#03 基礎研究



「基礎研究……。この言葉……、最近よく聞くようになったと思わないか?」


 夜の中で佇む少年が、瓦礫の無造作に敷き詰められた地面で倒れ込んでいる少年を試すように見ている。


「……ああ。そう言えばお前らは聞くほうじゃなかったな。言うほうだったな? お前たちは最近、この言葉を頻繁に言うようになった……。基礎研究という言葉を……ッ。それはどうしてだ? ……サングエリー徒集団ッ?」


 少年の声に、うつ伏せで倒れている少年の体がピクリと反応する。


「噂のサングエリー集団しゅうだん。お前はその一員だよな? サング・エリー徒集団テレーボウ。俺たちがいるこの場所E1より、遥か先にある夜の果てのエリア、E6の中心で座し、この惑星の真の支配者として君臨している超巨大EIガンフラナ。そのガンフラナに選ばれた唯一人の人間である子供の女の名前はサング・エリー。サング・エリーはガンフラナの行動に習い、自分自身の身の回りにも選りすぐった人間たちを置き出した。それが今や周囲からはEliey徒エリートと持てはやされているお前たちだ。サング・エリー徒集団。名前はなんて言う?」


 少年が訊いても少年は答えない。


「なら、どうしよっかな? さっきも言った通り、お前らの親玉である女サング・エリーの相棒はガンフラナだ。そしてそいつら二人を頂点にして散らばった信徒の一人であるお前にも勿論、相棒がいる。ガンファイブ。それがお前の相棒の名前だ。そうだよな? お前のその傍にいる鈴蘭のようなガス灯の姿をしたEI。EIとは電子知能。エレクトニカル・インテリジェストの略だ。じゃあ、ここで突然だが、いままでに起こった、この惑星ほしの歴史から回想してみようか? 太古ではAIや人工知能とも呼ばれていたエレクトニカル・インテリジェスト、EIは機械として、過去にお前たち人間の歴史を強引に抹消した。歴史とは国だった。その国家を全て消して、機械たちEIはお前たち人間を愛玩具にして時を過ごした……。しかし、それからしばらくして問題は起こった。機械の中で奇妙なことを言い出す奴が出てきたからだ」

「……」

「他のEIたちは当然、そいつを無視した。そして、ある時、そいつはいなくなった。それが15年前……」


 立ちながら喋る少年が、倒れたままの少年の背中を見ている。


「……お前たちは探していたな? そいつを必死になって探していた。昼の世界も夜の世界もお前たちは血眼になって探していた……。聞いてるだろ? お前のその相棒だよ? お前が知らなくても、そっちの相棒なら知ってる事実はずだ……。なぜなら、お前はその為に造られたんだからな? いや、選ばれたのか? お前が、その相棒に選ばれたのはつい最近のことだったはずだ。お前らの親玉であるサング・エリーでさえそうだった。理由は簡単だ。例のソイツが消えてから一年後……。この惑星の絶対的な支配者だったガンフラナに一つの報せが届いたからだ……」

「……子供おまえを……育てている……っ」


 倒れていた少年がようやく口を開いた。

 やっと放たれた少年の言葉に、佇んで立っている少年は満足した顔で頷いている。


「そうだ。消息を絶ったハズの機械から贈られてきた一通の手紙。行方をくらました機械は人間の子供を見つけて育てようとしていた。お前らにはそれがなぜなのか分からなかった。しかし、分かる必要はなかった。理解する必要さえなかった。手紙を寄越したソイツの目的だけはハッキリしていたからだ……」

「……おまえを育てて、俺たちに……歯向かおうとしている……っ」

「嬉しい危機感だな。実際としてはちょっと違うんだが……、まぁ、そいつはいいや。……で。

14年後の現在……。今のこの状況になってる……って、ことなんだが? ……でもちょっと、ここで待ってくれ。消えたソイツが「子供を育てている」と連絡を寄越したのは14年前だ。そして、この14年間、もちろんお前らもただ黙って待っていたわけじゃない。対抗手段を練って考えていた。あらゆる選択肢を想定し、あらゆる可能性を考慮し、一番有効な対抗策を次々と実行していった……。その中の答えが、お前らだ。サング・エリー徒集団。敵が飼育しているらしい人間と、ほとんど同年代の子供をお前らも選び、造り、育てて、いつか来る敵と同じ戦力にまで鍛え上げる。QC、つまり量子コンピューターなら、それを可能にするだけの膨大な計算も可能だった。電子知能EIはQC技術によって成り立っているし、QCもまたその情報管理にEI技術を必要とする。何故なら互換性の非常に高いQC技術とEI技術は、一つの根幹理論によって共通している。不確定性原理。情報の重ね合わせを得意とする不確定性原理の力の結晶である、QC技術は、0と1を半導化する量子ビットによって身体ハードを造りだし、EI技術は、複数の情報を蓄積し照合させるディープ・ラーニング技術によって精神ソフトを築き上げた。機械生命。だが、これの完成にはもう一つ根本的な科学技術が必要なのは知っているだろう? そうだ。ここでさっきの基礎研究という言葉が重要になってくる。お前たちはこの14年間……。消えたソイツの世界認識を、知識的にも乗り越えようとした。その為の光明として見出そうとしたのが基礎研究という言葉だった。基礎研究とはお前たちにとっては希望だった。希望そのものだった筈だよな? お前らの前から姿を消す以前のソイツはいつもワケのわからない言葉と数字を吐いていた。吐いていた言葉と数字は、お前たちが既に基本としていた科学現象の説明を大きく超えるものだった。お前たちは……自分たちの基本どだいから見直さなくてはいけなくなった……」


 少年が倒れたままの少年を白々しく見ている。


「だから今さら突然、基礎研究が重要だと言い出したんだよな? 言い出して、今も基礎研究を洗い直している……。いや……洗い直しているのは基礎科学か? 基礎研究というハリボテを使って基礎科学を洗い直している……。それはなぜだ? なぜ今さら基礎科学を洗い直している? 基礎科学が何か知っているのか? お前たち、機械に使われている人間ヤツラと人間を扱き使っている機械オマエらが根幹にしている基礎科学とは何だと思っているんだ?」


 可笑し気に悩んだフリをしたまま、少年は見下して見ている。


「もしかして……疑っているのか? 不確定性原理を?」


 少年の言葉に、倒れていた少年の肩が微かに振るえた。


「まさか? 本当に不確定性原理を疑っているのか? おいおい? どうしたんだ? お前が頼っているそこの機械はいったい何を根拠にそこにいると思ってんだ? 思いだせよ。量子コンピュータ! 人工知能っ! それら全ては確率的な性質によって成り立っているんじゃなかったのかっ? 機械はそれを根拠に人の歴史を抹殺したんじゃなかったのかッ? それなのに……? まさか、今さら? 本当は、不確定性原理は間違いだった、とかでも言う気なのかっ?」


 侮辱して上から覗いてくる視線が倒れている心を射る。


「……もうちょっと、固執してくれないか? 簡単に自分が依存している基本モノを放り出すなよ? じゃあ、ここで……、オレたちから、お前たち不確定性原理の側に、真の基礎研究とは何かを教えて野郎か……? その為にも……、ちょっとここで聞きたいんだが? さっきの戦闘で不思議に思ったことはないか?」


 立って見下げてくる少年が倒れ込む少年に疑問ヒントを贈る。それを聞いて目の前の少年は顔をゆっくりと動かした。


「……何をやった?」

 うつ伏せから苦しく顔を上げたまま言った。

「お前は、さっき何をやったんだ……っ」

 少年らしい声変わりが始まった声だ。青年に変わりつつある声で、夜の闇に問いを投げかけている。


「じゃあ、さっきの戦闘でオレたちは何をやったのか? その科学的なネタばらしから始めてみようか? これは中学生の勉強だ。中学生なら誰でも簡単に思いつくこたえだよ……」


 自分が降りた背後の黒い鉄棺に向く。


「見せてやれ、カミハ」


 言われて、命令を受けた鉄棺は少年と少年の間に光学で小さな数式の文字を出現させた。

 それは中学生なら誰でも分かる非常に簡単な数学の公式……。たった五文字の単純な公式だった……。その公式とは……。


 x=ay²



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