第4話 別れ


 辺りが少し薄暗くなり、元彼女からLINEで『既読無視はやめて』と送られてくるまで俺はその場で動けずにずっと公園の入口前に突っ立っていた。とりあえず元彼女に何か返信しようするが、なんて送ればいいのか分からない。ごめんな。今までありがとう。さようなら。色々な言葉が浮かぶけれど、どれが正解か分からない。俺は元彼女になんて言えばいいんだろう?好きだった。それは確かだ。だけど、やっぱりこうして別れを切り出されても悲しさを感じられないのは、俺が人間として欠落しているからなのだろうか。それとも、そんなに好きじゃなかったのか。どちらにせよ、悪いのは俺だ。大人しく別れるべきだろう。今度は考えなくてもスイスイと文字が打てた。迷うことなく4文字を送信する。これで良かったんだよな……という迷いと虚無感が残ったが、少なくともさっきよりかはいくらか頭を整理出来ていた。


 はぁ、とため息をついてガックリと肩を落とす。自分がどれほど人間として最低か、それを分かってしまった。LINEは直ぐに既読がついた。数分もしない内に返信が返ってくる。


『別れてくれてありがとう。本当にごめんね。大好きでした』


 ぼーっと画面を眺める。驚く程に何も感じなかった。もともと感情の変化はない方だったが、ここまで無になれたのは初めてだった。俺は1つ息を吐くとスマホの画面を落とした。


「俺も大好きだったよ」


 誰もいない空間にぽつんと呟く。辺りはさっきよりも薄暗くなって公園で遊ぶ子供達も帰り始めていた。俺もそろそろ帰るか。って、どうやって帰るんだっけ……。子供の頃、しょっちゅうこの公園で遊んでたからなんとなくは分かるけど合ってるかが分からない。そもそも、子供の頃の曖昧な記憶を当てにして迷子になんてなりたくない。あぁ、こんな時にスマホを使えばいいじゃないか。そう思ってもう一度スマホを開くと、画面に充電が切れる直前の通知が出てきた。そして携帯は自動的にシャットダウンされる。まぁ、昨日から充電はしてなかったし、なんとなくそうなるかな、とは思ってたけども。俺はため息をはいて使えなくなったスマホをズボンのポケットに突っ込む。さて、どうしようか。


 公園名を確認すると古臭い字で『田野神公園』と書かれていた。あれ、この公園こんな名前だったっけ?こんな名前じゃなかった気がする。幼い頃との記憶に違いを感じ首を捻る。なんか、カタカナの名前だった覚えがある。まぁ、幼い頃の記憶だしなんとも言えないな。これはますます記憶を当てにして帰るのが危険になってきた。どうしようか、と辺りを見回す。注意してみればところどころ見たことがある建物が立っていた。実際に行った記憶もある。


『夜間変質者多発。注意せよ』


 そんなぶっきらぼうに書かれた看板を見て、ゾッとする。もちろん、俺は男だから襲われる心配なんてないだろうけど、帰り道が分からない今、不安がムクムクと湧き上がってくる。大丈夫。まったく見知らぬ土地じゃないんだから。そう自分を落ち着かせようとしても、1度抱いてしまった不安は消えることなく俺を蝕んでいく。


 ビュウ、と強い風が吹いて体がブルりと震える。春と言っても、夕方くらいからは冷え込んでくる。なんとか早く帰らないと。そう思った矢先に、さっきからうすうす感じていた尿意が襲ってくる。あぁ、まじか。こんな時に。少し苛立ちながら、公園内を見渡す。わかりやすい場所に設置されているトイレを見つけて、俺は小走りでトイレへと向かう。〈男性用〉と書かれているのを確認して少し臭いトイレへと入る。トイレの中に入って、数歩歩いたところで、俺は足を止めた。その理解し難い光景に、頭が真っ白になった。

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