#03 基礎研究
「基礎研究……。この言葉……、最近よく聞くようになったと思わないか?」
夜の中で佇む少年が、瓦礫の無造作に敷き詰められた地面で倒れ込んでいる少年を試すように見ている。
「……ああ。そう言えばお前らは聞くほうじゃなかったな。言うほうだったな? お前たちは最近、この言葉を頻繁に言うようになった……。基礎研究という言葉を……ッ。それはどうしてだ? ……サングエリー徒集団ッ?」
少年の声に、うつ伏せで倒れている少年の体がピクリと反応する。
「噂のサングエリー
少年が訊いても少年は答えない。
「なら、どうしよっかな? さっきも言った通り、お前らの親玉である女サング・エリーの相棒はガンフラナだ。そしてそいつら二人を頂点にして散らばった信徒の一人であるお前にも勿論、相棒がいる。ガンファイブ。それがお前の相棒の名前だ。そうだよな? お前のその傍にいる鈴蘭のようなガス灯の姿をしたEI。EIとは電子知能。エレクトニカル・インテリジェストの略だ。じゃあ、ここで突然だが、いままでに起こった、この
「……」
「他のEIたちは当然、そいつを無視した。そして、ある時、そいつはいなくなった。それが15年前……」
立ちながら喋る少年が、倒れたままの少年の背中を見ている。
「……お前たちは探していたな? そいつを必死になって探していた。昼の世界も夜の世界もお前たちは血眼になって探していた……。聞いてるだろ? お前のその相棒だよ? お前が知らなくても、そっちの相棒なら知ってる
「……
倒れていた少年がようやく口を開いた。
やっと放たれた少年の言葉に、佇んで立っている少年は満足した顔で頷いている。
「そうだ。消息を絶ったハズの機械から贈られてきた一通の手紙。行方をくらました機械は人間の子供を見つけて育てようとしていた。お前らにはそれがなぜなのか分からなかった。しかし、分かる必要はなかった。理解する必要さえなかった。手紙を寄越したソイツの目的だけはハッキリしていたからだ……」
「……おまえを育てて、俺たちに……歯向かおうとしている……っ」
「嬉しい危機感だな。実際としてはちょっと違うんだが……、まぁ、そいつはいいや。……で。
14年後の現在……。今のこの状況になってる……って、ことなんだが? ……でもちょっと、ここで待ってくれ。消えたソイツが「子供を育てている」と連絡を寄越したのは14年前だ。そして、この14年間、もちろんお前らもただ黙って待っていたわけじゃない。対抗手段を練って考えていた。あらゆる選択肢を想定し、あらゆる可能性を考慮し、一番有効な対抗策を次々と実行していった……。その中の答えが、お前らだ。サング・エリー徒集団。敵が飼育しているらしい人間と、ほとんど同年代の子供をお前らも選び、造り、育てて、いつか来る敵と同じ戦力にまで鍛え上げる。QC、つまり量子コンピューターなら、それを可能にするだけの膨大な計算も可能だった。電子知能EIはQC技術によって成り立っているし、QCもまたその情報管理にEI技術を必要とする。何故なら互換性の非常に高いQC技術とEI技術は、一つの根幹理論によって共通している。不確定性原理。情報の重ね合わせを得意とする不確定性原理の力の結晶である、QC技術は、0と1を半導化する量子ビットによって
少年が倒れたままの少年を白々しく見ている。
「だから今さら突然、基礎研究が重要だと言い出したんだよな? 言い出して、今も基礎研究を洗い直している……。いや……洗い直しているのは基礎科学か? 基礎研究というハリボテを使って基礎科学を洗い直している……。それはなぜだ? なぜ今さら基礎科学を洗い直している? 基礎科学が何か知っているのか? お前たち、機械に使われている
可笑し気に悩んだフリをしたまま、少年は見下して見ている。
「もしかして……疑っているのか? 不確定性原理を?」
少年の言葉に、倒れていた少年の肩が微かに振るえた。
「まさか? 本当に不確定性原理を疑っているのか? おいおい? どうしたんだ? お前が頼っているそこの機械はいったい何を根拠にそこにいると思ってんだ? 思いだせよ。量子コンピュータ! 人工知能っ! それら全ては確率的な性質によって成り立っているんじゃなかったのかっ? 機械はそれを根拠に人の歴史を抹殺したんじゃなかったのかッ? それなのに……? まさか、今さら? 本当は、不確定性原理は間違いだった、とかでも言う気なのかっ?」
侮辱して上から覗いてくる視線が倒れている心を射る。
「……もうちょっと、固執してくれないか? 簡単に自分が依存している
立って見下げてくる少年が倒れ込む少年に
「……何をやった?」
うつ伏せから苦しく顔を上げたまま言った。
「お前は、さっき何をやったんだ……っ」
少年らしい声変わりが始まった声だ。青年に変わりつつある声で、夜の闇に問いを投げかけている。
「じゃあ、さっきの戦闘でオレたちは何をやったのか? その科学的なネタばらしから始めてみようか? これは中学生の勉強だ。中学生なら誰でも簡単に思いつく
自分が降りた背後の黒い鉄棺に向く。
「見せてやれ、カミハ」
言われて、命令を受けた鉄棺は少年と少年の間に光学で小さな数式の文字を出現させた。
それは中学生なら誰でも分かる非常に簡単な数学の公式……。たった五文字の単純な公式だった……。その公式とは……。
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