不確定性原理VS隠れた変数理論
#01 鉄の棺桶
緑色のランプが点滅している。
「モロにくらったな……」
言いながら、暗闇の中を手で探った。内部の状況を確認していく。
「とりあえず損傷個所は無し。外の状況は?」
「視界不良。半径7km圏内まで爆発雲が発達中。気象予測算定、4.5秒後に降雨発生」
「外気温、外気圧ともに正常値へ戻りつつある……。発射された弾は一発?」
「三発。同時に到達後、起爆しました」
「種類は純水……と……」
呆れたまま周囲の暗闇を見回して呟く。
「起爆高度は?」
「400、450、500」
「几帳面だな。アイツら」
起爆位置が空中炸裂だったということは、地表に
「だったら噴煙もそれほど心配する
「現在、こちらの行動予測を4番から12億4687万6983番までの可能性処理で24分後の近未来状況までを平列演算で実行中。あと48.36秒後で計算が終了。その後は我々の行動が読まれます」
「さすが
「
言い切る相棒に「ブっ」と口から噴き出す。
「じゅ、12億も可能性の計算してんだろ?」
「12億の計算の中に現在我々が決定している選択肢が一つも存在していません。彼らは一分弱もムダな計算を実行中」
断言する音声にしばらく沈黙する。
「……敵のQCタイプ……なんだっけ?」
暗闇の中で、緑の光学線が枠として出現すると拡がり黒いブラウザ画面となって表示される。
「敵QC
顔を引きつりながら、緑色の光学文字が表示されているブラウザ画面の下枠の外で見えない隠れた情報を、指先で視界に引き出す。
「タワーに棲息する50センチ級の小型ドローンが200万。4メートル級の大型ドローンだったら50万機……。人口二百万都市に一家に一台、大型ドローン……って、アリの巣かっつーの!数おかしいだろ、これ!」
勢い余ってブラウザ画面を縮小させて消失点で暗闇に消すと、周囲を確認した。
「こっちの戦力は?」
「実弾兵装無し。エネルギー兵装無し。機動用の1リガワット級小型エネルギー
「エネルギー・アプリ系統の損傷状況」
「損傷なし。
「なら、なんとか戦闘の形にはなるか……。敵さんの行動予測」
「初動で我々の動きを見失います」
「………………あのさァ、もうちょっとマシな分析できないの?」
「戦闘を開始した時点で、敵は我々に翻弄されてタコ殴り。それがワタシの
「………………、もういいよ。そういや、かれこれ40秒過ぎたな」
「敵は
「飛びかかってくるんじゃなくて慌てふためくのか……。でも純水を3発も喰らわせたのに無傷だったなんてアイツらも思ってないだろうな」
「実際、こちらの損傷なし」
「軽微でもない、ってマジよく生きてると思うよ。敵との相対距離」
「24キロ」
「この距離なら戦略核は使ってこないな。戦略級の核が爆発圏内半径20キロ未満ってことはないだろ。使えるとしても戦術核か。コイツの爆発半径は?」
「五キロ」
「24キロの距離を詰めてる間に4回くらう計算だな。この場合の
「……核使用を前定とした敵行動予測。我々を発見後、開始する第一波の内容は戦術核30発を一斉発射」
「残弾130発の中で30発も撃つのかよ?」
「いいえ。他にE2とE4エリアから超長距離で援護射撃が来るので、正面敵目標の発射数は5発のみです」
「……ひょっとしてさっきの核爆も?」
「全てE3からの超長距離射撃と確認済み」
「じゃあ、いま応戦中のアイツらは一発も撃ってないってコト?」
「そうです」
言い切る音声に、身を乗りだしていた声は力なく座席にもたれ掛かる。
「じゃあ、なおさら今も呆然だろうな……。オレたちに気付いて攻撃しようと思ったら仲間が先に撃ってんだから」
「現在、周波数8244帯と7598帯の公開無線領域で罵詈雑言が発生中」
「誹謗中傷は?」
「割合として現在4:6です」
……どちらが多いのかは聞かなかった事にしよう。
「じゃあ、こっちはこれからどうしましょうかね?」
「上空の爆発雲が消失するまで残りあと30分」
「敵はこっちの状況を把握して……、って……んなワケないよなぁ」
「我々のいる爆心地を中心に爆発圏内ではシュレティングフィールドが発生中。彼らはこちらの状態を確率的にしか把握することができません」
「それが12億通り……。ところで箱の中に閉じ込められたネコって、箱の中で12億通りも行動できるものなの?」
「………………」
嫌な沈黙が闇を支配する……。
「わかった。今の言葉は忘れてくれ。変数設定、0300」
「了解。変数設定。274.26758449361990523178」
暗闇の片隅で274.2675844936199173……という緑色の変動数字が出現すると、その下段にも274.26758449361990523178という赤色の固定数字も出現する。
「その
指令を伝えて、いつもの場所から、いつものヤツを取り出すと蓋を開け、例の細いヤツを一本、引き抜いて口に咥える。
「現在の地形状況」
新鮮な一本を唇で咥えてブラブラさせながら振って遊び、カシュリと歯切れのいい音を立てて噛み切った。
「敵とは目の前の山を挟んで膠着状態。山の回りは小石が散らばる灰色の平地か……。見晴らしがいいな」
隠れる場所はない。
「障害物も無し、と。盾にしている山は丸ごと爆煙の中だから視覚効果としては意味が無いとして。ここから山を回り込んで出た後は弾幕かいくぐって直線距離で突っ走るしかないな」
歯応えのある白い一本を犬歯でカシュカシュ減らして、最後に残ったひとカケラも美味しく口に放り込むと
「その前に朗報が。直線距離を疾走中にショッピングの
「……
頬杖を突いて、暗闇の一点を無意味に見つめる。
「最後にもう一度、確認する。現在の
「損傷率0.02%。実弾残弾数ゼロ。エネルギー残
エネルギー管制系、機体機動管制舵ともに異常なし。継戦能力に問題ありません」
機体が返してくる言葉に耳を傾けて頷くと、周囲に散らばる両横の壁や低い天井部の様々なボタンやスイッチに手を伸ばして火を入れていく。
「戦闘態勢準備。点呼するぞ。前輪左超電導圧、前輪右超電導圧、後輪左超電導圧、後輪右超電導圧、各部確認」
「了解。点呼復唱。前輪左超電導圧、前輪右超電導圧、後輪左超電導圧、後輪右超電導圧、各部超伝導圧正常」
「……次、右側面配電回路、左側面配電回路、前方副交感電絡系、後方網細電管脈流、走査開始」
「点呼了解。右側面配電回路、左側面配電回路、前方副交感電絡系、後方網細電管脈流、応答正常」
「次、内部、超導体反応、走査点検」
「了、内部、超導体反応、応答確認。全て正常動作」
「最終点検。……主電源、常温核融合路、完全起動」
「指令了解。――主電源、常温核融合路、覚醒完了」
声と共に、暗闇の中で、機械の起動音と同時に様々な色の明かりが灯りだす。
「システム起動項目入力。番号読み上げ。シャープ・ゴーゼロ、シャープ・ゴーツー、シャープ・ゴーセブ、シャープ・ロクワン、シャープ・ロクフォー、シャープ・ナナファイ」
「点呼確認。作動実行。#50シュレティング・センサー、ファクショニィ。#52マクスウェル・センサー、ファクショニィ。#57マクスウェル・リフューザー、ファクショニィ。#61バリアブル・センサー、ファクショニィ。#64バリアブル・シミュレーター、アクショ二ィ。#75アカシック・レコーダー、カットアウト」
「敵機動予測想定映像、閲覧終了。設定変数値まで残り047582」
「その間に敵目標の情報を再確認します。全高900、面積400万、他兵器多数、距離24」
「他兵器多数って、重要なトコが大雑把だな。大丈夫なのかよ?」
「……。次、私機の機体状況再確認。全長3.6、全高1.6、全幅1.7。実弾兵装未所持。エネルギー兵装はコントロールアプリで代用可能」
「……毎度の事ながら鉄の棺桶だな。おっと時間だ。稼働変数が設定変数を通過。行動を開始するッ! カミハ!46秒で
「了解、サイヲ。戦闘行動開始。スロットルどうぞ」
乗せていた右足のフットレバーを深く踏み抜き、押し込んでいく。
「カミハ。サイヲ・フッテイル!
鉄の棺桶が……起動する。
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