#09 複数の隠れた変数



「隠れた変数が……一つじゃない?」


 倒れている少年が驚いて顔を上げる。


「そうだ。この世界に隠れている変数は一つじゃない。ちょっと考えればすぐに分かるだろ? お前たちは確率側の住人だ。そして確率とは不確定性原理ッ! この不確かな原理によって、お前たち機械の側は成り立っているッ!」


 断言する少年の顔を倒れている少年は睨む。


「お前たちは不確定性原理を信じていた……。当然だよな……? 事実! お前たち、機械はこの不確定性原理によって今も確実に起動しているのだからッ! それが現実であり事実だッ! その事実のどこに疑う余地がある? 疑う余地なんてどこにもないだろうッ! そうじゃないかッ? 量子コンピューターッ! 人工知能ッ! この二つだけ取ってみても完全に不確定性原理で成り立っているだろうッ? 最初に言った「量子ビット」と「ディープラーニング」だよッ!

量子コンピュータの肝である量子ビットと人工知能の根幹であるディープラーニング技術だ! 

この二つは全て、確率的な量子と情報の重ね合わせで成り立っているッ!!」


 少年の断言に、闇は沈黙を保っている。


「これは覆すことのできない事実だッ! このオレさまがそう言うんだから間違いないッ! そうだろ? 不確定性原理以外にはもうないだろッ? この世界の仕組みはさぁッ? おら? お前たちの世界は不確定性原理で完成されてるんだよ? なあ? よかったじゃないか? だったら、その不確定性原理でこの世界の謎とやらも解いてみろよ? できるだろうが? まさか? できないのか?」


 立っている少年が機械を侮辱する。


「できないのか? 不確定性原理で? この世界の謎も解けないのかッ? それで偉そうに? 人間を支配してんのか? 人間をペットにしてよぉ? いじめて、もてあそんで? 飽きたらポイだろ? 今までの威勢はどうしたんだよ?おいっ?」


 訊ねる少年の苛立った声にも、反応する者はいない。


「……なら、知ってるか? 不確定性原理には、それとは正反対の理論がある……」


 声が、この世の核心部分に触れる。


「その理論の名は『隠れた変数理論』と言う。知ってるか? 知ってるよな? この15年間……、お前たちはこの言葉に呪われていた。誰かが置いていった言葉……。誰かが置いていった数字……。お前たちは、それに後から気付いて慌てたんだ……。そうだよな? いやぁ? 実に今の俺は気分がいいぜ? 無様なお前らを見ているからな? いやぁ、ホントに面白いぜ? お前ら? その今の自分たちを動かしている、その不確定性原理がもう信じられないんだろ? この原理はもう時代遅れだとか、そう考えてんだろ? でも、おかしいんだよなぁ? お前たちのその不確定性原理が古いんなら? その不確定性原理に代わる新しい理論って何なんだよ?」


 立っている少年が怒鳴り声を上げても、やはり反応は返ってこない。


「……。じゃあ隠れた変数理論の話をするか?この隠れた変数理論という理論は不確定性原理とは対極に位置する理論だ。この理論の真髄は『決定論である』こと。決定論という論説が何かは分かるか? 決定論は、既にこの世界の未来の姿は決まっている。という仮説理論だ。俺たちの未来の結果は既に決まっていて、今という現在は、その未来になる為になぞっているだけだ、とする理論。そして、この決定論が現実で成り立つ為には、世界の原理は「確率的ではダメ」なんだよな?」


 立っている少年は続ける。


「この決定論が現実で成り立つ為には、この今の世界の仕組みが「確率的」ではなく「規則的」でなければならないッ! そして、この世界が規則的である為には「ある数値」がいるんだな?」


 少年がどこかを見ている。


「この世界が決定論的な世界である為には、この世界の中で確率的ではなく、規則的に変動する数値が要求される。そして過去。この決定論を信じるやつらは、その規則的に変動する数値を探していた。血眼になって探していたよ? きっと躍起になって探していた筈だ……。だが見つけられなかった……。この変動する数値には一つだけ条件があったからだ……。それは、この数値が変動するときは「世界同時的」でなければならない。……というコト」


 ……言葉が闇を紛れる。


「世界同時的に変動する数値。決定論を信じるヤツらは結局、この数値を見つけ出すことができなかった。なぜなら、そいつらは「ある檻」に閉じ込められていたからだ……」


 ……昔話がゆっくりと始まる。


「その檻は、意図せず自分たちで作ってしまった。そいつらは決定論と同時に欲しいモノがあった……。それは、この世で一番速く……移動できるモノ……」


 立っている少年の目が、倒れている呼吸を止めた少年を射抜く。


「もちろんヤツラはそれを見つけた。世界で最も早く移動するモノを見つけてしまった。そして、それはやはり世界で一番、速かったから? それが、そっくりそのまま「檻」に変わった……。そして、その「檻」に閉じ込められたまま……。自分たちの国が消えてしまったとさ……」


 昔話は唐突に終わる。


「しかし、そいつらは気付かなかった。世界で一番、速い「檻」も、結局は数字でしかなかったことを……。そう、檻とは数字だったんだ。数字であり数値でもあった。ただし、残念なことにその「檻」は変数では無かった。その檻は定数だった。定数とは、すでに定まっている数……。

動かない数字の事を言う。その檻の数字はこうだった。299792458……」


 まるで暗号のような、ありふれた数字。


「規則的な変数を見つけられなかった世界は、最後には歴史が消えたよ? 知ってるだろ? それがオレたちの遥か過去さッ! 歴史が消えて……、確率を餌にするヤツラが現われて、残された人間を管理しはじめた……」


 ……歴史を消された世界は、そこで閉じられる……。

 ……筈だった。


「しかし、ある時、やって来たんだよ? やって来たんだよな? 流星としてやって来た……。お前たちが見つけたんだろ? お前たちがその落ちた流星の核を見つけて、ハコの中身を開けて見た……」


 ……それが……15年前……。


「……流星には名前があった。お前たちは驚いた事だろう? なぜなら、その流星には最初から名前があったからだ。発見したお前たちが名前を付けようとする遥か以前から、既に流星には名前があった……」


 ……その流星の名こそ。


「ネオボイジャー7358」



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