危機
サチコは中学時代の友人の家に行くと嘘をついて家を飛び出した。
招待状には23時11分に豊野崎公園に来るように書いてあった。豊野崎公園はサチコが通っている高校の近くにある公園だ。サチコは電車に揺られる。
自宅から出るために早めに来たのでコンビニやマクドや色々なところで時間を潰す。
指定の時間の30分前にサチコは公園のベンチに座りぼーと考え事をする。
サチコは招待状を受け取ったことを誰にも話さなかった。
内海キョウコやミチも同じ道を歩んでいったのだろうか。
ならばこの先に一体なにが待ち受けているのだろうか。
サチコは胸のペンダントを強く握る。
自分自身が望んでいることの正体を考えるとあんまりいい気がしない。
秘密の花園。永遠の世界。
女の子の永遠。
『いつまでも歳を経ずに女の子で居られるのよ』
その永遠とは幸せを生むのだろうか。
サチコは招待状を受け取ってからずっと同じことを考え続けている。
何を基準として招待状は届けられるのか。
自分は本当に選ばれたのか。永遠になりたいのか。
どれだけ考えても答えは浮かばなかった。
しかしこのまま一生今まで続けた普通の生活に戻らないとしても、今まで続けてきた感情はどのようにして収まりがつくというのだろうか。
祖母や父や母や好きな人とか。
自分自身の中にしか存在しないコウタへの気持ちを途絶えさせることは出来るだろうか。
時が経てば自然と忘れてしまうのだろうか。
サチコはセンチメンタルになる。
「……」
なんてことない地面を眺めていたサチコは目の前に気配があることに気づく。顔を上げると目をあげると不思議な生物が存在する。
それは鳥である。しかし魚が体から二、三匹目生えており、顔は顔文字(._.)である。
サチコはあまりに不思議な生物の姿に身体を動かすことが出来なかった。
生物は少しずつサチコに近づいてくる。独特の鳴き声をあげながら。
本能が告げる。こいつは食事を求めているのだと。
それでもサチコは動けない。蛇を前にしたネズミのように足が震えるだけでどうしようもないのだ。
「心配することないさ」
黒衣から生える白く長い指が星空を裂くように振り上げられた。目の前の生物は虚無を訴え羽ばたき空へ消えた。
「君の大切な身体。僕が奪わせないさ」
黒いフードから現れた白髪と赤い目。ユウラク。
ユウラクはいつか見た薔薇売りと同じ服を着ていた。
一体この男は何者であろうか。一難去ってまた一難とはこのことか。
「あなたが私に手紙を送ったの」
「私はただの小間使いですから。それぐらいは当然です」
「こうやって内海さんやミチへも手紙を送ったのかしら。この先一体私には何が待ち受けているの」
ユウラクは恭しく礼をする。
「佐藤サチコ様。あなたは選ばれたのです。永遠の切符を手に入れたのです」
「だからその永遠ってなんなのよ」
「これから知ります」
そのときサチコの目に白い光が目に映る。ユウラクは跳んだ。人影が激しく動く。ユウラクに対して明らかな敵意を及ぼしている。
「ふふふ。私を殺そうとしてもそう簡単には行きますまい」
「これ以上赤い薔薇を生まれさせてたまるものか」
サチコは白衣に覆われた者の声には聞及びがある。スクールカウンセラーの清水先生に間違いない。しかしどうして清水先生がユウラクを殺そうとしているのか。
いや殺してもおかしくない。清水先生は招待状に大切な人を奪われたと言っていた。ならば招待状を送るユウラクを殺しても当然である。
しかしどうして清水先生はこのような状況で登場したのか。二人の戦闘に冷や汗を垂らしながらサチコは考える。
もしかしたら、右手の小指に掛けた指輪が反応しているのかもしれない。なんらかのセンサーが組み込まれていて、サチコがこのような状況に進むことを清水先生は予期していたのかもしれない。
「ふふふ。少し分が悪いですね。今回はあなたにスポットを譲ることといたしましょう。
佐藤さん。あなたは必ず永遠となる運命なことをお忘れないで」
「減らず口を叩くな」
清水先生の最後の一撃は見事にユウラクに命中したように思われたが、黒いロープだけを残して肉体は姿を消していた。
清水先生はため息を吐く。
「しかしどうしてあなたは助かりました」
「ありがとうございます」
「佐藤さん。あなたは大変危険な状況に落ち込んでいることを理解してね」
すごい形相で清水先生はサチコに詰めてくる。
そんなことを言われてもサチコは一体全体何が何だかわからない。清水先生もユウラクもサチコが今まで生きてきた世界と感覚が違いすぎる。
「佐藤さん、あの男の誘惑に乗ってはいけない。あの男はいつもああして数多くの女の子を誑かして取り返しのつかない状況に落とし込むペテン師よ。
私の姉もあいつに誘惑されてもう二度ととこの世には帰ってこれなくされたというのよ」
「先生。永遠の花園ってなんなんですか。私には一体何が何だかわかりません」
「永遠の花園は、若くて純情な女の子を、赤い薔薇に変容させる空間なのよ」
サチコは先生が何を話しているのかよくわからなかった。赤い薔薇になるって、そんな馬鹿げた話聞いたこともない。
「馬鹿げているとお思いでしょう。でもね。本当のことなのよ。現実は想像よりも残酷なのよ。
私の姉も内海さんも、あなたの友達もみんな」
赤い薔薇になってしまったのよ。
サチコは胸のペンダントを震える手で握りしめた。
清水先生の話は現実味がある。それが本当ならば、内海キョウコとミチは…。
サチコは膝を折った。体を震わせて地面に倒れこむ。一気に全身に現実が圧迫する。
清水先生が背中をさすってくれるが何の効果もない。
ユウラクは一体何者なのか。
この答えはどんどん迷宮へと落ちていく。
赤い血液が溜まったあのドス黒さのように、異端かつ驚異的な黒い世界を覚えてしまう。
その男に執着されてしまったサチコはこれからをどのように生きていけばいいのか。
いい答えは全く浮かばない。
「とにかくこれが私の連絡先よ」
サチコは清水先生とLINEを交換した。
「命の危機を感じたならば、いつでも電話をしなさい」
清水先生は自宅の前まで送ってくれた。
「先生はこういうことを今までも続けてきたのですか」
「そうよ。救えた命もあれば救えない命もあったわ。
この事態はあなたにはよくわからないことでしょうけれども、それでもあなたに危機が迫っているのは事実ですから。私は少しでも手助けする。だからあなたは行かないでちょうだいね。普通の女の子に訪れてはならない危機を救うことこそが大人の仕事なのですから。
だから少しでも危険が迫っているなら必ず連絡すること。
それは私の希望なのよ」
そうして先生はサチコから去っていく。
サチコはそのまま玄関先で呆然と夜空を眺めていた。この先一体どうなっていくのか。暗い世界しか思い浮かばない。
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