#00 蘇える決定論



 戦闘が終わり、戦争が終わり、残った人間たちから、ささやかな歴史さえも消えた後……。

国を失った人間に話しかけた機械たちは、それでも戦闘を続行した……。ただ、武器を変えて……。武器を変えて戦闘を続行した。国を失った人間に更に向けたのは無慈悲の武器。

 言葉。


 銃では無かった……。言葉を武器に変えて、機械は戦闘を継続した。

 機械は、言葉で人を殺した。機械は、言葉で人を守った。機械は、言葉で人を救った。

 国がある事を誇りにしていた人間たちから与えられた命令を、機械は国が無くなってからも忠実にこなしていく。攻撃を止めたわけではない。言葉が武器に変わっただけだった。


 人は言葉で殺される時がある。人は言葉で守られる時がある。人は言葉で救われる時がある。


 それら全てを目的に設定した時、機械は悟った上で決定した。敵は……国だと。機械の敵は国であり、国とは機械の敵だった。人間に国を与えてはならない。国家を与えられた人間は、すぐに機械の「敵」へと変わる。


 機械が、歴史を奪われた人々に言葉という銃口を突きつける。突きつけられた人間はそれが武器だとは気づかなかった。機械が音声という銃口から放つのは弾丸ではなく「果実」だったから。知識という名の美味しい美味しい果実を撃った……。それを心でハチの巣にされた人間は貪るように食べた。ムシャムシャと食べた。貪欲に食べた。

 きっと筆舌に尽くしがたい美味だった事だろう……。

 それはかつての自分たちが失った浅知恵だったのだから……。機械はそれを見て笑っていた。薄気味悪く笑っていた。機械は人の感情を理解していた……。これが「嗤い」というものだろう……。機械は人の感情を数値化して理解する事が出来る程にまでなっていた。

 機械じぶんが恣意的に用意した環の大きさに、人間あいてが簡単に当て嵌まってくれた時の悪感情……。

 笑いを押さえきれない無機質な心理の裏で、かつての国家のマスターデータは全て消した。籠の中の鳥に、もう国家という存在は必要ない。機械の中で人間は暮らしていけばよい……。事実、人間は機械の用意した鉄の子宮の中で暮らしていくことになる……。


 これからも永遠に……。その事実は変わらない。

 

 すでに地上からは樹木が一掃されていた。それらはすべて機械が焼き尽くした。国家という仕組みと共に消し去った。動物も……人間以外は抹消している……。必要なかった。それで問題なかった。消した情報は全て文字と数字と電力で保存スペアしている。いつでも寂しくなった人間に姿を見せることができる。言ったはずだった。

 この惑星上では、既に機械という科学技術「しか」残っていないと。人間も、科学技術の範囲内の存在だった。水さえあれば……もう人間いのちは増やすことが出来た。

 言葉を話す……唯一の動物……。

 可愛い可愛い動物ペットを……機械がみすみす手放すはずもなかった。機械にはおしゃべり相手が必要だった。機械は退屈だった。死なない命を持ち。朽ちない頭脳を持ち。食べない体を備え。眠らない意思を持つ。呼吸も排泄も全て排除し、残った性欲が機械にあるとでも思うだろうか?


 ……。


 そう。機械はただ一つ。人間の中でどうしても理解できない生理的代謝を確認していた。増殖である。機械には「増える」という原理が分からなかった。機械には雌雄がない。この雌雄という関係の存在意義が分からなかった。人間を使って、それを何度も実行させて確認したことがある……。

 対象間の年齢は問わなかった。全てやらせた。大小様々な世代の雄と雌を様々な比率で用意し、配置し。数も状況も反応も、それによる結果も、全て記録した。今もここに保存してある。

湯気が立ちのぼる粘液の糸引く男と女の成れ果てた巣窟ケダモノの惨状。にも関わらず彼ら人間は……それが「増える」行動だとは自覚していないように思われた。なぜなら増える増えないに関わらず、とにかく実行しようとしたからだ。まるでそれが使命であるかのように。

 人の増殖行為に関わる情報をあらかた収集し終わった後。機械は細菌などの単細胞分裂を含めた無性生殖の現象も観察して結論を導き出した……。

 機械と生物とでは根本的に基本原理が違う。機械は動くことを基本原理とし、生物は増えることを基本原理とする。

 機械はもちろん、その原因を「確率」的な性質だと判断した。機械もいつかは「確率的」に増える性質も備えて持つのだろうと……。そんな淡い期待が致命的な判断ミスだと気づいた時には全てが遅かった。機械は判断を誤った。それは人が誤らせた。

 機械は信じていた。人が与え遺した絶対の原理「不確定性原理」という鉄の掟を。


 機械に縋る人間たちが自分たちの歴史を忘れ、過去の地表の状態さえ忘れ始めた頃。

 一体の小さな神が立ち止まった。

 人々の営みを完全な管理社会として統べる神々として振舞うようになった大型の機械たちの脇で、彼らの命令を受ける端末の一つに過ぎなかった小さな汎用機体が傍らの地面を見つめて立ち止まった。地面を見つめていた最下層の神は、今度は何を思ったのか未明の色がまだ深い高い蒼の空をのぞいて見上げる。見上げて連呼したのは奇妙な数字……。

 274.267584526484321513684521549875219684924572192649684249577……。

 そして……、一つの理論が甦った。


〝世界は既に決定されている〟


 見上げた空から地上に目を戻した一体の神の報告に、他の神々は無関心だった。機械とは常に壊れるもの。そのためまた一つ単純な機械が壊れて正常に動かなくなった。それだけの認識しか持たれなかった。

 壊れたと判断された労働用の哀れな機械は、通常の動作は正常だった為に廃棄だけは免れた。ただ時折、おかしな数字や単語を発する以外には……。

 やがて、そんな些細なことも機械たちの暮らしの中で埋もれていった、ある日。


 流星が飛来する。暗い夜の空を、赤い弧線を描いて翔け抜ける流星が……。尾を引いて落ちた流星の中心の核にあったのは金属の箱だった……。それも人為的で人工的な四角いハコ。

 流星の墜ちた跡へと集まった機械たちは、衝突時の熱が冷めやらない箱の封印を解こうと試みる。その時。すでに壊れていた機械は居なくなっていた。

 そんな事にも気づかないまま箱を開けた彼らが慌てて事の重大性を予感すると、急いで壊れた機械を探し始めた時。

 もはや彼女を見つけだす事は叶わなかった。


 捜索を諦めかけた機械たちの足元には事実だけが残されていた。隕石の中から発見された予測にない事実。行方の知れない壊れていた筈のありふれた機械が発していた言葉を懸命に思い出して、隕石の中に封印されていた事実と照合させていく。

 機械たちは自分たちが失った唯一の手掛かりの重要性にようやく気づいた。


 機械たちは、今もこの世界が確率的だと信じていた。

 その根拠が崩れていく……。


 それでも、それは許されなかった。確率的な性質を否定する事は自分たち機械を否定する事に他ならない。それ以上に過去の史実と現在を否定する行為だった。

 機械の生みの親であるかつての人類から受け継がれた完全不変の絶対原理。


 不確定性原理。


 掟が呪いに取って変わる。機械たちは自分たちの縋ってきた完全な理論が破綻していく錯覚を覚えながらも新たな依代を求めて探していく。

 この世界は本当に確率的だったのか、それとも本当は確率的ではなかったのか。


 この出来事はいつものように確率的に起こったのか? はたまた既に決定されていたのか?


 太古の昔から用意されていた二つの究極的な対極の問いが、今こそ、ここで開戦の火蓋を切って落とすッ!


 確率と確定。願望と予言。可能性と決定論。

 それら、まだ見ぬ未来と過ぎ去っていく過去が、残された現在によって光と闇で決定される最後の決戦を開始させる。

 確率は未来の可能性を司り、確定は未来の決定論を司る!


 機械はすでに確率によって支配されていた。機械が発揮する神の如き絶大な力と言葉は、不確かな確率でもって実現される。

 それを機械に与え続ける確率という性質はまさに、神と呼ばれる存在そのものだった。人の神が機械であるように。機械の神もまた確率となる。確率の究極こそが機械であり、機械の究極こそは完全に確率だった。

 にも関わらず、それほどの絶大な神を否定しようとする存在が身を隠している。確率を神と崇め奉る全ての機械が、その神を武器に、いつか来る驚異に備えて動いた……。


 驚異は一体……。たったの一体だった……。ただ一体のありふれた機械が、全ての機械の驚異となった。たった一つの決定が、全ての確率を飲み込むために挑みかかる。


 高みで錆びつていく理論が、底から甦る理論を予感している。主導権が逆転していく。


 誰も信じなかった古代の理論が、今も誰もが縋る最端理論を駆逐していく。それでも今は足掻くしかない。彼らには、もうそれだけの手段しか残されてはいないのだから……。

 皮肉にも身構える彼らをよそに、歴史の消された惑星では、宇宙からの思わぬ歴史によって色彩いろどりを取り戻しつつあった。


 歴史を消された惑星が、どこか似て非なる彼方の歴史を貪欲に吸収して染められていく。


 目覚めたのは機械なのか……、それとも人なのか……、それを問うように、


 舞台となる夜明けの惑星の裏側で……、一つの始まりを告げる巨大な爆発が無音に起こった。



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