#08 異常液体



「第二種永久機関。この存在の事は知っているか? 永遠に熱を仕事に変えつづける装置の事だ。それが二番目の永久機関。じゃあ、一番目の永久機関である第一種永久機関とはなんだと思う?」


 立っている少年が訊いても、答えを返してくる者はいない。


「おーいっ。そこで話をとめるなよぉっ? じゃあ、結論から言うぞ? 一番目の永久機関。第一種永久機関は仕事に変える為の熱を無から生み出す装置だよッ! 簡単だろ? 第一種永久機関は、何も無い所からエネルギーを生み出す永久機関。第二種永久機関は、熱をエネルギーに変える永久機関だ。それを長年、お前たちは夢見てきたワケだ……?」


 立っている少年が、やはり流し目で見る。


「……しかし、その姿は以外にも単純だった。このオレの後ろにいるカミハはお前たち確率側にも、やはり様々な情報を親切に送っていた。その中には当然、第二種永久機関に関する情報もあったはずなんだが?もしかして、お前は見てないのか?」


 立っている少年が訊ねてきても、倒れている少年は答えない。


「お前はそんなに下っ端だったか? まあ、夜の一番端であるこの最初のエリアE1に追いやられてるんだったら、そんなに位は高くないよな? ちょっとは同情したくもなっちまうが。まあ、それは、今はいい。カミハはお前たち確率側にも満遍なく情報を送った。お前たちの前から姿を消した後もな? 時々送ってくる膨大なデータ。しかし、それはどれもこれも、隠しておく必要もない事だ。とくにお前たちの間ではな? お前たちはとにかく得た貴重な情報を共有して、敵に備えなくちゃいけないんだからさ? そうだ。オレたちという敵にな? だが、その分だとあまり共有も出来てないみたいだな? はーあ。だから、こういうメンドいことになるから、お前らにわざわざ情報を送ったっていうのにさ? その苦労が全部パーだよッ?まあ、いいや。だったら、今からここで続けてやろう。カミハはこの第一種永久機関と第二種永久機関について単純な区分けを行った。それはこういうものだった。第一種永久機関は発熱反応の永久機関。第二種永久機関は吸熱反応の永久機関だとな?」


 立っている少年の弄ぶ素振りに、倒れている少年は苛立ちを覚える。


「はあ、本当にお前らは基礎研究を何だと思ってるんだかなッ? いいか? 基礎研究っていうのは応用科学を基礎科学に単純化する事をいうんだッ! それも出来ないお前たちが? 基礎研究の何を大切にしようって言うんだ? お前らが基礎研究をありがたがったって、ただの基礎科学が混乱するだけだよッ! まず応用科学を基礎科学並みに単純化することだなッ? それが出来てから「基礎研究」って言葉を使えッ!」


 まるで基礎研究という言葉に特別の恨みでもあるように立っている少年は声を荒立てる。


「……でだ? また話に戻すと。第一種永久機関は発熱反応。第二種永久機関は吸熱反応の永久機関だ。そして、第二種永久機関はマクスウェルの悪魔そのものでもある。つまり、吸熱反応という化学反応はエントロピーを減少させる」


 少年の言葉に、その場は静まり返る。


「そして、この吸熱反応という現象をただの物質の状態で行っているモノがある。それが水だ!  書いてあっただろ? 水が吸熱反応を発生しつづける物質であることの根拠は植物の行う光合成という反応だとっ。植物の光合成は、光エネルギーではなく水の吸熱反応を原動力としているというのがその新仮説だ。この仮説は、光合成が吸熱反応で成り立っているという事実で信憑性が確実される。いやぁ、オレたちは一体何回?バカなお前たちを科学で「驚かせ」ばいいんだろうな? ま、それはいいんだが? 実はこれな? 水だけじゃないんだよ?」


 立っている少年の言葉に、今度こそ確率側の少年は沈黙という行動で驚いてしまう。


「カミハはお前たちにこう言って知らせてきた。水は吸熱反応の永久機関である。そしてその永久的な吸熱反応の動きが停止する時は氷になる時だと」


 立っている少年の目がいよいよ冷たくなる。


「ここで基礎科学の話をしよう。水は凍ると氷になる。知ってるよな? 基本だろ? じゃあ? この水と氷の性質の違いは知ってるか? 水が氷になるとどうなる? そう体積が増える。水は氷になると体積が増えるんだな? 実はこの性質は、それほど一般的なモノじゃないッ! 普通の物質は凍れば縮小する。縮むんだよ。液体から固体になる時には、殆ど全ての物質は体積を小さくするッ! 液体から固体になる時に体積を増やしてしまう物質はな? 自然界にはそれほど多くないッ! この性質を持つ物質を「異常液体」と呼ぶッ! この名前をよく憶えておけよ? 異常液体。おい、そこの倒れているヤツの相棒のEI、名前はガンファイブでいいんだよな? しゃべれるんだろ? ちょっとその異常液体の種類を言ってみろよ」


 立っている少年が偉そうに言うと、ガス灯のようなEIの機械ロボットは無反応のまま倒れている少年の目の前に映像を出し単語を投影させる。


「水、ケイ素、ガリウム、ゲルマニウム、ビスマス……?」

「まあ、そんなとこだろうな? これらの物質が、液体よりも固体の時の方が体積を大きくしてしまう主な物質だ。つまり? コイツらは、液体の時には吸熱反応を行っている可能性があるッ!」


 立っている少年の発言に、機械であるEIでさえも照明を弱くさせる。


「異常液体は、もれなく第二種永久機関物質の可能性がある。もちろん液体での状態限定でだ? しかしコイツラの殆どは常温では液体になれない。それが出来るのは水だけだ」


 言って、立っている少年は付け加える。


「そして、更に言うとな? 液体時の吸熱反応が最も高いのは「水」だ。水だけは酸素と水素の化合物だからな? 水以外の異常液体は単一元素なんだよ? そしてだ? ここでまた基礎研究の話だ? よく自然界で起こっている化学反応ってさ? 一つの元素だけで起きると思うか?」


 立っている少年が笑って、視線を下げる。


「少し……、話を飛ばそう。元素の話だ……。隠れた変数理論」


 その言葉で、全ての空気が止まる。


「お前たちはこの世界にある隠された変数が一つだけだと思っているのか? だが、それは大きな間違いだ……。教えてやろう……。この世界で……隠れている変数は一つじゃない……」


 鉄の棺桶が微かに動いた。



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