#04 E=mc²



 x=ay²


「……この式が何なのか?オレと同じ年代のハズのお前になら分かるか? おい?」


 立っている少年が瓦礫の地面に横たわっている少年に訊く。


「……これが何の式か分かるか? それとも本当に何も分かんねぇのか? おいおい? 今までお前らはなんの基礎研究をしてきたんだ? これは基礎研究だぞ? お前らの大好きな基礎研究ってヤツの! 基礎科学ってヤツだ! ……たく。なら、しょうがねぇな……。このまま分かりやすいように続けてやる……っ。このx=ay²ってありふれた中学三年の公式は、そっくりそのまま、この式に動かす事が出来る!」


 x=ay²

  ↓

 a=x/y²


「わかるだろ?簡単な中学で習う方程式の動かし方だ。で?次はこう動かしてみる」


 a=x/y²  →  y²=x/a


「……さて? ここで出てきた、この x=ay²  a=x/y²  y²=x/a って三つの式についてなんだが? この三つの式って何のために存在する数式なのか、分かるか?」


 立っている少年が向けてくる視線を受けても、地面に倒れ伏している少年は答える事が出来ない。


「じゃあ、もう一度よく考えてみるか? x=ay²  a=x/y²  y²=x/a この三つの公式をもっとよく見てみろ。なんかの式に似てないか?」


 それでも倒れている少年は反応しない。


「じゃあ、これならどうだ?」


 E=mc²


 そこで初めて倒れていた少年の目の色が変わった。


「……っ、やっとか……っ。ほんとイヤになるほどドンカンで助かるぜ。そうだ。x=ay² って式は E=mc² のことだよ。まんまだろ? それで、このE=mc²という式をさっきの三つの式に似せて動かしてみるぞ。すると、こうなる」


 x=ay²  a=x/y²   y²=x/a

       ↓

 E=mc²  m=E/c²  c²=E/m


「……で? 俺たちがさっきの戦闘で使った式は、この三つの式の内のこれだ。m=E/c²」

「……なんだ?その式は……っ?」


 少年の断言に、倒れる少年が声を絞り出す。


「結論から言うとコイツは重力相互作用の式だ。それと同時に吸熱反応の式でもある。

m=E/c² このm=E/c²は E=mc² を変形させたモノ。E=mc² この式は有名だから知ってるだろ? この世界のエネルギーと物質の関係を表わした有名な数式だ。Eはエネルギーを。mは質量を。c²は光速をそれぞれ意味している。つまりこの世界で発生する全てのエネルギーは質量×光速の二乗であるって意味になるんだな。で、問題は、その式から変形させたm=E/c²の方だ。コイツの数式的な意味はこうだ。質量は、光速分の中のエネルギーによって成り立っているッ! それがこのm=E/c²という数式の主張だ。質量mは、光速度であるc²分のエネルギーEで成り立っている。「/」は÷だってことは分かるだろ? じゃあ、なんでそんな式が成り立つのか? それはこのE=mc²って数式が、ただの単なる二次方程式だからだよ!」


 少年の怒鳴る言葉に、倒れている少年は衝撃を受けて黙り、脇で照らすガス灯のような量子コンピュータも切れかかった電球のように点滅を弱くさせる。


「E=mc²は、ただの単なる二次方程式だ。それもかなり単純な部類のな? 二次方程式が何なのかは知ってるよな? 中学三年で習うだろうが? それこそ本当の基礎知識だが、わざわざここで教えて野郎か。二次方程式っていうのは、=で区切った片側に二乗が掛かっている数字を一つでも持っている方程式の事だ。この式の場合でならc²のことだな。コイツが二乗数だ。そしてコイツが二次方程式なら当然、移項が使える!」


 立っている少年の言葉で、倒れている少年の目が大きく開く。


「移項ぐらい知ってるよな? 方程式中にある数を「=」で跨いで、やり取りする際に用いられる数学手段のことだ。この移項ってヤツは中学一年で習う知識だったか? ……でだ? E=mc²の中にある動かしたい任意の記号数を移項していくと、E=mc²って式は、とうぜんm=E/c²と、もう一つ別のc²=E/mって式になるんだよ? な? 簡単だろ? これが「基礎研究」ってヤツだッ! ……お前ら……? 本当に基礎研究をやる気があるのかッ?」


 罵ってくる少年に、倒れる少年は地面に目を落として黙り込む。


「一言、言っておこうか? 基礎研究をやり直したいなら、お前らは幼稚園からやり直せっ! バブバブ言いながら幼稚園に戻っちまえッ! こんな事も分からない、お前らは精神年齢五歳以下だよッ! 基礎研究をやり直すんだったら、幼稚園の知識からやり直し来いッ! お前らの縋る、その基礎研究はな? もう既にそこまで根本的に、基本が曲がってるんだよ? やり直せっ……。幼稚園からだッ! あ? 言っとっけど? 頭がまだ真っ白な今の幼稚園児に、このオレがいま言った基礎研究をやらせようとしてもムダだぞ? 今の幼稚園児は、お前らのその下らない古い基礎知識で既に汚されているからな? それで、これからもどんどん汚されていくッ! バカなお前たちの手によって汚されていくんだッ! それがイヤなら? お前らが幼稚園児に戻るんだなッ? お前ら、大の大人の学者どもが? 幼稚園に戻って基礎研究をやり直して来いッ? 幼稚園児にも戻れないような奴らがよぉ? 基礎研究に力を入れようだなんて甘っちょろく考えんなよッ? どうしても基礎研究がしたいならな? お前らからまず? 幼稚園児に戻る覚悟をしてから出直して来いッ! トイレの行き方も分からない、科学の基礎知識も知らないクソガキどもがッ! おっと話がズレちまった……。で? このm=E/c²という数式を使って、さっきの俺は、お前らからの攻撃を回収したり、自分の攻撃手段にも転用したってワケだ」

「……エネルギーを物質に変えたとでも言うのか?」


 やっとまともな答えが返って来て、立っている少年は笑う。


「正確にはその一歩手前だな? エネルギーが物質に変わる一歩手前である、その直前だ。

分かるだろ? 電気エネルギーは基本的に貯める事は出来ない。しかし、俺はお前らが撃ってくる荷電砲の電気エネルギーを回収して貯めてみせた。電気は落雷と同じだ。そして、この現実の物質の形態には「三態」と、あともう一つがあるだろう?」

「……プラズマか?」


 倒れている少年が驚き、立っている少年を見る為に顔を上げる。


「そうだよ。俺たちはさっき、お前らの荷電砲エネルギーを回収しながら球状のプラズマにして左右の空間へと固定した。その時に使った式がこれだ。m=E/c²。プラズマは、ほぼ高温だが間違いなく物体だ。そして物体であるなら、とうぜん貯めることだって余裕でできる。もちろん質量に変換しながらな? エネルギーを光速の領域で質量に変換する数式。それがコイツだ。知ってるだろ? このm=E/c²の元にもなった、E=mc²という数式は、核兵器を生みだした式じゃないッ!」


 立っている少年の言葉に、倒れている少年は改めて目を開く。


「そうだ。これがE=mc²という式が与えている最大の誤解だ。E=mc²が核兵器を生み出したんじゃない。むしろ逆だ。E=mc²という数式は、核兵器の爆発現象によって、初めてそれで論理的に現実に実証された数式なんだなッ? E=mc²という数式は、核兵器の起爆によって初めて確証を得たんだ。順番が違う! 核兵器の誕生が先だッ! E=mc²が確立されたのはその後ッ! つまりだ? E=mc²という式は科学的には価値があるが、産業技術的にはあまり価値がない。E=mc²という式だけでは……質量からエネルギーは取り出せないッ!」


 断言する声に、倒れる少年は返す言葉が見つけられないまま黙っている。


「ここで答えを言っておこう。E=mc²。この式は四つの基本相互作用の内の「強い相互作用」を表現した数式だ。強い相互作用とは強い核力の事をいう。つまり原子単体自体を造り出して動かして成り立たせる力のことだ。物質の素である原子を発生させてエネルギーとして動かすには、質量を光速の二乗で掛ける必要がある。それがこの数式の逆説的な主張。まったく! これを知ったそこらの中三のガキどもが、これから教室の周囲に得意げに語る姿が思い浮かぶぜ! 『おいみんな知ってるか?E=mc²って式は、実は単なる二次方程式なんだぜ』ってよッ? おまえ? それ、お前が発見したのかよ?って話だ! まったく他人様の知識を、さも自分の知識のようにもっともらしく語るなよな? ああ、で、そうそうまた話がズレたな? 分かるか? これでもうこの現実にある四つの基本相互作用の内、重力相互作用と強い相互作用は、E=mc²で統一することができた。なら残るはあと二つだ。重力相互作用、強い相互作用を除いてまだ残っている、あと二つの基本相互作用。電磁相互作用と弱い相互作用。この二つは簡単だろう? 四つある基本相互作用の内で最も簡単に統一化できる相互作用だ。電弱力。電磁相互作用と弱い相互作用はこの「電弱力」という言葉によって統一化できる。この二つの相互作用は、簡単に説明しよう。電磁相互作用は、単純に光や電気エネルギーそのものだ。そして、弱い相互作用は完全に荷電粒子中の相互作用のことを指す。荷電粒子とは原子核を構成する陽子、電子、中性子などのことであり、その粒子同士の相互作用だ。それを電弱力という統一理論で束ねて見ると? 電磁相互作用とは「線の状態」であり。弱い相互作用とは「点の状態」である。……という結論になる」


 立っている少年の言葉で、倒れている少年の表情がまた強張る。


「そうだ。電磁相互作用と弱い相互作用の関係を表わしている式が、最後のこれだよッ?」


 言って少年は最後の式を見せる。


 c²=E/m



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