ウサギ
しいな らん
ウサギ
始発の千代田線の電車の車内は俺と少女の二人きりだった。地下鉄の暗いトンネル。ガタンゴトンと電車は走り続ける。
俺の対面に座る少女、年のころは17、8だろうか。ゴシックロリータの服に身を包みぼろぼろと汚らしく汚れた大きなうさぎのぬいぐるみを抱きしめている。
もう何分だろうか、少女は俺をまっすぐと見つめ続けている。言いたいことがあるのだろう。だが俺だって暇じゃない。そんな常識から外れた格好をした娘と話してる余裕などない。だが少女は勝手に喋り始める。
彼女はヴァニラのようにあまぁい少女娼婦の声で云う。
「知ってる? ウサギって寂しいと死んじゃうんだって」
「へぇ」
「でもそんなの嘘だわ、だって動物も人間も常に孤独だもの」
少女は汚いウサギのぬいぐるみを撫でる。
「でもね、ウサギは鳴くこともできないから、孤独を伝えることさえもできないの。だから私がかわいい恰好をさせていろんなところに連れて行って、いろんなものを見せてあげるの、せめて、生きててよかったなって思ってもらうために」
「ウサギがそんな事考えるかね」
「いいの、私がそうしたいんだから」
電車がトンネルを抜ける。
一気に早朝の日光が車内に充満し、思わず目を細める。
「もう朝だね。これから通勤ラッシュで人がいっぱい来るよ。私はその中には入れないの」
少女は立ち上がり近寄ってくる。
「だからね、お兄さんにこれを預かってほしいの」
そう云って汚らしいぬいぐるみを押し付けてくる。
重い、とおもったら、ぬいぐるみの中はウサギの死体でギュウギュウ詰めだった。
駅について扉が空き、彼女はそのまま飛出して行ってしまった、そして反対側のホームからくる電車に飛び込んで死んだ。
これから人が次々乗り込んでくる時間だ。俺はぬいぐるみを見て、困ったなぁと思った。
ウサギ しいな らん @satori_arai
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