て三番目の軌道を回っている惑星が地球という名前なのだと。天の川銀河太陽系第三惑星、地球。その惑星が、この手紙を送ってきた……。ネオボイジャ―7358という名前をつけた手紙をな……? この手紙を送った地球のヤツラは今ごろ何を思っているんだろうな? ちゃんと自分たちの出した手紙が「誰か」の手に渡って? しっかりと読まれてるんだからなッ? ……宇宙人。いるかどうかもわからなかった系外惑星の住人が他にもいたんだッ! しかもッ! そいつらとほとんど同じ遺伝構造や身体構造をした人間が俺たちだッ! 狂喜乱舞したくなるだろうな? ただし……、そこには重大な一つの落とし穴も存在していた……」


 立っている少年が試して見る。


「その時。オレたちは自分たちの情報と、宇宙から送られてきた地球の情報をくまなく照合させてみたよな? もちろん、オレたちはそれをやった……ッ。そしたら、一番肝心な数字が「食い違っていた」……ッ!」


 少年は笑う。


「そうだ。『数が合わない』んだッ。で?なんの数が合わないんだっけ?」


 少年が薄気味悪く笑っている。


「……よく思い出せよ? たしか合わなかった数字は一つじゃなかったよなッ? 少なくとも「二つ」は合わなかったはずじゃないか? 言ってみろよ?」

「絶対零度274.26……」

「それはオレたちの数字だな? 他にはなかったか?」


 容赦ない立っている少年の詰問にも、倒れている少年は答えない。


「……じゃあ答え合わせだ。絶対零度274.26はオレたちの数字だ……。そして、地球が送ってきた手紙ネオボイジャーにも、当然その情報はあった。絶対零度。だがおかしかったんだよな? その数字が本当におかしかった……っ。なぜならその送られてきたネオボイジャーの絶対零度の数字は……っ」

「273.15度」

「そうだ。ネオボイジャーの中身に記載されていた絶対零度の数値は273.15度だった。これは間違いなく摂氏だろう……。言語の解読も進んで、それは摂氏だ。という結論にも達したはずだ。オレたちはそれを知った時に驚いたな? 驚いたはずだ。絶対零度の数値が違う世界がある。そう……この世界の定数だと思っていた数値が変動していたんだ……。これは驚異的だった。しかし、それだけならまだ良かった。オレたちはそれ以外にも発見してはいけなかったものを発見した……。手紙に記されていた地球の元素の数は……118だった……」


 少年の目つきが悪巧みに細くなる。


「元素には周期表というものがある……。知ってるだろ? この世の物質を全て形作っている元素と呼ばれる純物質の数、そのもののことだ。その数が地球という星では総数で118だという。く……くくくくくく……、残念だったよなぁ? オレたちの世界は違うんだよな? 違うんだよ? オレたちの世界では元素の数は118じゃないッ! 119だッ!!!!」


 少年の言葉に……世界は終わった。


「そう、オレたちの世界では元素の種類は119個ある。消えているんだ……。地球の世界では……元素が一つ足りなかった。元素が足りなかった場所は原子番号39だ。いや原子番号39の元素は地球にもあった。ただ存在する位置が違っていた。地球でいう原子番号39番イットリウムがあった場所は……、オレたちの世界でいう原子番号40番の位置だったからだッ! 驚くよなぁ……? 原子番号38番までは元素の周期表の位置は全て同じなのに? 原子番号39番の位置でズレるんだよ? オレたちの方が一つ多くズレてしまう! ヤツら地球の世界では「周期表の縦列」が一列まるごと消えていたッッ!!」


 立っている少年がやっと踵を返した。


「これがもう一つの変数だ……。オレたちが住んでいる、この世界の変数と……、地球という惑星があった世界の変数は違っている。その理由も俺達はだいたい察しがついている。だが? 突然だが。オレたちはここで帰るよ。聞いてるんだろ? ガンフラナ? そしてオレのオンナ、サング・エリー。この会話を傍受してる事は知ってる。また改めてそっちには行くから安心してくれ。おい、ところでまだそこで寝っ転がってるお前の名は?」


 鉄の棺桶に帰ろうとする少年が名前を訊いて、倒れている少年も答える。


「アリアロット。アリアロット・テキメス……」


「アリアロット……、ね……。ガンファイブのアリアロット……。いい名前じゃないか。だが、ただの捻挫でいつまでも寝てんなよ? サング・エリーの旦那選びで減点されるぞ?」


 去ろうとする少年の忠告に、誰も笑う事はできない。


「最後に一つだけ、教えてやる……。よく聞いておけよ? サングエリー徒集団。その今も絶賛、解読中のネオボイジャー7358……。それを造ったのは……人間じゃない……っ」


 捨てゼリフを吐いて残した少年が鉄の棺桶に飛び乗った。



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